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第63話 立場逆転
しおりを挟む「映画おもしろかった?」
「ああ。大きい画面で見ると、集中できるな」
手繋いだりキスしてきたくせに、本当に集中してたのか。
「とくに、あのキスは最高だった」
キスシーン2回あるうちの一回は、私としてて見てなかったじゃん。
「あと、蒼がかわいかった」
「それ関係ないよね!?」
イヴェリスが買い物したいって言うから、洋服屋さんをブラブラしながら初映画の感想を聞いてたけど……。
映画の感想なんだか、イチャイチャしていた感想なんだか、ごっちゃになった回答しか返ってこない。まあ、それ含めて楽しんでくれたならよかったけど。
「何買うの?」
「トマリに少し服をあげてしまったから、Tシャツが欲しい」
メンズ服のエリアをウロチョロしながら、イヴェリスが自分で自分の服を探している。初めてここに来たときは、私が色々連れ回して服を買ったっけ。なんか、ほんの数か月前のことなのにすごく遠い記憶に感じる。
「これはどうだ?」
「うん、いいんじゃない?」
「こっちはどうだ?」
「うん、いいと思う」
イヴェリスが気になったTシャツを次々と見せてくる。顔がいいとどれも似合うから甲乙つけがたい。だからどれも全肯定していたんだけど……。
「適当過ぎないか?」
「そんなことないよ!」
それが気にくわなかったのか、イヴェリスは少しふてくされてしまった。
「だって、イヴェリスは何着ても似合うから」
「それでも、お前の好みってものがあるだろう」
「えー。そんなこと言われても、どんなイヴェリスも好きだからなぁ……」
文句を言われてしまったので、ちゃんと選んであげようと思って目の前にかかっているTシャツを一枚一枚見る。
「これなんてどう?」
フロントに文字が書いてある白Tを一枚引っ張りだし、イヴェリスに見せようと振り返ると――
「え、どうした??」
「いやっ……なんでもないっ」
なぜかイヴェリスは、両手で顔を覆っていた。
「え、なに」
「……最近の蒼は、少し素直すぎないか」
「どういうこと?」
手で顔を覆ったまま、イヴェリスはくぐもった声で言う。
「前は好きとか、自分から言わなかったではないかっ」
「そうだっけ?」
「今は、普通に言ってくるっ。それも突然言ってくる」
「ダメなの?」
「ダメだ! いや、ダメじゃないがっ……」
戸惑った様子でイヴェリスが顔から手を離すと、瞳だけじゃなく、顔まで赤みがかってた。
「今日はとくにダメだ。好きとか言わないでくれ。すぐに姿が戻ってしまいそうになる」
「え。なんか、ごめん」
まるで今のイヴェリスは、私が働いている彼を見ながらキュン死にしまくっていた日のような状態で。
普段はイヴェリスの方が私が喜ぶようなことさらっと言ってくるのに。その言葉に、私がイチイチ反応して、恥ずかしくなったり嬉しくなったり。でも今は、立場が逆転していてなんだか優越感すら感じる。
なんか、いいな。こういうのも。
「もう言わないから。これ着てみて」
「わかった……」
選んだTシャツをイヴェリスに押し付けて、試着室へと詰め込む。
着替え始めてからものの10秒くらいでイヴェリスがカーテンを開けて出てくる。
「どうだ?」
「うん、かっこいい!」
「くっ……」
感想を言っただけなのに、イヴェリスは開けたばかりのカーテンをまた勢いよく閉めた。
「かっこいいも言っちゃダメなの!?」
イヴェリスのリアクションに戸惑いながらも、試着室の外にある姿見でワンピースを纏っている自分の姿を改めて見る。けど、自分ではそんなに似合っているとも思えない。そりゃあ、Tシャツにデニムに比べたら女性らしくはあるけど……。世の中にはもっとキレイな人も、かわいい人もたくさんいるのに。こんなんであそこまで喜んでくれるなんて。
「これにする」
「うん」
しばらくすると、何事もなかったような顔でイヴェリスが試着室から出てくる。
もっと色々見るのかと思ったけど、私が選んだTシャツで即決していた。本当に、そういうとこもかわいいと思ってしまう。でも、今言ったらまた冷たくされるから、我慢するけど。
「蒼も服を買うか?」
「あーなんか買おうかなぁ。最近全然買ってないもんね」
「見に行こう」
「うん」
そのまま、レディースフロアに行く。本当は手を繋ぎたいんだけど、手が触れるだけでイヴェリスが立ち止まってしまうから握れずにいた。映画館では平気だったくせに。
「俺のと似ているTシャツを買おう」
「やだよ、ペアルックは」
