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魔族の聖女

魔族の聖女

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 次に来たのは、アーマルドだった。

「よう。三人とも、結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「まさか、サーファも結婚するとはな」
「あははは、私もびっくりしました」

 サーファ自身、クララから求婚されるなど思ってもいなかったので、これは事実だった。

「軍の独身共も嘆いていたな。クララに先を越されたと」
「軍の中でも、サーファさんは人気だったんですか?」
「まぁ、何度か男共が話しているのは、耳にしていたな」

 そんな事を聞いたクララは、サーファに抱きつく。

「今は、私とリリンさんのサーファさんなので」

 クララが頬を膨らませながら、そう主張すると、アーマルドは苦笑いをする。

「さすがに、それはあいつらも承知しているだろう。奪われる事は確実にないから安心しろ」
「そうだよ、クララちゃん。私が、クララちゃん達と離婚する事はないんだから。そんな心配はいらないよ」

 サーファはそう言って、クララの頭を撫でる。

「そうですよ。もしそのような事をしたら、お仕置きをしますから」

 その言葉を受けて、サーファは背筋が寒くなった。浮気などをする予定など全く無いが、そうなったら、リリンに何をされてもおかしくないと嫌でも理解出来た。

「リ、リリンさんは、サキュバスだけど、浮気は許さないんですね?」
「サキュバスと言えど、様々ですから。浮気を甲斐性という者もいますが、私は自分が認めた者以外と関係を持つのは、許せません。あなた達には、きちんと私を見て欲しいのです」

 そう言って、リリンはサーファに顔を近づけて、頬を撫でる。それだけで、サーファの顔が赤くなる。二人のその姿を見て、クララがヤキモチを焼いて、リリンに抱きつく。
 そんなクララの頭を撫でながら、リリンは額にキスをする。

「本当に愛し合っているんだな。そうだ。そろそろ魔王軍本隊も全員帰ってくる。また、演習の手伝いを頼みたいんだが、大丈夫か?」
「あっ、でも、私の力は、もう……」

 聖女の力の大半を失ったクララは、前みたいに何でも治せるわけじゃなくなった。なので、アーマルドと話すような事があれば、一応確認しておかないといけないと思っていたのだ。

「前のように回復出来ないのは分かっている。だが、演習で怪我が絶えないからな。ある程度の治療が、まだ出来るのであれば、手伝って欲しい」

 アーマルドがそう頼むと、クララはリリンの事を見る。

「クララさんのやりたいようにして頂いて大丈夫ですよ」
「じゃ、じゃあ、手伝います。前みたいには無理ですけど、少しの怪我なら治せますから」
「おう。頼んだ。給料は出すからな」

 そう言ってアーマルドは離れていった。

「お給料が出るみたいです。お手伝いからお仕事になったって感じがします」
「結婚してから色々と入り用になるかもしれないと思ったのかもしれませんね。私達が、魔王城を離れるという事も想定しているものと思います。こうして約束しておけば、私達の定期収入になるとお考えなのかと」
「魔王城を出る……ですか……」

 クララは、少しだけ考えていると、マーガレットとユーリーが近づいてくる。

「結婚おめでとう」
「おめでとう」
「マーガレットさん、ユーリーさん、ありがとうございます」

 二人の元に来ると、二人は同時にクララの頭を撫でた。

「妹に先を越されたから、お母さんがうるさそう」
「本当にね。そんな良い出会いなんて、そうそうあるわけじゃないし、言われてもどうしようもないっての」
「お仕事場で出会いとかは無いんですか?」

