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第4章 少しずつ変わって行く世界

第29話 未来(あした)の為に

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 ああっ。もうダメ、私を置いて先に行って。
 そこで私は力尽きた。

 だが許してはくれぬ、鬼の声が聞こえる。

「お母さん何やっているのよ。立って走るの」
「私はもう駄目よ、短距離のような全力疾走で、もう10kmくらい走ったでしょう」
 振り返ると、壮二君は横に首を振る。

「今8階層です。あと二つですね」
「レッツダイエット。大きなお尻が締まるわよ」
 そう言って神音は、ぺしぺしとおしりをたたく。
「神音それは、言ったらだめよ」
「苦しさを乗り越えたら、気持ちよくなるんでしょう? 行くわよ」
 そういわれて、呆然とする。
 聞かれていたのね。

 よろよろと立ち上がり、何とか走るが力が入らない。
 どうしたのかしら、いくら何でも弱りすぎ。
 ふらふらしていると、フェンがやって来て、おもむろに突き飛ばす。
 ころころ転がるお母さん。
 するとフェンは、お母さんの着ているジャケット、その衿部分をガブリと噛むと走り始める。

「ひぃやーあああぁぁ」
 後には、声と静寂が残る。
「まあ行こうか」
 壮二が神音に声をかけて、走り始める。


 その頃、10階の一司たち。
 お迎えをしてくれた、オーガやミノタウロスさんと遊んでいた。
「ほら爺さん、ワンツーだ。そんなんじゃ世界はとれねえ。やや内角をねらい、えぐりこむようにして打つべし。打つべし。打つべし」

「もうやめてくれ、熱まで出てきた。このだるさとめまい、わしも何とか酔いじゃないのか?」
「気のせいだ。逝け。ダッキングから、伸び上がるように相手の顎を打ち抜け。倒れるんじゃねえ。立て立つんだじぃー」
 今一、語呂が悪いな。まあいいか。

「じゃあ仕方がない。見とけよ」
 その瞬間、わさわさしていたオーガやミノタウロスさんは上下に分かれた。
「何を見せたかったのか分からん? 体術じゃなかったのか?」
「ああすまん。なんとなく言っただけだ。寝てていいぞ」
「ひどい。絶対わしよりひどい。すまぬ神音。わしは悪魔にお前を売ったようだ」

 そこに聞こえる悲鳴。
「あああぁぁー、首が…… 息ができないぬおぉおぉ。わっワンちゃん…… 止まってぇぇっ」
 ワンちゃんと言われて、むっと来たらしい。
 さらに速度を上げるフェン。

「おお、早かったな。残りは?」
 座って前足を広げるフェン。知らないようだ。
「そうか。で、お母さんも酔っ払いか?」
 フェンがうんと頷く。

 いったん送っていくか。そんなにモンスターを倒していないのに、もう酔うとはなあ。ゲートを開き社務所の前へと移動する。

「爺さんとお母さん。今日は中へ入ってゆっくり休め。それじゃあ」
 確かに、魔素の影響とレベルの影響はあったが、ダンジョン内で一司が発する魔力の影響でさらにダメージを負った二人。
 何年振りかで、お互いに肩を貸し、仲良く家へと帰っていった。
 その瞬間は確かに、二人の間のわだかまりもなくなり、ただただ、神音に心の中で謝っていた。神崎殿は常識で測れない。修羅のもとに預けてしまった。すまないと。
 修羅は家で寝ているから、あながち間違ってはいないが。


 再びゲートを繋ぎ、10階へと帰る。
 テーブルを出してくつろぎながら皆を待つ。

 しばらくすると、走りこんできた3人。
「おお来たか。お疲れ」
 ジュースを取り出し並べる。

「あれ? おじいちゃんとお母さんは?」
「酔ったみたいだから帰した。これでスピードを上げられる。よかったな」
 そう聞いて、真魚と壮二は体を動かしながらチェックを行う。

 神音は茫然としていたが、
「神音ちゃん。本気で走るなら、柔軟をしないと体を痛めるからね」
「あっはい」

 それから30分後。
 神音は一司に抱えられて、恐怖を覚えていた。
 なにこれ? ジェットコースターより怖い。
 なんでさっきから、壁や天井を走っているの? みんな忍者なの? ジェットコースターの怖い一司だが、自分で走るには問題が無いようである。

 そして、一番奥にはケルベロスとキマイラ。それと竜人が居たが普通の竜人のようだ。そしてフェンリルはいないし、サクッと終わらすか?

「一人一体だ、ちょうどだな」
 やっと降ろされた神音だが、どれも強そうだ。

「ねえ壮二君どれが弱そう?」
「どれも同じだけど、ケルベロスは火を噴くし、キマイラは毒を持ているから、あの竜人かな?」
「じゃあ、それ貰っていい」
「いいよ、姉ちゃんはどっちにする?」
「かわいくない、キマイラかな?」

「わかった殺ろう」
 そう言って、壮二君が言った瞬間。
 もう2匹は、壁際まで吹き飛ばされていた。

「げっ。出遅れた」
 私も走り込み、いつものように下半身への攻撃をするが簡単にブロックされる。
 それどころか、簡単なように見えて、フェイントが入って来る。
 私よりも早い? うん。相手の方が強い。

 上段に見せかけて、中段へ蹴りの軌道を変えてみる。
 手だけで蹴りを払われた、やばい。
 体勢が崩れたところへ、右のパンチが来る。
「いまじゃあ、クロスカウンターじゃ」
 誰よ? 右足の払われた勢いを消さず、左足を軸にして回転。
 相手の右ひじを折るつもりで、左パンチをかぶせる。
 相手のパンチは、私の左耳をかすめて行った。
 でもその代わり、本当に相手の右ひじをへし折り顔面にパンチが食い込んだ。

 やったわ。
「危ない。蹴りが来る」
 今度は、壮二君ね。相手はパンチを食らって倒れる勢いを使い、私の左わき腹へと、右足で蹴り上げてくる。前へ出て、蹴り足を抱えてひっくり返し、そのまま胸へ膝を落とす。じたばたしているけれど、動かなくなり煙になった。
「痛い」
 実体が無くなったので、膝から落ちちゃった。

「やったなぁ、嬢おぉ」
 変な掛け声は、一司さんだった。
 変な眼帯? までしている。

「さあクリスタルを取って、帰るか。高校生はどうなったかな?」
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