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25話 欲望の眼差し
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「貴様、ネイジュ公爵の婚約者だな」
「……何でしょうか」
「婚約破棄された後、私の元へ嫁いでくるつもりはないか? お前は見目が良い、私の妾にしてやろう」
「ありません。私はノエル様の婚約者ですので」
私は即答した。
婚約破棄された後は平民として生きるつもりだし、そもそもこんな人の妾になるなんてまっぴらごめんだ。
「この私の申し出を断るとはな。良いだろう、ならば今からついて来い」
「は?」
断ったというのに意味の分からないことを言ってきたので私は一瞬呆けた表情になる。
「貴様に手を出した事実があればあやつも手放さざるを得ないだろう」
ハモンド伯爵が私に手を伸ばしてきた。
その分厚い手が私の腕に触る。
「っ! 触らないでください!」
私は反射的に手を引っ込めた。
そして明確に嫌悪を込めた目で睨みつけたが、ハモンド伯爵はそんな私を見てニヤリと笑った。
「いいのか? 私に逆らって」
「何を……」
「あの公爵に貴様の本当の姿を教えてやってもいいんだぞ」
「っ!?」
私の心臓が跳ねた。
まさか。
知っているのか、私の過去を。
実家での私の扱いを。
「ふん、その分だと貴様はまだやつに真実を話していないようだな。いや、あえて黙っていることで騙しているのだろう?」
「な、何で知って……」
「何とか貴族として振る舞っているようだが、その実中身は偽りだらけでで平民と何ら変わりない。貴族として全く相応しくない育ちだ。お前はそれを自覚していながら隠して奴に寄生している。そうだろう?」
「ち、ちが……」
「何も違わない。お前は我が身可愛さに奴を騙しているんだ」
その言葉を否定したかった。
けれど、その言葉は完全に図星で言い返すことができなかった。私の呼吸がどんどん荒くなり、目の前が真っ暗になる。
「貴様の本当の姿を知れば、あやつは今すぐにでも婚約破棄をするだろうなぁ」
ハモンド伯爵はニタリと笑う。
どこから私のことを知ったのかは分からない。
だけどハモンド伯爵は私のことを知っていた。
その事実が私に正常な判断を下せないようにしていた。
「さあ、ここで真実を言い触らされたくないなら私の言う通りにしろ」
ハモンド伯爵が手を差し出してくる。
それはノエル様とは違って、欲望にまみれた手だった。
瞳はギラつき口元には醜悪な卑しい笑みが浮かんでいる。
怖い。
けど、逆らうことができない。
もしノエル様に私の生い立ちをバラされてしまえば私はあの屋敷を──。
震える手でハモンド伯爵の手を掴もうとしたその時。
ハモンド伯爵とは違う手が私の手を掴み、力強く引き寄せられた。
「何をしている」
「ノエル様……」
ノエル様が私を胸の中へと引き寄せていた。
ノエル様はハモンド伯爵から私を守るように力強く抱きしめている。
「貴様……!」
「何をしているのかと聞いたのだ。我が婚約者に何をしていた、ハモンド伯爵」
ノエル様は強い口調でハモンド伯爵を問い詰める。
もう少しのところで私を手中に収めることができたのにそれを邪魔されて、ハモンド伯爵は悔しそうに歯軋りをしたが、すぐに笑顔を取り繕ってはぐらかし始めた。
「何のことか分かりませんな。私はただ楽しく話していただけです。そうでしょう?」
ハモンド伯爵が私に質問してきた。
私に証言させることでこの場を切り抜けるつもりだろう。
私はもちろんハモンド伯爵の証言などするつもりはなかったが──。
「婚約者殿、私との会話は楽しかったでしょう? そう言ってくれないと、私は悲しくてあることないことを叫び出してしまいそうだ」
「っ!?」
ハモンド伯爵は暗に『証言しなければ全てバラす』と脅してきていた。
私は反射的にその言葉に頷きそうになる。
「頷く必要はありません」
しかしその寸前でノエル様が私だけに聞こえるようにそう呟いた。