 純粋に疑問に思ったクララからそう訊かれると、マーガレットとユーリーが互いに顔を見合わせる。

「……ないわね」
「うん。ない。私の所は、既婚者が多い」
「確かに、私の所も既婚者ばかりかも……」
「大変ですね」

 そんな風に言うクララの頬を、マーガレットとユーリーが片方ずつ摘まむ。

「何ふるんでふか?」
「いや、既婚の余裕を見たから」
「未婚の姉に嫌味を言う子はお仕置き」
「嫌味じゃないれふ」

 二人にしばらく頬を揉まれて解放されたクララは、両頬を押える。

「そういえば、マーガレットさんがデザインしてくれた会場良かったです」
「おっ、それは良かった。せっかくだから全部白い花で埋め尽くそうって計画したら、ベルフェゴールが良い提案をしてくれてね。まさか来てくれた魔族達全員に花を投げて貰うなんて事が出来るとは思わなかったから、全然アイデアとして出てこなくて、少し悔しかったんだよね」

 マーガレットは、複雑そうな顔でそう言った。壇上を飾るデザインや街に花を飾るというものはマーガレット自身の提案で、それを聞いたベルフェゴールがこうしたらどうかと提案したのが、あの一面の花畑ということだった。それを思いつけなかった事に悔しさを覚えているのだ。

「まぁ、あれの片付けは大変だから、明日も忙しくなりそうだけど」
「あっ、じゃあ、私も手伝います」

 クララがそう言うと、マーガレットはクララの頭を乱暴に撫でる。

「新婚が気を遣わないの!」
「街の皆も一緒に片付けるから、クララは気にしなくて良い。寧ろ、クララが来ることで、皆が気を遣う事になる」
「そうそう。クララは、しばらく幸せを噛み締めれば良いの。分かった? 明日、クララが片付けているのを見つけたら、もみくちゃの刑だから」
「うっ……はい」

 二人にもみくちゃにされるのは嫌では無いが、進んでやってもらいたいとは思わないので、クララは大人しく従う事にした。

(というか、明日の朝は、絶対起きられないだろうし……)

 マーガレットは、その言葉を飲み込んで心の中でだけ呟いた。

「そんじゃ、私達もそろそろ向こうに行くから。また後で」
「じゃ」

 マーガレット達は、最後にクララの頭を撫でて離れていった。次に近づいて来たのは、ベルフェゴールだった。

「お三方のご結婚、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます。お身体の方は、もう大丈夫なんですか?」
「お気遣い痛み入ります。歳故か完治にお時間を頂く事になりましたが、おかげさまで治りました。準備が終わり次第、講義も再開出来ますので、もう少々お待ちください」
「はい。分かりました。後、あのお花の演出凄く良かったです。いきなり一面が白い花畑になったので、びっくりしました」
「ほっほっほっ、お気に召して頂けたのであれば良かったです。リリン殿も完治おめでとうございます」

 ベルフェゴールは、自分と同じく聖剣の呪いに苦しんだリリンを労った。

「ありがとうございます。眠りについていた分、私の方は楽だったと思います」
「そうですな。その点においてだけは、昏睡状態だったというは、運が良かったかもしれませんな。では、私は、ここで失礼させて頂きます。改めまして、この度は、誠におめでとうございます」

 ベルフェゴールはそう言って、離れていった。

「こうしてみると、ベルフェゴール様は、ごく普通の紳士に思えますね」
「そうですね。私もそう思います。あの性癖がなければ、ただの紳士なのですが」
「まぁ、クララちゃんも成長してきましたし、そろそろ普通になりますね」

 この一年と数ヶ月で、クララも成長している。だが、ベルフェゴールの守備範囲がどこまでなのかは、リリン達も完全に把握しているわけではなかった。

「本当にそうなれば良いのですが」
「そこはクララちゃん次第って感じですね」
「私だって、このまま成長が止まるわけじゃないんですから、大丈夫ですよ!」
「そうですね。成長されると良いのですが」
「します! その内、リリンさんよりも大きくなるかもしれませんよ!?」
「ふふふ、楽しみですね」
「ああ! 信じてないですね!?」

