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第6章

未来を見据えて相手を選ぶために欠かせない視点ー第六の課題解答編ー

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魔王様は秘密のサロンメンバーを選ぶ際に
「長期で利益を考えて見定めた」とおっしゃった。

魔王様と執事さんは、会社の中でも特に多忙なお二人だ。

けれどコミュニティ立ち上げの前準備として、メンバー1人1人と向き合い
テレカンや面談の時間を設け、各々のSNSなどの発信も
細かくチェックしていた姿を僕は何度か目にしていた。

出来上がったコミュニティの内部でも、メンバーの現状や立ち位置を
執事さんとしばしば共有しながら、それぞれの学びが促進できるように
魔王様が配慮していたことを知っている

「あれだけ気を配って、それぞれの未来を真剣に考えて…って普通なかなかやれないよな」

裏側が見えている僕だからこそ、分かることもある。

それぞれのメンバーが今後どのように成長すれば、よりよい未来につながるのか
そして僕たちの会社にとも互いによりよい関係を築けるのか、きっと表で見える何倍もの
労力をお二人はコミュニティ運営に費やしていた。

傍から見れば、ものすごく手間なことばかりの積み重ね。
しかもお二人が稼ぐ額に比べれば、メンバーの月会費なんて微々たるものだろう。

コミュニティの運営がトータルで見れば赤字というのは
おそらく理解されないこともあるだろう。

でも、裏側が見える僕からすれば、納得しかない。

「僕もたくさん気を遣って頂いてるしな…」

コミュニティのメンバーの中には、当然僕も含まれている。

コミュニティの内部を調整しながら、僕に対してもどのように指導をすべきか
きっと様々な計画を見えないところで立てていたのだろうと今なら分かる。

収益が到底見合わない労力も何もかも、全てをあらかじめ計算ずくで
魔王様と執事さんは「長期的な利益」のためにコミュニティを運営すると
決めていたのだろう。

「長期的な、利益、か」

ぽつりとつぶやいた言葉に、ふとひらめくものがあった。

いつだったかTwitterのタイムラインで見た、人事関係の方のツイートだ。

”人材採用はお金や時間など多大なコストがかかるもの。
中途で即戦力を求めるのは当然だが、新卒でも中途でも
人材を育てる視点は不可欠”

うろ覚えだが、確かそんな内容だったように思う。

僕の入社は、一応新卒扱いではないものの
学生起業などを経てきた新卒よりも経験値は少ない方だろう。

少なくとも、即戦力とはとても言えない状態で
僕は魔王の会社に強引に飛び込んだ。

「あのとき、なんで採用してもらえたんだろうなあ」

今の僕には、明確な理由はわからない。

ただおそらくは、人材を育てる視点がなかったら
僕の存在は箸にも棒にもかからなかっただろう。

「人を、育てる」

口に出した言葉がカチリとはまる。
これだ!と直感した。

思いついたことを片っ端から書き出し
文面をまとめてから、魔王様にお伝えすることに決めた。


会社の将来を見据えて、人を育てる。
そのためのコミュニティ。そのためのメンバー選定。

育ったあとに一緒に大きな仕事をしていくことができたなら
短期的な赤字すら回収しうる利益を生み出せるに違いない。


勢いのままに書いた内容を、ある日僕は魔王様にぶつけることにした。
これしかないと思った気づきだったが、魔王様の反応は想像よりも鈍い。

僕は何かを見落としているのだろうか?

「方向性は正しい。が、まだまだ浅いな」

しばしの間を空けてから、魔王様は薄く笑って見せた。

その表情には、影が映り込んで見える。

「おぬし、会社にとって最も恐るべき損失とは何じゃと思う?」

いきなり魔王様が僕に問うた。

「損失、ですか?ええと、お金とか時間とか…」

思いうかんだことをそのまま口に出すと、魔王様はゆるく頭を振って見せた。

「それらも損失ではある。が最も恐れるべきは信頼を失うこと」

魔王様はじっと自らの手のひらを見つめている。
その目には何が映っているのだろう?

「信頼を育むには時間がかかる。が、なくなる時はあっという間じゃ」

いつからであっても、人は成長していける生き物だ。
単なるスキル不足なら、いくらでも磨いていけばいい。
収入が足りないなら、これから稼いでいけばいい。

「じゃが、土台からずれている相手とは、やはり共に歩めぬものよ」

お互いのことを知り、そして同じような価値観をもって
互いに同じ方向を目指すからこそ、長期的によい関係を築いていける。

ともによりよい未来を、創り上げていける。

「金も時間も当然大切じゃ。それでも大きなことを成そうとするのならまず信頼ありき」

魔王様の視線は僕を通り抜けて
どこか遠くへと向けられていた。

「多くが集まればすれ違い、ときに裏切りで傷つけあう。そんな光景を我らも幾度も体感してきた」

淡々と語られる口調には、痛切な響きがあった。

「信頼」を軸に長く付き合える相手を求めて
人を見定め、コミュニティを通じて人を育てながら、さらに見極める。

一見面倒極まりないプロセスが魔王様たちには必要なことだったのだと
僕はようやく腑に落ちた。

信頼を問われるというのは、シビアなことだ。

収入は無くしてもまた努力して稼ぐことができる。
スキルはそもそも無くならないしあとから補える。

でも信頼は時間がかかる。そしてきっと失われれば戻らない。

ぞくりと背筋が震えた。
僕は、魔王様達の信頼に値するのか。

そもそも、どれだけ信頼されているのか。

「人は変わる。状況も変わる。我らも変わる。合わない者がいて当たり前。
運と縁とタイミングさえあうのなら、別の道を選ぼうといずれは交わるじゃろう」

魔王様が立ち去った後も、僕はその場を動けなかった。

だからお前も別の道を行くのなら
会社を辞めても構わない

そんな魔王様の声が幻のように木霊する。

「いやだ…っ!」

やっとの思いで、言葉を口に出す。

確かに課題も多いし、魔王の会社の生活は決して楽じゃない。
むしろブラック企業まっしぐらだろう。

それでも、もし僕がいつか魔王様たちの元を離れて別の道を行くのなら
そんなときが本当にいつか来るとしたら、自らの道を誇りを持って選んだ結果でありたい。

決して、逃げた結果で終わりたくはない。


僕の道が定まったのなら、笑って「辞めます」と僕は言えるのだろうか。
そのとき、魔王様たちはどんな顔をするのだろうか?


きっとその日が、僕にとっては一つのターニングポイントだった。


自分が本当にどうなりたいのか、どんな自分でありたいのか
僕は、会社という枠すら超えて自分の未来を必死で考えはじめることになる。

=====
<×月×日 気づきノート>

僕は、何を目指す?僕の心からの望みは何だ?

どんな人と、どんな未来を、描きたいと望むのだろう?

=====
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