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一
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「可愛げ…?」
レーニシアは、王太子リジンから婚約破棄を回避したければ可愛げを見せろと言われ、戸惑った。
淑女教育でも、妃教育でも【可愛げ】なんてものを教えられたことはない。
ーそれに…、
「愛想も愛嬌もない女を妃にせねばならぬ夫の身にもなってみろ!」
そう、言われてもレーニシアにはわからない。
「顔を合わせたら小言ばかり…正論ばかりではなく少しは男を立てる事をしてみろ!」
リジンの言葉に、周囲がざわつく。
このような夜会の場で論うようなことではない。
「リジン殿下!…ここは場所を変えて」
王太子の側近が慌てて駆け寄り、リジンをこの場から退出させようと試みるが、
「煩い、この女が今のままでは私の婚約者に相応しくないと皆に知らしめてやらねばならん!」
「王太子殿下」
側近に捕まれた手を払い除け、リジンは指をレーニシアに突きつける。
「この女は婚約者だと言うことに胡座をかいて、毎度茶の席に呼びつけて、話すことは政治経済、他国の情勢…つまらぬ話題ばかり持ち出して、どうでもよい、知らぬと言えば、勉強しろ学べと喧しい。
少しは私を立て、褒め称えてみれば良いものを、馬鹿を見るような目で見下して、あれだのこれだのと重箱の隅をつつくかのように私の知らぬことばかりを」
リジンの愚痴は収まらない。
いかにレーニシアがリジンの婚約者として女として不足か、周囲に聞かせるようにわめき続けた。
「…お前の言い分はわかった」
リジンがレーニシアの不満を一から十まで出尽くしたところで、別の場所から声がかかる。
「っ、父上」
はっとしてリジンは膝をついた。
リジン以外の貴族らは皆、いつの間にか側に立つ国王陛下に向けて頭を垂れていた。
(まずい…)
王太子が開催した夜会に、父が出向くことはこれまで無かった。
それを折り込んだ上で、側近の言葉など無視して強行した事だった。
王太子の婚約者として、レーニシアの立場は申し分ない。
国内筆頭公爵家の令嬢。
リジンに合う年頃の令嬢では、爵位も能力の高さも彼女の他はない。
リジンもそれは理解していた。
婚約破棄など、茶番だ。
レーニシアが婚約の破棄を認めるはずがないとわかった上で起こした事。
只、慌てふためく、ないしは泣いて縋るレーニシアの姿でもあればと思ってやった事だ。
ついでに、心を入れ替えてくれたら文句もない。
リジンを称えるような、慎ましい女になればよかった。
「そこまでレーニシア嬢に不満があるとは知らなんだ。早く言えば良いものを」
「父上、これはその!」
額に汗が浮かぶ。
婚約破棄を認めるなどと言われたらー…。
「レーニシア嬢」
「はい」
「愚息のせいで気を悪くしたな」
「…いえ、」
レーニシアの声が震えていた。
リジンが彼女に顔を向ければ、口元に手をやっていた。
その手も震えている。
気丈な彼女の初めて見る姿に、リジンは驚いた。
「レーニシア嬢、婚約を破棄も解消するつもりはない。元より愚息にはその様な権限はない」
リジンは息を吐いた。
安堵した。
婚約を破棄されるのではないかと、少し怯えた。
「はいっ…ありがとうございます」
嬉しそうな声を上げるレーニシアは、僅かに涙を浮かべ、きれいな笑顔を国王に向けていた。
(それほどまでに…婚約継続を望むのか)
知らず頬が緩む。
欲を言えば、その顔をこちらに向けてくれたらと思う。
そうすれば、こんな茶番を起こすことはなかったのに。
「では、レーニシア嬢の相手は、私か、弟の何方かになる。…レーニシア嬢。相手はどちらが良い?」
「…は?」
リジンは間の抜けた声を発した。
「レーニシア嬢が王族に嫁ぐのは本人が生まれる前より決まっていたこと。
ならば、せめて嫁ぐ相手を選ぶ権利は与えるべきだと思っていた。
だが、婚約を破棄したいとレーニシア嬢を貶めるような男は候補から外す。
現在妃のない私か、弟か。誰に気を使う必要はない。
レーニシア嬢はどちらを望む?」
国王の側に控えている近衛騎士。