「なぜだ。ラブラブのカップルはお揃いを着るって、お客さんが言っていた」
「それはせいぜい20代前半までの話だよ」
「年なんて関係ないだろ」
さすがにアラサーになって、しかもこのイヴェリスとペアルックで歩ける気はしない。
「これは?」
「ん~」
「じゃあ、こっち?」
「ん~~」
さっきと逆で、今度は私がイヴェリスに向けて色々と服を見せてくけど……。どれもイマイチという顔しかしない。
「あ、これが似合いそうだ!」
そう言って、イヴェリスが持ってきたのは少しタイトな黒いワンピースだった。
「イヴェリスはこういうのが好きなの?」
「あ、いや、似合うかと……」
「ふうん」
少し細くはあるけど、まあシンプルだし。着れなくはない。
「ちょっと着てみる」
イヴェリスが選んでくれた服を着たいって言う気持ちが一番大きくて、そのワンピースを持って試着室に入る。
ワンピースをハンガーから外すと、腰辺りがパックリ開いているデザインだったことに気付く。前だけ見ればはシンプルなのに。やっぱりイヴェリスも美月さんのような少し露出の多い服が好きなのだろうか……。
買わないけど着てみるだけ着てやめればいいか。
「着れたよ」
思いのほか、背中が見えてて。こんなに露出の多い服は着たことがないから恥ずかしくなってカーテンから顔だけだす。
「どうだ?」
「似合わないかも」
「見せてみろ」
そう言いながら、イヴェリスがカーテンを開けてくる。
後ろにも横にも鏡がある試着室は、前を向いてても後ろ姿が映ってしまう。
「うわっ!!」
珍しくイヴェリスが驚いたような声を出す。自分からカーテンを開けたくせに、一目見ただけでまたカーテンを勢いよく閉め切られしまった。
「ちょっと! うわってなに!」
「肌が、見えているっ!」
「え、知っててこれ選んだんじゃないの?」
「しるかっ! 絶対にそれはダメだ! そんなもの着て、外は歩かせられないっ」
カーテンの向こう側から聞こえてくるセリフは、まるで父親のよう。
自分で選んだくせに、なんなんだよもう。
裸に対して何にも思ってなかったくせに。ちょっと背中が見えてるくらいでそんなことを言うようになるなんて。魔族の考えていることがわからない。
なんて考えながら、ワンピースを脱ごうとしたら。
またカーテンが開く。
「ちょっと、今着替えてっ」
開いただけじゃない、なぜかイヴェリスまで試着室に入ってくる。
「なにっ!」
「いや、誰にも見せたくないが、俺は見たいと思って」
また目だけが赤くなっているイヴェリスが、視線をそらしながら言う。
「だからって入ってくることないでしょ」
「カーテンを開けていては誰かに見られてしまう」
「見てないって。それに、女の人ばっかりだし!」
「ついでに、俺が我慢できなくなりそうだ」
ちょうど背中のぽっかりと開いている部分に、イヴェリスの手が添えられる。
「え、何考えてんの。ダメだよ」
「ここなら、誰も入ってこないだろう?」
「店員さんがすぐ駆けつけてくるよ!」
「そうなのか?」
この吸血鬼、個室ならどこでもしていいと思ってる……!!
「そういうのは、家以外じゃダメなの!」
「なぜだ」
「いいの? もしここでして、男の店員さんがカーテンを開けても」
むちゃくちゃなこと言ってるけど、これくらいじゃないとイヴェリスには伝わりそうになくて。
「そしたら、私の裸をその人に見られちゃうんだよ?」
「――!!」
自分でも何言ってんだって思いながらも、この理由が今は一番効果的なんじゃないかと思ってふっかけてみる。案の定、イヴェリスはハッとした顔をして、グッと下唇を嚙んだ。
「わ、わかった。家まで我慢するっ……」
「うん、そうしよう」
そうしよう、なんて言っちゃったけど。家に帰ったらする気まんまんってことじゃん。
最近、いつにも増してイヴェリスが求めてくることが多い気がして。アラサーの私が付き合いきれるか少し不安になる。
「どっかでお茶する?」
「いや、もう帰りたい」
もとの服に着替えて試着室から出ると、イヴェリスは私の手からワンピースを奪い取る。てっきり元の場所に戻して来てくれるのかと思ったら、握ったままレジへと直行する。
「え、まって。それ買わないよ!?」
「買う」
「だって、さっき外で着せたくないって」
「家で着る用だ」
そんなワンピース、家で着てどうすんの! って言う前に、イヴェリスはレジにワンピースと1万円札を置いていた。
ああ、だれかこの吸血鬼を止めてください。
応援ありがとうございます!
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