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成長する王女

模擬戦と談話

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 マリーとアルは、運動着に着替えて、中庭の演習場に戻ってきた。

「お手柔らかに……」
「ああ、そっちは全力で来い」

 互いに向き合い、一礼し構える。そして、二人とも構えたまま動かなくなる。

「どうしたんだろう?」

 アイリが、心配そうに呟く。

「互いに出方を窺っているんだろうね。マリーさんもアルも、お互いの素手での戦い方を知らないからね。まず、受け身になって戦い方を探っているんだ。実戦ならもう少し違う戦い方をしていると思うけど、模擬戦だからね。相手の出方を悠長に待つこともありなんだ」

 リンが、現状から考えられることを教える。

「良い分析だね。でも、もう始まるよ」

 カーリーのその言葉が合図となったように、アルの方から突っ込む。
 アルの右拳が、マリーの鳩尾に吸い込まれていく。マリーは、左手で何とか払いのけて、アルの顎に右手で掌底を放つ。その攻撃をアルは、身体を横にずらすことで避け、その流れで後ろ回し蹴りをするが、すかさずマリーがしゃがんだ事で、その蹴りは、上を通り過ぎていった。
 片足立ちになっているアルに、マリーが足払いを掛けようとするが、アルが即座に後ろに下がったため、空振りに終わった。
 互いに距離を取って、先程と変わらない立ち位置に戻る。ここまで、約三十秒の攻防だった。

「二人とも、滅茶苦茶速いね」
「マリーさんもアルさんの動きに、ちゃんとついていけていますわね」
「体力と運動神経は良いからね」

 セレナ、リリー、コハクがそう話している間にも、マリーとアルの攻防は続いている。マリーが、アルの突きを弾いて、袖と胸倉を掴み、背負い投げをする。
 皆は決まったと思ったが、アルは、空中で体勢を立て直し、両足で着地した。

「嘘!?」

 これには、マリーも驚きを隠しきれなかった。
 アルは袖と胸倉からマリーの手を外すと、手を地面について逆立ちし、身体を回転させて脚でマリーを蹴る。
 マリーは、避けることが出来ないと悟り、両手をクロスして蹴りを受けた。上手くガードはしたのだが、蹴りの威力が高く、マリーの体重が軽いことも相まって、マリーは二メートル程飛ばされた。マリーは、しっかり両足で着地する。すぐに反撃しようかと思ったが、アルの蹴りによる腕のしびれが取れずに、出遅れた。目の前に、既にアルの手のひらがあった。

「……っ!」

 上体を反らして、アルの掌底打ちを避けたマリーは、そのままバク転の要領で足を跳ね上げてアルの顎を打とうとする。
 その攻撃もアルは、読みきっていたようでギリギリ当たらない位置で止まり、空振らせる。
 マリーは、そのままバク宙を二回繰り返し、距離を取る。ここまで、ずっとアルから攻撃を仕掛けていたが、次は私の番だと言わんばかりにマリーが突っ込む。
 マリーが、走った勢いのまま右ストレートをぶち込む。アルは、大振りの攻撃を難なく避け、反撃に蹴りを放とうとしたが、マリーがいる筈の場所に、誰もいなかった。

「なっ……!?」

 マリーは、既にアルの後ろに回り込んでいた。マリーは、後ろに回り込んだと同時に、脚に溜め込んだ力を解放して、タックルする。

「ぐっ!」

 アルは踏み留まることをせずに、マリーのタックルの勢いを借りて、その場から離れる。マリーから距離を取ったと思っていたアルは、目の前までマリーが接近してきているのを見て驚く。
 マリーは、アルが立ち上がったのを見て、すぐに走ってきた勢いのまま飛び、ドロップキックをする。
 アルは、腕を使いガードするが、勢いの乗った一撃にたまらず蹌踉ける。マリーは、これを好機とみてラッシュを仕掛ける。だが、その一撃でアルを本気にさせてしまったのか、マリーのラッシュはことごとく避けられていく。
 アルは、マリーのラッシュに生じた一瞬の隙に反応して、マリーを投げ飛ばした。