私はその言葉でハッとなってすんでのところで留まる。
「さあ、どうしました婚約者殿。早く私が何もしてないことを証言していただきたい」
「失礼ですが伯爵。犯罪者のあなたが私の婚約者に話しかけるのはお控えいただきたい」
「は、犯罪者!?」
ハモンド伯爵がいきなり犯罪者扱いされたことで先ほどと同様に顔を真っ赤にして怒り始めた。
「何の根拠があってそんなことを言っている! それこそ根も葉もない侮辱ではないか! 貴様のような若造如きがこの私を愚弄したことを後悔させてやる!」
「いや、それはどうかな」
「なっ! 誰だ!」
その場に人が割り込んできた。
その人物は先ほどのライネル侯爵とは違い、フード付きのマントを被っていた。
「俺か? 俺の名前は──」
フードの人物がフードを取る。
「なっ!?」
すると漆黒の髪が顕になり、ハモンド伯爵だけでなくその場にいた貴族全員が騒然となった。
私はその人物を知らなかったが、周囲の反応を見るかぎり相当位の高い人物だと察せられる。
「アーノルド王子……!?」
「へ?」
ハモンド伯爵が呟いた名前に私は思わず声を上げた。
「王子……?」
「そうだ、ハモンド伯爵。頭の悪そうな顔をしている割にはちゃんと自国の王子の顔を覚えていたようだな」
アーノルド王子という名前のその青年はニヤリとハモンド伯爵に向かって笑いかけた。
ハモンド伯爵は王子が出てきたことに驚きつつもすぐに冷静になり、さっきの公爵の言葉を追求した。
「ア、アーノルド王子。お二人とも先ほどから言いがかりが甚だしいですな。私が犯罪者と仰いましたが何か証拠でもあるのですかな? 人を犯罪者呼ばわりして証拠がないとなればそれ相応の──」
「ああ、今し方証拠を掴んできたところだ」
「え?」
「だから、先ほど貴様の屋敷を捜索し、証拠を入手してきたと言ったのだ」
アーノルド王子は何枚かの紙を取り出し、ハモンド伯爵に見せる。
その紙の束が何か分かった瞬間、ハモンド伯爵は血相を変えた。
「そっ、それは……!」
「これは貴様が隠していた金庫から出てきたものだが、人身売買に脱税、そして麻薬の取引……すごいな。重罪ばかりじゃないか」
アーノルド王子は紙に書いてあることを読み上げ、呆れたように笑う。
「ど、どうやってそれを! いや! それ以前に私の屋敷に押し入ったというのか!」
「ああ、そうだ。貴様には以前から疑いがあったからな。少々強引だが貴様が夜会に行っている間に証拠を入手させてもらった」
「ふざけ──」
「もう言い逃れはできないな」
ハモンド伯爵が怒鳴りそうになった瞬間、ライネル侯爵が出てくる。
「あなたの所業は全て白日のもとに晒された。大人しく法の裁きを受けるがいい」
公爵様もハモンド伯爵にそう告げる。
上位貴族二人と王族に睨まれたハモンド伯爵はもうどんな手を打つこともできないと悟ったようだ。
「くそ……」
悔しそうにそう呟いて膝をついた。
「ふん、連れて行け!」
アーノルド王子はそれを見下すとそう大声で命令した。
広間に何人か衛兵がやってきてハモンド伯爵の腕を掴み、連れて行った。
「みな、邪魔してしまい申し訳無かった! 夜会に戻って欲しい」
アーノルド王子はそれを見届けると周りの貴族に対してパーティーを邪魔してしまったことを謝罪すると貴族たちは元の会話へと戻って行った。
その様子は以前にも同じことがあったような反応だが……もしかしてこれが初めてではないのだろうか。
「さてノエル。場所を変えよう」
「分かりました」
アーノルド王子がノエル様にそう言うとノエル様は頷いた。
「リナリアも」
「は、はい」
私も言われるがままに一緒についていく。
そして別室には私とノエル様、そしてライネル侯爵とアーノルド王子が揃う。
「ノエル、すまなかったな。どうしてもここで決めておきたかったんだ」
「実は、この夜会に呼んだのも全てハモンド伯爵を誘い出すためなんだ。君に知らせないまま利用してしまい申し訳ない」
「まあ確かに一言欲しかったですが……それほど急いでいたのでしょう?」
