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四話
しおりを挟む何時も通りに棚の埃を払い床を拭いていき、積み上げられた書物をあるべき場所へと戻す。
清掃や整理がひと段落し、ふと奥のテーブルへと視線を向けた。
彼が姿を見せなくなってもう二ヶ月程が経つ。最後に彼に会ったのは、フランポワーズのスコーンを持って来てくれた日だった。
『約束していたスコーン、持って来たよ』
そう言って何時も通りに優しく笑みを浮かべていた。
『ほら、また菓子屑がついているよ』
フィオナの口元を舌で舐め取り綺麗にしてくれて、そのまま又唇をーー。
思い出しただけでも、恥ずかしさに身体が熱くなってしまう。まるで、夢でも見ていた気分だった。
『フィオナ、君を迎えにくるから待ってて』
だがあの日を境に彼は来なくなった。
「あれって、どういう意味だったのかしら……」
去り際に彼が言った言葉を思い出し悶々とする。これで何度目か分からない自問自答を繰り返し、また溜息を吐いた。考えた所で不毛なだけだ。
彼は穏やかで優しい人だったが、どこか脈略がなく何を考えているかはさっぱりだった。
結局、彼が何者かも分からず仕舞いだが、今フィオナがすべき事は彼を忘れる事だけだ。彼を調べたり探したりした所で意味はない。きっとフィオナを構う事に飽きたのだろう。ただ、それだけの事ーー何時迄も気にして落ち込むだけ時間の無駄だ。
(現実なんてそんなものよ)
それにしてもーー。
「甘い物が食べたい……」
彼が来ないという事は=甘い物も食べられないという事だ。
重大な事を失念していた。
大きな溜息を吐くと項垂れながらフィオナは書庫の清掃に戻った。
運命の人なんて幻想に過ぎないーー。
そう自分に言い聞かせ、綺麗さっぱり記憶から抹消してしまおうと思った矢先……。
「ーーそういう訳だ。そなたの父上セルフィーヌ伯爵は既に了承済みだ」
(これは一体、どういう状況ですか⁉︎)
今朝、何故か分からないが国王陛下に呼び出しを受け執務室へと連れてこられた。
一介の侍女であり、しがない伯爵家の娘に過ぎないフィオナに、国王陛下が直々話をするなど前代未聞だろう……。
一体自分は何を仕出かしてしまったのだろうかと怯えながらやって来たが、部屋に入った瞬間別の意味で目を見張った。何故なら、彼が居たのだ。
国王陛下の隣に佇む姿は威風堂々としており、思わず見惚れてしまう。正に絵になる。相変わらず素敵だ。
立ち尽くすフィオナに、国王陛下は容赦なく衝撃の事実を告げてきた。
「フィオナ嬢、そなたにとっても悪く無い話だと思う。父上も大変喜ばれていた。ただ、私は強制するのは好きでは無い。そなたの判断に委ねたい。そして此処からはあくまでも私の一人言なのだが……今回を逃すともしかしたら行き遅れではなく、嫁ぐ事自体が難しくなるかも知れない故に、賢明な決断を願っている」
一見すると穏やかで、強制はしない、判断はフィオナに一任すると話しているが……これは、所謂圧力というものだ。
考えるまでもなく、フィオナに拒否権はない。拒否をすれば、国王陛下の有難いお言葉通り今後フィオナが嫁ぐ事は極めて困難であるのは間違いない。更にその末路が脳裏に浮かぶーー項垂れながら泣く泣く修道院へと向かう哀れな自分の姿が見えた気がして、背筋に冷たい汗が流れた。
修道院になんて入れられた日には、甘いお菓子なんて俗物として扱われ、もう二度と口にする事は出来ないだろう。本だって聖書か、訳の分からない堅苦しい文字が綴られたものばかりで、恋愛物のちょっとドキドキしたり、流行りのちょっと笑えるものなんて絶対に読めない。
(数ヶ月だって苦しいのに、甘い物が一生食べれなくなるなんて嫌‼︎ それに本だって【狼な王子様に襲われて、捕まって、美味しく食べられちゃった令嬢】の最終巻まだ読めてないのに~‼︎ そんなの酷過ぎます……)
「兄上、それくらいにして下さい。フィオナが困ってますので、後は私がーー」
フィオナが一人葛藤していると、意外にも彼が助けてくれた。
強制的に馬車に乗せられたフィオナは、向かい側に座る彼を盗み見る。
ロイ、いやローデヴェイク・ミュラ。若くして公爵位を賜り、王弟でもある。
まさか彼があの噂の”ローデヴェイク様’’だったなんて……。
魂が口から抜け出そう、なんて台詞を何処ぞの三流物語で見た事がある。その時は今一気持ちが理解出来ないと思ったが今なら良く分かる。
助けてくれたと思ったが、間違いだ。騙された、いや彼の立場からすれば勝手に勘違いしたと言うかも知れない。
「そんなに緊張しないで、フィオナ。ほら、ドーナツだよ」
「ドーナツ!」
彼は懐から布袋を出すと、中から小ぶりなドーナツを取り出した。
フィオナは、久々にお目に掛かる甘い物に釘付けになってしまった。
「食べていいよ」
目の前に差し出されたドーナツに、一瞬目を輝かさせ手を伸ばそうとするも直ぐに引っ込める。
(こんな子供騙し、絶対に誤魔化されませんから!)
「美味しいかい」
「はい、とても」
食べてしまった……。
結局フィオナは、誘惑に負けドーナツを頬張る。
一口一口を噛み締めながらもぐもぐと咀嚼していると、彼と目が合った。すると彼は目を細め、優しく微笑んだ。瞬間、自分の意思とは関係なく顔に熱が集まるのを止められなくなる。
「あ、あの……何方へ向かっているんですか?」
今更だが行き先を聞いていなかった。誤魔化す様に訊ねてみるが、もしこれで墓場などと返答された日には卒倒するかも知れない。
「あぁ、すまない、言っていなかったね。勿論、私の屋敷だよ」
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