 リリンにあしらわれて、クララは怒りながらリリンに飛びつく。だが、リリンは簡単に受け止めて、抱き上げた。

「これ以上成長されたら、こうすることも出来なくなってしまいますね」

 リリンにそう言われたクララは、途端に何も言えなくなる。こうしてリリンやサーファに抱き上げられる事が大好きだったからだ。
 そんな三人の元にカタリナとガーランドがやってくる。

「何だか楽しそうね?」
「あっ、カタリナさん、魔王様」
「三人共結婚おめでとう。楽しんでくれているようで良かった。ところで
三人は、これからどうするつもりなんだ?」
「どういう事ですか?」

 ガーランドが訊いている意味が分からず、クララは首を傾げる。

「このまま魔王城に住むのか、城下に出るかだな。他の街で暮らすというのもあるが」

 ガーランドが訊いていたのは、クララ達がこれからの生活についてだった。魔王城に住むのであれば、これまで通りだが、魔王城を出るとなれば、準備も必要だと考えられるので、それらの手伝いが必要かと考えているのだ。

「いえ、当面は魔王城に住むつもりです。正直、他の街に住むとかは全く考えていませんでした」
「クララさんがそうおっしゃるのであれば、私達も同意見です。基本的には、クララさんが魔王城を出ようと言わない限りは、魔王城でお世話になろうと思います」
「なるほどな。分かった。それと何か入り用のものがあったら言ってくれ。結婚祝いだ。危ないもの以外であれば贈ろう」

 そう言われて、クララは何か必要なものがあったか考える。そして、一つだけ思いついたものがあった。

「あの一つだけ相談があるのですが」
「ん? 言ってみろ」
「私の聖女の力が弱くなって、何でも治せるような力じゃ無くなりました。だから、医者のような事がしたいなと思いまして……」

 これは、クララが力を失った後、少し考えていた事だった。力が強すぎて、何でも治せるから、そういた仕事は駄目だと言われていた。だが、力を失った現在であれば、診療所的なものを経営しても良いのではと思ったのだ。
 これを聞いたガーランドは少し考え込む。クララの言う通り、今のクララなら、全ての病気を治せるわけじゃない。普通の診療所を開いたとしても、治療の金額も問題はないだろう。

(法外な値段の治療費を請求する事もなくなる。さらに言えば、不治の病を治せと言ってくる奴もいないだろう。通常の診療所として開くのであれば、問題は無い。既に、クララは力を失ったと触れも出している事だしな)

 そこまで考えて、ガーランドは縦に頷いた。

「良いだろう。魔王城近くの敷地にクララの診療所を作る」
「えっ、良いんですか?」
「土地に関しては構わない。クララの診療所という時点で、この街の住人も文句は言わないだろう。営業日は週四日。診療時間は、午前九時から午後十七時まで。昼には、一時間から二時間の休憩を設ける。しっかりと部屋に帰って来る事。最後に、絶対に無理はしない事。全て守れるか?」
「あ、はい」
「よし。なら、ベルフェゴールからの講義が終了した後に、診療所を開く事を許可する。従業員の当てはあるのか?」
「今日呼んだニャミーさんと薬室で働いているアリエスが候補です。二人とも実際に一緒に働いた事があるので、腕に信頼はあります」

 それを聞いたガーランドは顎に手を当てて、また考える。

「そうだな……確か、看護師だったか……リリンとサーファはどうする?」
「診療所を開くことになるでしたら、私も一緒にそこで働こうと思います」
「わ、私も同じです」
「そうか。なら、二人には看護師としての勉強をしてもらう。その他、詳しい事はカタリナから連絡させよう」

 そう言って、ガーランドは、魔族領の上層部の元に向かった。この件を話して準備を進めるためだ。

「やっぱり迷惑だったでしょうか……?」
「そんな事ないわよ。クララちゃんがやりたいと思っている事だもの。私達も最大限協力するわ。でも、リリンもサーファも忙しくなるわよ。しっかりと勉強して貰わないといけないから」
「が、頑張ります!」
「その意気よ。まぁ、一番忙しくなるのはニャミーなんだけど……」
「えっ、そうなんですか?」