何だかよく話が掴めていないが、どうやら公爵様はこの二人に利用されていたらしい。
それなのに公爵様は怒るどころか理解を示してさえいた。
その態度だけでこの二人に対して信頼を寄せていることが分かった。
「まあね、それに君は婚約のことで精一杯だったから」
「ふん、早く婚約者を選ばないからそうなるんだ」
「生まれた時から婚約者が決められていたあなたに言われたくありません。それに私は一から選ばなければならなかったんですよ」
私は少し驚いていた。
いつものノエル様とは違い、二人と話している公爵様はとても砕けた話し方をしていたからだ。
私がぼーっと見つめていると公爵様は私の視線に気づいた。
「ああ、リナリア。申し訳ありません。もう疲れたでしょう、帰りましょう」
「あ、いえ。私は別に」
「いいえ、帰ります。今日はあなたの心に負担をかけすぎた。二人とも、それではこれで」
「今日は本当にすまなかったな」
「じゃあ、またね」
ノエル様が立ち上がり、私もそれに続いて部屋を出る。
「あの……公爵様はお二人とご友人なのですか?」
「ええ、昔からの友人です。それよりも大丈夫ですか? あの伯爵何か言われていたようですが……」
「だ、大丈夫です。もう気にしていませんから」
「それだと良いのですが……」
私は誤魔化すことができて安堵する。
大丈夫、乗り切ることができた……。
しかし同時にハモンド伯爵の言葉が脳裏にこびりついていた。
『お前は醜い嘘つきだ』
確かに、私のしていることは嘘つきとなんら変わりない。
屋敷から追い出されないために、自分の保身のためにノエル様に真実を伏せている。
これが欺瞞以外の何だというのだろう。
こんなにも公爵様は私に親切にしてくれているのに。
私は嘘つきだ。
醜い醜い嘘つきだ。
でも、真実を告げたらノエル様は……。
そう考えていた時。
「あら、リナリア?」
懐かしい声だった。
だけど同時に、背筋に氷が凍りくような思い出が蘇ってくる声だった。
「奇遇ね、こんなところで出会うなんて」
振り返るとそこにはローラが立っていた。
「……何でしょうか」
「婚約破棄された後、私の元へ嫁いでくるつもりはないか? お前は見目が良い、私の妾にしてやろう」
「ありません。私はノエル様の婚約者ですので」
私は即答した。
婚約破棄された後は平民として生きるつもりだし、そもそもこんな人の妾になるなんてまっぴらごめんだ。
「この私の申し出を断るとはな。良いだろう、ならば今からついて来い」
「は?」
断ったというのに意味の分からないことを言ってきたので私は一瞬呆けた表情になる。
「貴様に手を出した事実があればあやつも手放さざるを得ないだろう」
ハモンド伯爵が私に手を伸ばしてきた。
その分厚い手が私の腕に触る。
「っ! 触らないでください!」
私は反射的に手を引っ込めた。
そして明確に嫌悪を込めた目で睨みつけたが、ハモンド伯爵はそんな私を見てニヤリと笑った。
「いいのか? 私に逆らって」
「何を……」
「あの公爵に貴様の本当の姿を教えてやってもいいんだぞ」
「っ!?」
私の心臓が跳ねた。
まさか。
知っているのか、私の過去を。
実家での私の扱いを。
「ふん、その分だと貴様はまだやつに真実を話していないようだな。いや、あえて黙っていることで騙しているのだろう?」
「な、何で知って……」
「何とか貴族として振る舞っているようだが、その実中身は偽りだらけでで平民と何ら変わりない。貴族として全く相応しくない育ちだ。お前はそれを自覚していながら隠して奴に寄生している。そうだろう?」
「ち、ちが……」
「何も違わない。お前は我が身可愛さに奴を騙しているんだ」
その言葉を否定したかった。
けれど、その言葉は完全に図星で言い返すことができなかった。私の呼吸がどんどん荒くなり、目の前が真っ暗になる。
「貴様の本当の姿を知れば、あやつは今すぐにでも婚約破棄をするだろうなぁ」
ハモンド伯爵はニタリと笑う。
どこから私のことを知ったのかは分からない。