「ぐぇ!」

 いきなり空中を舞ったマリーは、何が起きたか理解出来ずに、乙女らしからぬ声と共に背中から地面に叩きつけられる。

「そこまで!」

 カーリーの合図で、二人の模擬戦が終了する。

「ふぅ……」
「痛たたた……」

 アルは、身体の力を抜き、マリーは叩きつけられた背中を押さえながら立ち上がる。

「すまないな。最後に投げ飛ばして」
「アルくん、私、女の子だよ。無意識に手加減するものなんじゃ……」
「あれでも、大分手加減していたんだがな」

 最後の時も、アルは手加減をしていた。最初の時よりは、本気になっていたが……

「マリー! 大丈夫!?」
「マリーさん! お怪我はありませんの!?」
「いやぁ、すごい戦いだったね。マリーが強くてびっくりだよ」
「ハラハラしっぱなしだったよ」
「アルは、若干大人気ないよね」

 コハク、リリー、セレナ、アイナ、リンが演習場の中に入ってくる。

「全然平気だよ。さっきまでは痛かったけど……」
「大人気ないとは何だ。手加減はしたぞ」

 マリーは、皆を安心させるように言い、アルは、リンの言葉に言い返している。

「マリー」
「……!!」

 マリーは、カーリーの声にビクッと震えた。

(叱られるかな……?)

 少し怖々とカーリーの方を向く。

「まぁまぁだね。カストルの坊ちゃんにあそこまで食い下がったのは、上出来さね」

 マリーは、カーリーに褒められたので少しほっとした。

「でも、攻撃が、単調過ぎるところが多かったね。だから、カストルの坊ちゃんに読まれて、当たらないことが多かっただろう。最後のラッシュにしても、隙が多かったよ。明後日までに反省点と改善案をレポートにして提出しな」
「は~い……」

 結局、怒られたので、しょんぼりとするマリーだった。そして、学院のものとは違う新たな課題を課されてさらなる絶望に襲われている。

「カストルの坊ちゃんは、マリーの動きに違和感があった場所、攻撃の繋ぎが甘かった場所を書面にして、提出だよ」
「えっ!? 俺もですか?」
「当たり前さね。何のために模擬戦を許可したと思っているんだい」

 こうして、アルも絶望に落とされていった。
 カーリーが立ち去った後、マリー達は、中庭にあるガゼボに集まっていた。マリーとアルは、既に制服へと着替えている。

「カーリー先生って、すごい厳しい人だよね」

 アイリが、絶望している二人を見てそう言った。

「まぁ、その分こちらの糧になってはいるんだがな」

 アルが、苦笑いしながらそう言う。

「でも、レポートにしろって、これで溜まっているレポートが増えたよ……」
「カレナ先生のレポートと今の師匠のレポートと後は、何が溜まっているの?」

 マリーのぼやきに反応して、コハクが訊く。

「えっと、新作魔道具の使用感のレポートと私が作った魔道具についてのレポートかな」
「レポートばっかりだね」

 マリーが思い出しながら上げたものに、リンが苦笑いをしながら、反応する。

「そうなんだよ。特に、自分で作る魔道具のレポートが、全然出来てないんだよね」
「難しいのか?」
「うん、そもそも出来てないから書けないしね」
『…………』

 マリーの言葉に全員が無言になる。

「え!? 何か変な事言った?」

 マリーは、皆が何故黙ってしまったのか本当に分かっていないようだった。

「はぁ、それは、レポート以前の問題だろ……」
「マリーさんの作ったものレポートといいますと、この前の閃光玉みたいなものですの?」

 アルが呆れ、リリーが何をレポートするのか訊く。

「ううん、自分で作ったオリジナルの魔道具だよ」

 マリーが何でも無いように言うと、再び皆が黙り込む。今度は違う理由で。

「この前作った、盗聴器はダメだったの?」

 コハクは一緒に住んでいるため、皆と違い驚いていない。そして、当然マリーが何を作っているのかも、ある程度知っている。

「あれは、もうレポートにして提出したよ。改善案と一緒に帰ってきたけど」
「ならレポートは、終わっているはずじゃ無いのか?」
「学院在籍中に五十種類作らなきゃだからね。まだ、その一つしか出来てないんだ」
「それは、また無理難題だな」

