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第一章 革新的技術と各国の思惑

第2話 意識の具現化と問題

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「精神的シグナルを受容して、物理変化を起こす? なんだねそれは」
「言った通りです。このナノマシンは、人の意識を読んで、望んだことを行います」
「それは先日の被検体で行った、意識の伝播とは違うものかね」
「同じ物ではないですが、あれはそもそも、挿管している患者との意思疎通用に開発をしたもの。制限はなく、その周囲に自分に意識をばらまくものです。とっても危ない。警察に売れば喜ぶかもしれませんが、こちらの意識も向こうに伝わるのでガードを付けていないと話ができません」

 そう話をしているのは、所長アウグスト ・ベラスケスと神野 エイメス。
「ふむ」
 所長はそんな反応だが、きっと売るだろう。

 ところで、その時私は所長と話をしながら、違うことに意識を向けていた。

 ある程度、空気中にナノマシンを散布しても、七十二時間ほどで死滅してしまう。強化タイプでも300時間を越えないし、反応がひどく悪くなる。
 なら、体内で活性化させて、外に放出させよう。
 問題は、皮膚にある汗腺から出すのか?
 皮膚表面には、基本バリア機能がある。
 角質細胞に傷でも無ければ、簡単に行き来できない。

 いや、アクチン細胞骨格への、トリセルリンの働きがなければ閉じなかったはず。
 それなら、何とかなるか。

 汗腺は、当然使う。そして皮膚表面からも出す。
 免疫機構から反応が出ないようにして行こう。
 そして、体内で培養プラントを造り、高濃度化していく。
 これなら長持ち。
 体内で、強化筋肉を作成できるタイプや伝達補助。
 ふっ。笑みが止まらない。
 カプセルに、培養プラントを造り、そこへ栄養補給のために血管を少し通す。

 動かないように、筋組織を使って固定。

 できた試作品を、テストがてら、実験用ネズミへ埋め込む。

 麻酔が効いて、眠っているラットを見つめる。
 念話で話しかけてくれないだろうか? すると、ラットの考えている事が分かるのに。
 そんなことを、思っていたこともありました。

 実際彼は、念話を使った。
 だが、人間的意識を期待する方が悪いのだが、彼らの意識は、食べ物、繁殖、敵に対する警戒と防御。それが大部分を占めて、直接意識を受けると、飢餓感を持った本能。その意識を受けて、気が狂いそうになった。

 まあいい。実験は成功だ。
 彼は念話の他にも、目の前に水も出していた。

 人間も、使えるだろう。きっと。

 現在、一人居る彼に理由を付けて受けてもらおう。
 目的は、正義の味方にならないか? とでも誘ってみよう。
 彼なら、うんと言うかもしれない。

 研究所自体が、金がなくて悪の結社のようになっているのが皮肉だが。

 大昔に、そんな話があったな。
 悪の組織に改造されて、正義の味方になる話。1971年頃だったか?

 時代が進み、ユーラシア大戦の前。行きすぎたヒーロー・シンドロームにより、社会生活が崩壊しかかった時代だよな。
 確か、自己の主張する正義のために過激になり、非賛同者を攻撃しまくった。
 確かそんな話だったと思う。興味が無いから忘れたな。

 そして、人は平和が長いと攻撃相手を捜し求めると、誰かが提唱していた。
 民族的差異があったはずだが、基本が狩猟系民族の連中は、かなり激しい内戦になったはずだ。
 確か、百九十六か国くらいだったのに、一気に三百国位になったよな。
 おかげで地理は大変だった。

 そして、大戦。

 実質第三次世界大戦と呼ばれて、強力な武器もあり、あっという間に終わると予測されたのに、気がつけば牽制し合い、収束まで十五年程度もかかった。そのおかげで食糧難や、経済的困窮。それが原因で、大国の細分化が発生した。人種差別も混ざって、とても荒れたようだ。と言うか完全には、まだ終わっていないよな。本当の個人主義。人々が自身と他人の違いを、認められることが無い限り、完全終息は存在しないだろう。

 あの時代、中途半端に発達した技術と、情報ネットワークが混乱を余計に大きくして長引かせる原因となった。温暖化を提唱していた奴らが、アジア人が増えたせいだとか言い出した。不要な人種を抑制しろとか言って。
 まあ行きすぎた、エセ個人主義?だ。

 大体、個人主義の理解し間違いで、多くはエゴイストとなってしまっているのを、理解できていない。個人主義は,自己の利益だけを追求し,他人の利益を軽視あるい は無視をする利己主義(エゴイズム)とは、根本が違う。個人主義は社会生活において他人の能力を認め、さらに、尊厳と尊重が必須なのに。他人を自己の思うように従わせようというのは、利己主義だ。

 あれ? どうしてこんな事に没頭したのだったか? ああそうだ、昨日若手研究者が馬鹿みたいに『個人の権利は守られるべきです。組織なんかの決まりなんて知らない』って叫んだんだよな。彼女が言っていたのは、直訳すれば、『仕事はしないけれど給料を増やせ』だもの。利用者数の集計をサーバ管理者に投げるし、すべての仕事を右から左。上司からの仕事を、『無能ですか、そんなこと自分でしてください』と突き返し。
 中間管理職は、上から来たものを割り振るのが仕事なんだが、それを係員がやると話が違う。
 入るときに、雇用契約書遵守のサインをしたはずなのに。

 ヒーローになりたい。そうすればきっと、彼女の身に謎の事故が。いやまあ。

 とりあえず、彼のことをうまく騙さなければ。
 サインさえ貰えば、こちらのものだ。
 うまく行けば、彼も能力を得られる。ウィンウィンだよな。きっと。
 そうして、彼は、悪い顔をしながら、被験者の元へ向かう。
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