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六
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「…?どうかされましたか」
側近の男は、首を傾げ王太子に目を向ける。
その悪びれない態度に此方のほうが驚くしかない。
「元聖女に、対するお前の態度は目に余るぞ」
「はい?」
側近は目を丸くした。何を言っているのかと。
「お前に聞きたいことがある。カリネアの護衛についてだ」
「護衛?」
「お前にはカリネアの衣食住提供の段取りを命じた。彼女の護衛についてはどうなっていたのだ」
側近は眉間にシワを寄せて、「つけていませんが」と答えた。
「っなに!」
「殿下もミリャーナ様も、アレは無駄だとおっしゃってたではないですか?」
思い当たる言葉に、王太子とミリャーナは口を噤む。
二人だけと陰口を交わす密室に、側近の彼は確かに居た。
ミリャーナの発言は、カリネアに対する完全な嫉妬であり、実力では敵わない事を認めている。
それ故、陰で罵るしかできない。
重箱の隅をつつく様な小さな事でも大げさに吹いて貶めた。
「それに、殿下の予算で聖女の地位を買ったので、お金がないんですよ。
小さな小屋を借りて、古着を二、三着其処に放り込んで、食費にと一日分銅貨一枚を与えていました」
「銅貨一枚…」
小さなパンが二つ三つ買えるか買えないかの金額。
とてもじゃないが、腹一杯に食べれるわけでもなく、食事処でもそんな金額設定の提供物はない。
「冒険者街に置ける平均的な生活費で換算してます」
「冒険者街!?」
「…予算の余りから算出すれば、借りれる物件なんて其処しかないんですよ」
国王陛下から聖女の担当を押し付けられたが、聖女の為の予算を回されたわけではない。
王太子に割り当てられた予算から引き出すしかなかった。
衣食住ですらそうなのだから、護衛などとてもではないが賄えるわけがない。
しかも、冒険者街など貧民街とほぼ変わらない。
確かに物価は安い。
そして治安が悪い。環境は劣悪だ。
そんな場所にカリネアを放置したのかと知り、王太子のみならずミリャーナもそして、神官たちも驚愕した。
カリネアは、この間ももじもじとスカートの裾を弄り落ち着きがない。
早く帰りたいという気持ちを隠さず顔に貼り付けている。
「…あのぉ」
「カリネア様、今すぐ教会があなたを保護しお守りしますから」
「あ…それは。嫌です」
カリネアの拒絶と連動するように、王都の結界に大きな亀裂が入った。
「あ、ああっ!カ、カリネア様…どうか…」
「う…ん。早いところ私と結界の繋がりを断つように総司教にお伝えください。穢れを持つ私よりもミリャーナさんと繋がったほうがまだ…保つのでは…?」
「繋がり…?」
「…」
王太子は神官に向いた。
カリネアと結界に何か因果関係があるとは聞いていない。
「まだ…カリネア様は聖女のままです」
「なんだと!?」
「あくまで表向きにミリャーナ様を聖女と呼んでいるだけで…。正式な聖女の儀を行っていないミリャーナ様は聖女ではありません。
総司教にそう説得され…」
金に目がくらんだ総司教もカリネアの力だけを吸い上げるつもりだ。
だが、王太子がカリネアの面倒を見るというので、彼女の保護からは完全に手を引いていた。
表向きミリャーナを聖女に認めた為、教会に置くわけにもいかなかった。
まさか彼も、聖女を冒険者街に身一つで放り出されるとは思っていなかっただろう。
「っ!!ぁ…そろそろ、私は…この辺で…お役に、立てず…申し訳ありませんっ…でした」
何故か顔を真っ赤にしたカリネアは、頭を下げて踵を返す。
ここに居ても何もできないからと。
「まっ待て!」
「聖女様、お待ちくださいっ」
「ええと!私はもう聖女ではないので」
神官の側に立っていた、教会から派遣された聖騎士は素早く動き、カリネアを捕らえようと手を伸ばす。
しかし、カリネアに触れられなかった。
手が触れる直前に、黒い魔力がカリネアを守った。
聖騎士は黒く焦げた手のひらをじっとみつめ呆然とする。
何が起こったのか、脳内処理が追いつかない。
「っああ!申し訳ありません!戻りますっ!すぐにっ!主さま」
誰かに謝罪するカリネアを誰も止められなかった。
触れもできず、制止の言葉も意味をなさない。
王城から出たカリネアを、一人の男が受け止めた。
禍々しい気配の男がカリネアを横抱きにすると、背から真っ黒の羽が生え、地を蹴って空に飛んだ。
同じタイミングで、ギリギリで持ちこたえていた王都を包む結界は、パラパラと割れ落ち、消え去った。
直前にカリネアの甘い悲鳴が上がったことには、地上の誰も気がついていない。