兄を支えると決め、騎士となった王弟殿下。
レーニシアは、目の前の二人をじっと見つめた。
「…私は」
「兄上、良いですか」
「うん?」
王弟殿下が王に声をかけ、側を離れる。
レーニシアに近づいて、片膝をついた。
「貴女とは年の差がありますが、…貴女を望んでも宜しいでしょうか」
「リュグラシル様…」
レーニシアは、差し出された手に己のものを重ねる。
「リュグラシル様の伴侶にしてくださいませ」
瞳に溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「レーニィ」
「ラシル様」
リュグラシルに身を寄せるとレーニシアは彼の腕に抱かれる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てたリジンが抱き合う二人と父を交互に見やる。
「レーニシアの婚約者は私で…!」
「なにを言っておる。先ほど説明したであろう」
「レーニシアの婚約相手は王族であって、リジンとは決まってなかったぞ。最初から」
父と叔父の言葉に、リジンは目を丸くした。
だって、と。
「レーニシアとの時間は三者とも同等に平等に与えられていた。彼女に気に入られるために必死だったがな」
国王も、レーニシアに選ばれる為に少なからずアピールはしたつもりだった。
しかし、どうしても色めいた話題になることはなく、常に政治経済の話になる。
しかも、王自身もその話題を楽しんでしまっているから仕方ない。
王は根っからの仕事人なのだ。
「同等に、平等…」
あのつまらぬ茶の席の事だろうかと思う。
婚約者としての会話としては硬すぎる話題ばかりだった。
彼女は…。
アレで相手を見定めていたのだろうか。
王族に嫁ぎ、支えるに値する夫を選ぶ為に。
リジンは叔父の腕に抱かれるレーニシアをぼんやり見つめる。
「ラシル様…可愛げがない私ですが…よいのでしょうか」
「レーニィは、可愛いよ」
(確かに)
頬を染め、瞳をうるませる彼女を可愛らしいと思った。
彼女がそれを見せる相手は、リジンではなかったというだけだ。
リジンはレーニシアの婚約者候補だったというだけで、選ばれなかっただけだった。
レーニシアは、王太子リジンから婚約破棄を回避したければ可愛げを見せろと言われ、戸惑った。
淑女教育でも、妃教育でも【可愛げ】なんてものを教えられたことはない。
ーそれに…、
「愛想も愛嬌もない女を妃にせねばならぬ夫の身にもなってみろ!」
そう、言われてもレーニシアにはわからない。
「顔を合わせたら小言ばかり…正論ばかりではなく少しは男を立てる事をしてみろ!」
リジンの言葉に、周囲がざわつく。
このような夜会の場で論うようなことではない。
「リジン殿下!…ここは場所を変えて」
王太子の側近が慌てて駆け寄り、リジンをこの場から退出させようと試みるが、
「煩い、この女が今のままでは私の婚約者に相応しくないと皆に知らしめてやらねばならん!」
「王太子殿下」
側近に捕まれた手を払い除け、リジンは指をレーニシアに突きつける。
「この女は婚約者だと言うことに胡座をかいて、毎度茶の席に呼びつけて、話すことは政治経済、他国の情勢…つまらぬ話題ばかり持ち出して、どうでもよい、知らぬと言えば、勉強しろ学べと喧しい。
少しは私を立て、褒め称えてみれば良いものを、馬鹿を見るような目で見下して、あれだのこれだのと重箱の隅をつつくかのように私の知らぬことばかりを」
リジンの愚痴は収まらない。
いかにレーニシアがリジンの婚約者として女として不足か、周囲に聞かせるようにわめき続けた。
「…お前の言い分はわかった」
リジンがレーニシアの不満を一から十まで出尽くしたところで、別の場所から声がかかる。
「っ、父上」
はっとしてリジンは膝をついた。
リジン以外の貴族らは皆、いつの間にか側に立つ国王陛下に向けて頭を垂れていた。
(まずい…)
王太子が開催した夜会に、父が出向くことはこれまで無かった。
それを折り込んだ上で、側近の言葉など無視して強行した事だった。
王太子の婚約者として、レーニシアの立場は申し分ない。
国内筆頭公爵家の令嬢。
リジンに合う年頃の令嬢では、爵位も能力の高さも彼女の他はない。
