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第二章 名前も知らないところ

第9話 好実の憂鬱

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「いえ。先ほどから申していたとおり、シェレラートス兵団長を害したことを、責めているわけではありません」
 あわてて、辺境伯からフォローが来た。

「そういう事らしいし、大丈夫かい。君は何も悪くない」
 そう言って、頭をなでる。
「うん。分かった」

 でも、さっきの会話が本当なら、私は人殺し……。相手は悪人だと言うけれど、でも、殺したのは覚えていない。
 ううん。きっと、望君を助けるために、無意識に力を振るったのだろう。

 それから、このことについて好実は悩み、自己を追い詰めることになる。
 それを、回避する本能なのか、この世界での唯一の知り合い、望への依存が強くなっていく。
 そして、こちらへ来てから、お互い口には出さないが、望んでいた日本へ帰ることを心の中で拒否し始める。殺人者の私は、帰れないと。


 時は少し戻り、望が転移した直後。
「うわっまぶしい。何よ一体?」

 美葉は好実を揶揄うために、望に言いがかりをつけようと立ち上がり、そこへ好実が割り込んできたことで、にやりとする。
 好実が振り返り、何かを言おうとした瞬間、床に何か光が現れ教室が光に包まれた。
 光が落ち着きそっと目を開けると、目の前にいたはずの望と好実が居なくなっていた。

 机の上には、望の読んでいた本がぽつりとあった。『異世界転移、サバイバルと知識チート読本。これだけあれば生き残れる』本のページ数横。柱部分にそんな記述が見えた。

「何これ? 小説じゃなくて、こんなマニアックなものを読んでいたの?」
 表紙(ジャケット)は、偽装されており、最近話題のラノベカバーが掛かっている。『新京都シティ。魔生門。 鬼族の反撃 ―― 百鬼夜行が起こるとき、人類は滅亡へと向かう。その時、主人公 神ノ恭介は、仲間と共に立ち上がり、あがき続ける ――』
 作者コメント。プロットがあぁ。モニターが白いんだよぉ。作者もなお、あがき続ける。帯紙(おびがみ)にはそんな記述まで。

「わざわざ、自作したのこれ? きちんと帯までついている。」
 その力作に、唖然とする美葉。

「まあいい。先生を呼んでこよう」
 走り出す美葉の、右手に持ったスマホから、相手は電波の届かない所か、あなたは着信拒否されているでしょう。残念。というコメントが聞こえていた。

 先生に事情を話し、親と警官がやって来た。

 目撃した情報を伝えて、調書が作られる。
 真っ昼間。同級生の見ている前での失踪。

 神隠しや、UFOによる拉致。異世界による召喚と、各メディアは盛り上がった。
 そして夜、家の子が帰ってこないと、月波家から学校へひっそりと連絡が来る。
 
 そして、昼に一緒に消えたことが判明するが、望と好実の影に隠れて誰も気にしていなかった。机に残された鞄と教科書。そこから、一緒に消えたのだと判断をされた。


 数日後、流れていく時の中で、違和感を感じる美葉。
 三日もすれば、誰も気にしなくなり、自身ですらも忘れそうになる。
 昔から、好きだった望。つきなみだが、関係を壊すのが怖くて、告白ができなかった。
 その内、好実から好きになっちゃったと告白され、プール帰りに家に寄り。酔い潰してやってしまおうと画策、そして、実行。
 だが結局へたれて、何とかキスをしてそっと手を伸ばし望のものに触れたが、それ以上はできず。添い寝をして満足をした。
 そこまで思った相手なのに、急速に記憶から消えていく。

 そして、変なのは望の両親。
 騒ぎになった時、ぼそっと、『呼ばれたか』そんなことを言って、何か納得をしていた気がする。
 そう言えば、子供のときからキャンプによく行っていたけれど、サバイバル訓練をしていた気がする。バーベキューとかカレーじゃなく、現地で山菜やキノコ、魚。食材調達をしていたものね。罠の作り方とか、頸椎脱臼による安楽死方法とかだっけ?
 幾度か一緒に行ったけれど、中学校のとき、テントで一緒に寝いて、月の光に照らされた望の顔を見てドキドキして、その時。わたし、望が好きって言うのを意識したのよね。

 好実と二人、異世界か。もう、しちゃったのかなぁ。
 美葉は悶々とした夜を数日送ると、頑張ったが二人のことが何故か記憶から消え、思い出せなくなっていった。ただ、胸の内から何かが抜け落ちた、喪失感だけを残して。

 

 さて、異世界側では、話し合いは進まず困っていた。

「事を起こした犯人は死亡したようだが、村を潰されたのは確かなこと」
「だが、こちらも駐留していた兵を、殺されたのも確か」

「どうしましょうか?」
 何故こっちを見る。

「相互に弁済でよくないですか?」
「「相互に弁済?」」
「そう、ウーベル=ナーレ辺境伯が、その採掘現場で発生した損失を払って、マリチオニス辺境伯側は、こちらの兵に対する損害を払う。家の父親が事故した時にそんな感じで払っていた気がします。双方責任は、よく調べずに動いたのが駄目と言うことで五対五と言うことで、終わりましょう」

「ではこれからは、先に話ということで書面を作り、そちらのマリチオニス辺境伯へ渡して貰おう。問題なければ調印しましょう」
「分かりました。仲介の立会人は山川王と言うことで、お願いいたします」
「あっ、はい。えっ?」

「あっそうだ。王に会いたいなら、どうすれば連絡が付きますでしょうか?」
 辺境伯に聞かれて、速やかに、後ろを向く。

「石柱に祈りなさい」
 ビシッと、碧が答える。

「はい」
 辺境伯が頭を下げる。

「さて、帰ろうか?」
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