 やっぱり引き継ぎなどが大変なのかと思ったクララだが、実際にはそれ以上の事があった。

「あの子には、医師としての勉強をしてもらうから。クララちゃん一人に診察を任せるわけにもいかないから。クララちゃんがいないときに、何も出来なくなっちゃうし。だから、ニャミーには、もう一人の医師兼看護師として働いて貰う事になるわ」
「うっ……それは、少し申し訳ないかも……」
「まぁ、それも込みで、少し話してくるわ。もし、医師としては働かないというのであれば、他の医師を探す必要もあるから。それじゃあ、楽しんで」

 カタリナはそう言って、ニャミーの元に向かっていった。

「ニャミーさんに悪い事をしちゃったかもしれません……」
「そこはニャミー自身がどう感じるかですね。良い機会と思って頂けるかもしれません」
「私とリリンさんも看護師としての勉強をしないとだから、本当に大変ですけどね。リリンさん、一緒に勉強してくれますよね?」
「勿論です。クララさんも医師としての勉強もして頂きます。いっそベルフェゴール殿が勉強を見て頂ければ良いのですが、さすがに医学は修めていないでしょうし」
「いえ、ある程度の学問は全て修めていますので、医学も問題ありませんぞ」
「「「!?」」」

 いきなりベルフェゴールの声が聞こえて、クララ達は驚き振り返る。そこには、先程去っていたベルフェゴールの姿があった。

「先程、魔王妃様と猫耳少女が話している事を聞きましてな。聖女殿に必要そうな事だと思いましたので、こうして伝えに来ました。魔法についての講義も続けますが、医学に関しても行っていく事にしましょう」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」

 そう言ってベルフェゴールは、また離れていった。

「……本当に規格外な方ですね。これには、私も驚きました」
「私もあのくらい頭が良くなりたいです」
「あれだけの知識を持っていて、器用貧乏とならないのも、あの方だけだと思いますよ」
「う~ん……そうですか……」
「そうだよ。私なんて、看護師になる事自体出来るか不安になるくらいなんだから。でも、取り敢えず、それは置いておいて、今日は目一杯楽しもう」
「……そうですね! 私、あっちのご飯が食べたいです!」

 クララはリリンとサーファの手を引っ張って、会場を歩いて行く。そして、会場に並んだ食事を食べ尽くす勢いで、口に入れていった。クララの勢いに皆びっくりしていたが、クララが本当に美味しそうに食べていくので、すぐに気にならなくなる。そんな調子で、進んで行く宴は、クララにとっても、かなり楽しかった。
 そして、宴が終わり、お風呂を済ませたクララ達は、部屋へと戻ってくる。

「それじゃあ、おやすみなさい」

 部屋の前に来るや否や、サーファは顔を赤くさせて二人に寝る前の挨拶をしてから、すぐに自分の部屋に入っていった。

「サーファの恥ずかしがりは、きちんと直した方が良さそうですね」
「でも、サーファさんの可愛いところだと思いますよ?」

 クララがそう言うと、リリンは小さく笑う。

「そうですね。では、中に入りましょう」
「はい。あっ、後、その……初めてなので、優しくお願いします……」
「そうですね。正常なクララさんは、初めての事でしたね」
「へ? あっ! まさか、媚薬の時に……」
「ふふふ。どうでしょうね」

 リリンは悪戯に微笑むと、クララを抱き上げてクララの部屋に入っていった。
 ようやくクララの本当に幸せな日々が始まる。それは、クララが魔族領に攫われたからこそ得られた日々。この日々の中で、クララは一つの真実を知った。それは、絶対に悪とされていた魔族が、本当は必ずしも悪という訳では無かったという事。さらに、物事の一面しか見ていないとその考えが偏ってしまうという事を学んだ。
 人族領を救うために存在すると言われていた聖女は、魔族領に攫われ、幸せな日々を送り、魔族の聖女となった。
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