決められたレールは走りません

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ユリーナの心の内

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 「今後一切関わらないでくれ。」

 元旦那、モンティ伯爵アルトからそう告げられ、彼女は返す言葉もなく頷くしか出来なかった。



 ユリーナがアルトの元に嫁ぐ際、内密に王家から話があった。歳の離れた伯爵の元には子どもが2人いる。母親が亡くなったことで伯爵も子どもたちも意気消沈しており、陛下はとても心配していた。公にはしていないが、陛下が伯爵を大切に思っているが故の指示なのだとユリーナは気づいた。娘は王子とも歳が近く、ゆくゆくは王家へ迎え入れるつもりだという。
 身内に兄弟が多く、今後のためにも王家との繋がりは大事にしなさいと両親からも伝えられた。大した才もないのに伯爵という立場にこだわり続ける両親は、娘のユリーナには興味がなく、家を継ぐ長男に力を注いでいた。幼い頃から弟たちの面倒を見ていたユリーナからすると、この話を断ることが難しく、両親からも王家との繋がりを大事にしろと言われた。
 10歳という歳の差は珍しくはないが、モンティ伯爵には子どもが2人いると聞く。3歳の娘と8歳の息子の母親になるという覚悟がなかなか出来なかった。それでも、モンティ家の門をくぐった以上は妻、母親として頑張ろうと心に決めていたのだ。

 その決意は嫁いで半年ほどで儚く砕けた。伯爵の前妻への思いは強く、ユリーナがどれだけ思いを寄せても打ち解けることは出来なかった。夜を共にすることはなく、会話をする機会も1日に1回あるかないか。後妻という立場では肩身が狭かった。使用人たちからは客人のように気を遣われ、皆が前妻メアリーを慕っていたということは伝わってきた。
 夫がダメなら子どもたちと…と思っていたのがよくなかったのだろうか。初めて顔を合わせた時、兄のリュカはとても警戒していた。弟たちの面倒を見ていたユリーナにとって、子どもたちと打ち解ける自信はあったのだが出鼻を挫かれた形となった。…結果、ユリーナの期待は全て娘のシャルノアに寄せられた。


 無邪気に笑う天使のような可愛い娘。母親ではなく自分を構ってくれる人、という見方なのだろうか…目が合えばニコッと笑い、戸惑うことなく抱きついてくる。伯爵家に来てからやさぐれた心も彼女と触れ合う中で癒された。妹がいたらこんな感じなのだろうか…そう思いながら穏やかに過ごしていた。


 それが崩れたのは2年後。シャルノアが5歳のこと。


《伯爵家に連なる5歳以上10歳未満の女児は王子の婚約者候補として、王宮にて教育を受ける権利を有する。ただちに参上すべし。》


 王家からの令状に良い顔はしなかった伯爵も、シャルノアを連れていかざるを得なかった。王宮へ向かう馬車を見送った後、ユリーナは嫁ぐ際に言われた言葉が思い出されていた。

(陛下は王子の相手にシャルノアを考えているハズ。)

 ユリーナにとってシャルノアは既に、妹のような娘。可愛い身内だった。シャルノアが選ばれるのは既定路線。そのために相応しい礼儀作法、教養全てを身につけなければならない。幼い5歳の子にとってどれだけ困難なことか…




(そう、当時の私はそんなことすら分からなかったのよね…。)

王宮に通うシャルノアはとても評判が良く、優秀で、伯爵夫人として社交界に出るようになったユリーナの耳には賞賛や褒め言葉など良い言葉しか入らず、娘が褒められて鼻高々だった。シャルノアがそれを望んでいたのかどうか分からないのに…


 彼女が王宮に通うようになり、ユリーナにとっては苦痛な日々が続いた。伯爵もリュカも打ち解けることは出来ず、社交界に出るようになってからは頻繁に家を空けるようになった。

(後悔しかないゎ。シャルノアが1番必要としていた時に側にいられなかったのだから…)


 シャルノアが王宮から泣いて帰り、辺境まで家出したことは数日後に夫の口から聞かされた。娘が戻って来た時に使用人が声をかけてくれていたら…シャルノアが気軽に部屋を訪ねて来れるくらい仲良くなれていたのなら…当時を思い出すと、たらればは尽きない。娘が傷ついていたことに気づきもせず、部屋で夜会に出る準備をしていた自分に腹が立つ。

(あの時、泣いている娘を抱き留めてあげられる母親だったのならば。今でも母親としていられたのであろう。)


 夫だけではなく、娘からの信頼も失ってしまったのはその時だろうと考えている。自分を癒してくれていた幼い娘の笑顔は、今となってはこちらに向けられることはない。陛下の言葉を信じ発破をかけ続けてきたが、それが娘との距離を作ってしまう原因となった気もする。厳しくするだけではなく、寄り添い甘えてもらえる関係性を築かねばならなかった。そう気づいた時には手遅れで、なんとか関係修復の糸口を期待してきたが、それも自分だけのエゴに過ぎず、ユリーナの気持ちを知る者はいない。

(私があの天使に会える日はもう来ないのだわ…)

 離縁を突きつけられても仕方ないのだと理解していたが、絶縁を告げられたこの日は人知れず涙を流したユリーナだった。




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