 アルの感想は、皆の胸中を代弁したものだった。オリジナルの魔道具は、数年間掛けて一個でも作れば、一流の分類に属すことになる。逆に言えば、オリジナルを作れない魔道具職人は、いつまで経っても二流かそれ以下となのだ。
 それを、マリーは、六年の間に五十種類作らなければいけないのだ。

「それで、その盗聴器は使えるのか?」
「う~ん、元々出回っていたのは、距離が五十メートル圏内じゃないと使えないんだけど、私が作ったのは、持ち主によって変わるものなんだ」

 盗聴器自体は、戦争でも使えるものなので、意外と販売もされているのだが、その距離の短さと盗聴器自体の大きさで、すぐに使えないと判断された。なので、今では裏市で出回っている物しかなく、そもそも使っている人もいない。

「だから、人によって使える人と使えない人がいるかな」
「それは、どういう基準で決まるんだ?」
「その人の魔力だよ。注ぎ込む魔力が大きければ大きいほど遠くまで繋がるんだ。ただ消費魔力が半端ないから、五百メートル以上離れると、カレナ先生くらいの魔力が必要かな。でも、コハクの魔力量でも、百メートルは繋ぐことが出来たよ」

 Sクラスの中で、一番魔力が少ないのは、コハクだ。だが、そのコハクでも、従来の盗聴器よりも遠くに繋げることが出来る。これは、画期的な発明だった。

「だが、盗聴器なんて、売り出すことは出来るのか? 確か、今の法律だと禁止されているはずだが」
「うん、売り出すことは出来ないね」
「何で作ったの?」

 アイリが苦笑いをしながら、マリーに訊く。

「自己満足!!」

 全員が呆れた顔をする。

「全く、他に案は無かったのか?」

 アルが、盗聴器の他に何か無いのか、マリーに問いかける。

「う~ん、今、設計中なのは、魔力で動く義肢かな」
『!!』

 これには、コハクも同じく驚く。

「どういうこと?」

 セレナが代表して訊く。

「えっと、今の義足とかって、脚をかたどったものをはめたりするだけだけど、元の身体と同じく自由に動かせるものがあれば、仕事に復帰することも出来るから」
「でも、精密に動かせるのかい?」

 リンがそう訊く。

「そこなんだよね。魔力と一緒に意志を送れたらいいんだけど」
「マリーの思念魔法は、使えないのか?」

 アルが、マリーの魔法の一つを案に出す。
 マリーの剣舞は、思念魔法を使って、剣に自分の意志を送ることで操っている。他にも、色々と調整をして、剣自身が、その場で敵を判断して動く様にもしている。アルは、このことを知っていたので、使えないか訊いているのだ。

「う~ん……どうだろう? 私の剣と同じ使い方でも、結構難しいと思うけど。でも、やってみる価値はあるかも……」

 マリーは、座っていたベンチから勢いよく立ち上がると、

「ちょっと、ネルロさんのお店に材料買いに行ってくる!!」

 と言って走り出してしまった。

「あいつは、自分が狙われている可能性を忘れているのか……」

 そう言って、マリーの後をアルが追い掛けていく。

「行っちゃった……」
「本当に魔道具がお好きなんですのね」
「思いついたら、すぐ行動だもんね」
「マリーちゃんらしいけどね」
「当たり前に、アルも一緒に行くしね」

 ガゼボに残ったコハク、リリー、セレナ、アイリ、リンは、笑い合いながら話し続けた。その話題は、今走って行ったマリーとアルの事ばかりだった。
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