空は透き通るような青で、今まで虹色越しにしか見えなかった空の色に、王太子もミリャーナも恐怖して、その場にへたり込んだ。
側近の男は、首を傾げ王太子に目を向ける。
その悪びれない態度に此方のほうが驚くしかない。
「元聖女に、対するお前の態度は目に余るぞ」
「はい?」
側近は目を丸くした。何を言っているのかと。
「お前に聞きたいことがある。カリネアの護衛についてだ」
「護衛?」
「お前にはカリネアの衣食住提供の段取りを命じた。彼女の護衛についてはどうなっていたのだ」
側近は眉間にシワを寄せて、「つけていませんが」と答えた。
「っなに!」
「殿下もミリャーナ様も、アレは無駄だとおっしゃってたではないですか?」
思い当たる言葉に、王太子とミリャーナは口を噤む。
二人だけと陰口を交わす密室に、側近の彼は確かに居た。
ミリャーナの発言は、カリネアに対する完全な嫉妬であり、実力では敵わない事を認めている。
それ故、陰で罵るしかできない。
重箱の隅をつつく様な小さな事でも大げさに吹いて貶めた。
「それに、殿下の予算で聖女の地位を買ったので、お金がないんですよ。
小さな小屋を借りて、古着を二、三着其処に放り込んで、食費にと一日分銅貨一枚を与えていました」
「銅貨一枚…」
小さなパンが二つ三つ買えるか買えないかの金額。
とてもじゃないが、腹一杯に食べれるわけでもなく、食事処でもそんな金額設定の提供物はない。
「冒険者街に置ける平均的な生活費で換算してます」
「冒険者街!?」
「…予算の余りから算出すれば、借りれる物件なんて其処しかないんですよ」
国王陛下から聖女の担当を押し付けられたが、聖女の為の予算を回されたわけではない。
王太子に割り当てられた予算から引き出すしかなかった。
衣食住ですらそうなのだから、護衛などとてもではないが賄えるわけがない。
しかも、冒険者街など貧民街とほぼ変わらない。
確かに物価は安い。
そして治安が悪い。環境は劣悪だ。
そんな場所にカリネアを放置したのかと知り、王太子のみならずミリャーナもそして、神官たちも驚愕した。
カリネアは、この間ももじもじとスカートの裾を弄り落ち着きがない。
早く帰りたいという気持ちを隠さず顔に貼り付けている。
「…あのぉ」
「カリネア様、今すぐ教会があなたを保護しお守りしますから」
「あ…それは。嫌です」
カリネアの拒絶と連動するように、王都の結界に大きな亀裂が入った。
「あ、ああっ!カ、カリネア様…どうか…」
「う…ん。早いところ私と結界の繋がりを断つように総司教にお伝えください。穢れを持つ私よりもミリャーナさんと繋がったほうがまだ…保つのでは…?」
「繋がり…?」
「…」
王太子は神官に向いた。
カリネアと結界に何か因果関係があるとは聞いていない。
「まだ…カリネア様は聖女のままです」
「なんだと!?」
「あくまで表向きにミリャーナ様を聖女と呼んでいるだけで…。正式な聖女の儀を行っていないミリャーナ様は聖女ではありません。
総司教にそう説得され…」
金に目がくらんだ総司教もカリネアの力だけを吸い上げるつもりだ。
だが、王太子がカリネアの面倒を見るというので、彼女の保護からは完全に手を引いていた。
表向きミリャーナを聖女に認めた為、教会に置くわけにもいかなかった。
まさか彼も、聖女を冒険者街に身一つで放り出されるとは思っていなかっただろう。
「っ!!ぁ…そろそろ、私は…この辺で…お役に、立てず…申し訳ありませんっ…でした」
何故か顔を真っ赤にしたカリネアは、頭を下げて踵を返す。
ここに居ても何もできないからと。
「まっ待て!」
「聖女様、お待ちくださいっ」
「ええと!私はもう聖女ではないので」
神官の側に立っていた、教会から派遣された聖騎士は素早く動き、カリネアを捕らえようと手を伸ばす。
しかし、カリネアに触れられなかった。
手が触れる直前に、黒い魔力がカリネアを守った。
聖騎士は黒く焦げた手のひらをじっとみつめ呆然とする。
何が起こったのか、脳内処理が追いつかない。
「っああ!申し訳ありません!戻りますっ!すぐにっ!主さま」
誰かに謝罪するカリネアを誰も止められなかった。
触れもできず、制止の言葉も意味をなさない。
王城から出たカリネアを、一人の男が受け止めた。
禍々しい気配の男がカリネアを横抱きにすると、背から真っ黒の羽が生え、地を蹴って空に飛んだ。
同じタイミングで、ギリギリで持ちこたえていた王都を包む結界は、パラパラと割れ落ち、消え去った。
直前にカリネアの甘い悲鳴が上がったことには、地上の誰も気がついていない。
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