だけどハモンド伯爵は私のことを知っていた。
その事実が私に正常な判断を下せないようにしていた。
「さあ、ここで真実を言い触らされたくないなら私の言う通りにしろ」
ハモンド伯爵が手を差し出してくる。
それはノエル様とは違って、欲望にまみれた手だった。
瞳はギラつき口元には醜悪な卑しい笑みが浮かんでいる。
怖い。
けど、逆らうことができない。
もしノエル様に私の生い立ちをバラされてしまえば私はあの屋敷を──。
震える手でハモンド伯爵の手を掴もうとしたその時。
ハモンド伯爵とは違う手が私の手を掴み、力強く引き寄せられた。
「何をしている」
「ノエル様……」
ノエル様が私を胸の中へと引き寄せていた。
ノエル様はハモンド伯爵から私を守るように力強く抱きしめている。
「貴様……!」
「何をしているのかと聞いたのだ。我が婚約者に何をしていた、ハモンド伯爵」
ノエル様は強い口調でハモンド伯爵を問い詰める。
もう少しのところで私を手中に収めることができたのにそれを邪魔されて、ハモンド伯爵は悔しそうに歯軋りをしたが、すぐに笑顔を取り繕ってはぐらかし始めた。
「何のことか分かりませんな。私はただ楽しく話していただけです。そうでしょう?」
ハモンド伯爵が私に質問してきた。
私に証言させることでこの場を切り抜けるつもりだろう。
私はもちろんハモンド伯爵の証言などするつもりはなかったが──。
「婚約者殿、私との会話は楽しかったでしょう? そう言ってくれないと、私は悲しくてあることないことを叫び出してしまいそうだ」
「っ!?」
ハモンド伯爵は暗に『証言しなければ全てバラす』と脅してきていた。
私は反射的にその言葉に頷きそうになる。
「頷く必要はありません」
しかしその寸前でノエル様が私だけに聞こえるようにそう呟いた。
私はその言葉でハッとなってすんでのところで留まる。
「さあ、どうしました婚約者殿。早く私が何もしてないことを証言していただきたい」
「失礼ですが伯爵。犯罪者のあなたが私の婚約者に話しかけるのはお控えいただきたい」
「は、犯罪者!?」
ハモンド伯爵がいきなり犯罪者扱いされたことで先ほどと同様に顔を真っ赤にして怒り始めた。
「何の根拠があってそんなことを言っている! それこそ根も葉もない侮辱ではないか! 貴様のような若造如きがこの私を愚弄したことを後悔させてやる!」
「いや、それはどうかな」
「なっ! 誰だ!」
その場に人が割り込んできた。
その人物は先ほどのライネル侯爵とは違い、フード付きのマントを被っていた。
「俺か? 俺の名前は──」
フードの人物がフードを取る。
「なっ!?」
すると漆黒の髪が顕になり、ハモンド伯爵だけでなくその場にいた貴族全員が騒然となった。
私はその人物を知らなかったが、周囲の反応を見るかぎり相当位の高い人物だと察せられる。
「アーノルド王子……!?」
「へ?」
ハモンド伯爵が呟いた名前に私は思わず声を上げた。
「王子……?」
「そうだ、ハモンド伯爵。頭の悪そうな顔をしている割にはちゃんと自国の王子の顔を覚えていたようだな」
アーノルド王子という名前のその青年はニヤリとハモンド伯爵に向かって笑いかけた。
ハモンド伯爵は王子が出てきたことに驚きつつもすぐに冷静になり、さっきの公爵の言葉を追求した。
「ア、アーノルド王子。お二人とも先ほどから言いがかりが甚だしいですな。私が犯罪者と仰いましたが何か証拠でもあるのですかな? 人を犯罪者呼ばわりして証拠がないとなればそれ相応の──」
「ああ、今し方証拠を掴んできたところだ」
「え?」
「だから、先ほど貴様の屋敷を捜索し、証拠を入手してきたと言ったのだ」
アーノルド王子は何枚かの紙を取り出し、ハモンド伯爵に見せる。
その紙の束が何か分かった瞬間、ハモンド伯爵は血相を変えた。
「そっ、それは……!」
「これは貴様が隠していた金庫から出てきたものだが、人身売買に脱税、そして麻薬の取引……すごいな。重罪ばかりじゃないか」
アーノルド王子は紙に書いてあることを読み上げ、呆れたように笑う。
