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二話
しおりを挟むふわふわのキャラメルを思わせる金色の髪と、透き通る様な琥珀色の大きな瞳の侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネには、眉目秀麗、聖人君子と完璧といえる婚約者がいる。彼の名はリーンハルト・モンタニエ、この国の王太子だ。
出会いは今から十三年前の事。
まだ五歳になったばかりのアリシアは、父に連れられて登城した。
良く晴れた穏やかな昼下がり、空は澄み渡り中庭の花々は美しく咲き誇っていた。
心地の良い風がアリシアの長くふわふわの髪を靡かせ、花弁は高く舞い上がる。
まるで絵画を切り抜いた様な美しい空間の奥から、彼が現れた。
白みを帯びた金髪と宝石の様な蒼い瞳の美少年は、まさにお伽話に登場する王子そのものだった。
目が合った瞬間、幼いながらアリシアは彼に心奪われてしまった。そしてまさにその瞬間、彼はアリシアの前に跪きこう言った。
『僕と結婚しよう』
夢だった……。
たまにあの時の夢を見る。
アリシアはベッドから身体を起こすと、肩を落とし溜息を吐く。
朝から陰気臭いが致し方がない。
「あんなの詐欺です」
あれが詐欺でないなら世の中、何を詐欺というのか……。完全に騙された。
彼が眉目秀麗、聖人君子の様な王子な事は間違いないと断言出来る。だが、それは表向きの顔に過ぎない。
昨夜の舞踏会でもそうだ。
アリシアが不注意で落としたハンカチを、親切な青年が拾ってくれたーーただそれだけなのにも関わらず、その様子を見ていたリーンハルトに「不貞行為」「浮気」などと責められた挙句、何時ものお仕置きだ。
婚約を交わしてから彼からの溺愛ならぬ独占欲ならぬ執着が止まらない。
それでも昔はまだ可愛いものだった。
お茶会で同じくらいの歳の男の子と話していたら、しれっと割り込んで来たり、花を贈られたらその倍くらいの花を用意してくれたりと、割と控えめだった。
だが年を重ねるごとに、彼の行動はエスカレートしていった。
『昼間のお茶の席で、君の隣にダニエル・ジョナ侯爵令息が座っていたと耳にしたんだけど……それは事実なのかい?』
この日を境にリーンハルトからは、例のお仕置きをされる様になってしまった。
ーー明らかに行動を監視されている。
何しろアリシアが学院に居ようが、他家の屋敷でお茶をして居ようが、自邸で読書をして居ようが、彼はアリシアの全てを把握している。
無論リーンハルトは多忙な為、彼の側近などが監視していると思われる。
「お嬢様、何か仰いましたか?」
アリシアの独言に、カーテンを開けていた侍女のライラが振り返る。
「い、いえ、何でもないです」
愛想笑いを浮かべて誤魔化す。
恐ろしく外面が良い彼の裏の顔を話した所で誰も信じてくれない事は分かっている。寧ろ訴えたアリシアの方が気が触れたのではないかと思われるかも知れない。
それにあんな恥ずかしい事をされているなどと他者に知られでもしたら、もう人前に出れない……。
「お嬢様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
支度を済ませたアリシアは、ライラや使用人等に見送られ馬車に乗り込んだ。
リーンハルトと婚約してからは、週に一度登城して王太子妃教育を受けている。
但し、それは先月迄の話だ。
これまでアリシアは学院に通っていた為、リーンハルトの計らいで学業を優先にして貰えていた。
『学院生活で学べる事は沢山あるからね。妃教育は、卒業してからでも十分だよ』
普段は本当に誠実で優しいのに、突然別人の様に豹変する。それさえ無ければ心から彼をお慕いする事が出来るのに……と何時も悩みは尽きない。
そして先月、アリシアは学院を卒業した。
これからは本格的に王太子妃教育が始まる。
だが、学院に入学するまでは確りと王太子妃としての心得から振る舞いまでを叩き込まれているので、向上出来る様にする事が今後の課題となるだろう。
ガタンっと少し大きく揺れて馬車が止まった。
どうやら考え事をしている内に城に到着した様だ。
アリシアは深く息を吸いゆっくりと息を吐いた。
自邸以外の場所では常に気を張っている。何時何処で誰が見ているか分からない。アリシアの言動は自身の評価のみならずヴェルネ侯爵家の評価にも繋がり、アリシアが王太子妃になれば今度はリーンハルトへも影響を及ぼすだろう。
扉が開くとアリシアは、姿勢を正し優雅に馬車を降りた。
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