リジンもそれは理解していた。
婚約破棄など、茶番だ。
レーニシアが婚約の破棄を認めるはずがないとわかった上で起こした事。
只、慌てふためく、ないしは泣いて縋るレーニシアの姿でもあればと思ってやった事だ。
ついでに、心を入れ替えてくれたら文句もない。
リジンを称えるような、慎ましい女になればよかった。
「そこまでレーニシア嬢に不満があるとは知らなんだ。早く言えば良いものを」
「父上、これはその!」
額に汗が浮かぶ。
婚約破棄を認めるなどと言われたらー…。
「レーニシア嬢」
「はい」
「愚息のせいで気を悪くしたな」
「…いえ、」
レーニシアの声が震えていた。
リジンが彼女に顔を向ければ、口元に手をやっていた。
その手も震えている。
気丈な彼女の初めて見る姿に、リジンは驚いた。
「レーニシア嬢、婚約を破棄も解消するつもりはない。元より愚息にはその様な権限はない」
リジンは息を吐いた。
安堵した。
婚約を破棄されるのではないかと、少し怯えた。
「はいっ…ありがとうございます」
嬉しそうな声を上げるレーニシアは、僅かに涙を浮かべ、きれいな笑顔を国王に向けていた。
(それほどまでに…婚約継続を望むのか)
知らず頬が緩む。
欲を言えば、その顔をこちらに向けてくれたらと思う。
そうすれば、こんな茶番を起こすことはなかったのに。
「では、レーニシア嬢の相手は、私か、弟の何方かになる。…レーニシア嬢。相手はどちらが良い?」
「…は?」
リジンは間の抜けた声を発した。
「レーニシア嬢が王族に嫁ぐのは本人が生まれる前より決まっていたこと。
ならば、せめて嫁ぐ相手を選ぶ権利は与えるべきだと思っていた。
だが、婚約を破棄したいとレーニシア嬢を貶めるような男は候補から外す。
現在妃のない私か、弟か。誰に気を使う必要はない。
レーニシア嬢はどちらを望む?」
国王の側に控えている近衛騎士。
兄を支えると決め、騎士となった王弟殿下。
レーニシアは、目の前の二人をじっと見つめた。
「…私は」
「兄上、良いですか」
「うん?」
王弟殿下が王に声をかけ、側を離れる。
レーニシアに近づいて、片膝をついた。
「貴女とは年の差がありますが、…貴女を望んでも宜しいでしょうか」
「リュグラシル様…」
レーニシアは、差し出された手に己のものを重ねる。
「リュグラシル様の伴侶にしてくださいませ」
瞳に溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「レーニィ」
「ラシル様」
リュグラシルに身を寄せるとレーニシアは彼の腕に抱かれる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌てたリジンが抱き合う二人と父を交互に見やる。
「レーニシアの婚約者は私で…!」
「なにを言っておる。先ほど説明したであろう」
「レーニシアの婚約相手は王族であって、リジンとは決まってなかったぞ。最初から」
父と叔父の言葉に、リジンは目を丸くした。
だって、と。
「レーニシアとの時間は三者とも同等に平等に与えられていた。彼女に気に入られるために必死だったがな」
国王も、レーニシアに選ばれる為に少なからずアピールはしたつもりだった。
しかし、どうしても色めいた話題になることはなく、常に政治経済の話になる。
しかも、王自身もその話題を楽しんでしまっているから仕方ない。
王は根っからの仕事人なのだ。
「同等に、平等…」
あのつまらぬ茶の席の事だろうかと思う。
婚約者としての会話としては硬すぎる話題ばかりだった。
彼女は…。
アレで相手を見定めていたのだろうか。
王族に嫁ぎ、支えるに値する夫を選ぶ為に。
リジンは叔父の腕に抱かれるレーニシアをぼんやり見つめる。
「ラシル様…可愛げがない私ですが…よいのでしょうか」
「レーニィは、可愛いよ」
(確かに)
頬を染め、瞳をうるませる彼女を可愛らしいと思った。
彼女がそれを見せる相手は、リジンではなかったというだけだ。
リジンはレーニシアの婚約者候補だったというだけで、選ばれなかっただけだった。
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