「ど、どうやってそれを! いや! それ以前に私の屋敷に押し入ったというのか!」
「ああ、そうだ。貴様には以前から疑いがあったからな。少々強引だが貴様が夜会に行っている間に証拠を入手させてもらった」
「ふざけ──」
「もう言い逃れはできないな」
ハモンド伯爵が怒鳴りそうになった瞬間、ライネル侯爵が出てくる。
「あなたの所業は全て白日のもとに晒された。大人しく法の裁きを受けるがいい」
公爵様もハモンド伯爵にそう告げる。
上位貴族二人と王族に睨まれたハモンド伯爵はもうどんな手を打つこともできないと悟ったようだ。
「くそ……」
悔しそうにそう呟いて膝をついた。
「ふん、連れて行け!」
アーノルド王子はそれを見下すとそう大声で命令した。
広間に何人か衛兵がやってきてハモンド伯爵の腕を掴み、連れて行った。
「みな、邪魔してしまい申し訳無かった! 夜会に戻って欲しい」
アーノルド王子はそれを見届けると周りの貴族に対してパーティーを邪魔してしまったことを謝罪すると貴族たちは元の会話へと戻って行った。
その様子は以前にも同じことがあったような反応だが……もしかしてこれが初めてではないのだろうか。
「さてノエル。場所を変えよう」
「分かりました」
アーノルド王子がノエル様にそう言うとノエル様は頷いた。
「リナリアも」
「は、はい」
私も言われるがままに一緒についていく。
そして別室には私とノエル様、そしてライネル侯爵とアーノルド王子が揃う。
「ノエル、すまなかったな。どうしてもここで決めておきたかったんだ」
「実は、この夜会に呼んだのも全てハモンド伯爵を誘い出すためなんだ。君に知らせないまま利用してしまい申し訳ない」
「まあ確かに一言欲しかったですが……それほど急いでいたのでしょう?」
何だかよく話が掴めていないが、どうやら公爵様はこの二人に利用されていたらしい。
それなのに公爵様は怒るどころか理解を示してさえいた。
その態度だけでこの二人に対して信頼を寄せていることが分かった。
「まあね、それに君は婚約のことで精一杯だったから」
「ふん、早く婚約者を選ばないからそうなるんだ」
「生まれた時から婚約者が決められていたあなたに言われたくありません。それに私は一から選ばなければならなかったんですよ」
私は少し驚いていた。
いつものノエル様とは違い、二人と話している公爵様はとても砕けた話し方をしていたからだ。
私がぼーっと見つめていると公爵様は私の視線に気づいた。
「ああ、リナリア。申し訳ありません。もう疲れたでしょう、帰りましょう」
「あ、いえ。私は別に」
「いいえ、帰ります。今日はあなたの心に負担をかけすぎた。二人とも、それではこれで」
「今日は本当にすまなかったな」
「じゃあ、またね」
ノエル様が立ち上がり、私もそれに続いて部屋を出る。
「あの……公爵様はお二人とご友人なのですか?」
「ええ、昔からの友人です。それよりも大丈夫ですか? あの伯爵何か言われていたようですが……」
「だ、大丈夫です。もう気にしていませんから」
「それだと良いのですが……」
私は誤魔化すことができて安堵する。
大丈夫、乗り切ることができた……。
しかし同時にハモンド伯爵の言葉が脳裏にこびりついていた。
『お前は醜い嘘つきだ』
確かに、私のしていることは嘘つきとなんら変わりない。
屋敷から追い出されないために、自分の保身のためにノエル様に真実を伏せている。
これが欺瞞以外の何だというのだろう。
こんなにも公爵様は私に親切にしてくれているのに。
私は嘘つきだ。
醜い醜い嘘つきだ。
でも、真実を告げたらノエル様は……。
そう考えていた時。
「あら、リナリア?」
懐かしい声だった。
だけど同時に、背筋に氷が凍りくような思い出が蘇ってくる声だった。
「奇遇ね、こんなところで出会うなんて」
振り返るとそこにはローラが立っていた。
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