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第四章
突然のイベント発生
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とりあえず私は杖に嵌め込まれている聖石に魔力を流し込み、周囲を明るい光で照らしてみることにした。
十歩ほどの離れた距離から、銀色の鱗を輝かせた真っ白で豊かなたてがみをしたドラゴンが、巨大なガラス玉のような瞳で近くで私達を見下ろしていた。
≪お前達は何者だ?≫
――と、頭の中に直接響いてくる声に、ドラゴンに話しかけられているのだと気がつく。
キルアスとカークはぼうっとしたままで、エルファンス兄様だけがその声に反応して答える。
「俺達は旅の者だ」
≪私を倒しにきたのか?≫
「ち、違うの……旅人を襲う、ワイバーンを倒しに来ただけで、あなたに危害を加えるつもりなんてないわ」
私はドラゴンに向かって大きく両腕を開いて訴えた。
≪彼らは私の眠りを守る者≫
「では、ワイバーンはあなたを守る為に存在しているの?」
「おい、お前達、さっきから何と会話しているんだ?」
「しっ、カーク、ここは黙って静かに聞いているんだ」
≪私は遥か昔に受けた傷を癒す為、この深き谷で長きに渡り眠っていた……≫
「神獣ベルファンド」
私の腰を抱き寄せ、エルファンス兄様が重々しい調子で名前を口にする。
「あの伝説の? 実在する存在だったんだ」
驚いたような声をあげるキルアスに、カークがけげんそうな表情でたずねる。
「何だ? それは?」
「ミルズ神話に出てくるだろう。カーク、お前知らないのか?」
「知らない」
カークと違い私はセイレム様の授業できっちりミルズ神話を習っていたので、当然ながら神の御使い『神獣べルファンド』の名前も知っていた。
天地創造から始まるミルズ神話が書き記されている創世の書には、生まれたばかりの世界の支配を巡る創造主にして光の神ミルズと破滅と混沌を司る闇の神ダルクの戦いについても記されている。
その「聖戦」において、ミルズ神の軍勢の先鋒を勤めたのが神獣ベルファンドだ。
つまり今まさに神話に出てくる伝説の存在が目の前にいるという驚きの事態。
「あなたの眠りを妨げて悪かった」
エルファンス兄様にしては珍しく、神妙な態度での謝罪だった。
私も言い訳がましく謝る。
「ごめんなさい……彼らがあなたの眠りを守っているなんて知らなかったの」
≪気にすることはない。今日はまどろみながら懐かしい存在の訪れを予感がしていた。目覚めた時に居合わせたそなたに、何か特別な運命じみたものを感じる。類まれなる美しき娘よ≫
それってひょっとして、ゲームシナリオ上で与えられている役割をこなさないといけないという、使命感なのでは?
本来ならここでイベントを発生させる為に、リナリー・コットがベルファンドと出会う運命だったのだから。
「私はあなたの待っていた相手ではないと思います……」
控えめに否定する私の言葉を聞き流し、ベルファンドは巨大な瞳を細めて語る。
≪聖なる光の力を帯びる、そなたの美しさ、清らかさが、かつて背に乗せた神の娘を思わせる。
せっかく久かたぶりに目を覚ましたのだ。今から天空を巡って世界を見てこよう。
もしも望むなら、娘よ、お前もこの背に乗るがいい≫
えっ!? これって、いきなり飛行イベント発生?
「待ってくれ……フィーを一人で行かせるわけにはいかない」
ドラゴンの申し出に、エルファンス兄様が慌てたように私の身体を両腕で抱きしめる。
≪ならば他の者も一緒に来ればいい≫
「……!?」
それって、全員を乗せて飛んでくれるという意味だよね!
――ドラゴンの背に乗って空を飛ぶ――
想像しただけでも思わず胸が踊ってしまう。
小さい頃からずっと私は空を飛ぶのが夢だった。
「お兄様が許してくれるならぜひ乗りたいです!」
興奮しながら返事する。
「……おい、乗るって……今どういう話になっているんだ?」
状況が飲み込めず混乱しているカークを振り返り、私は説明した。
「ベルファンドの背に乗って空を飛ばないかって訊かれているの」
「おぉ、それはいいな!」
カークは少年のように瞳を輝かせ、キルアスも「凄く面白そうだね!」と乗り気な様子。
エルファンス兄様も溜め息まじりに「仕方がないな」と了承した。
ベルファンドは私達四人が背中に乗り込むのを待ってから、巨大な翼をはためかせ、渓谷の底から一気に上空へと浮上した。
たてがみにつかまり背の上で必死にバランスを取りつつ、強い浮遊感に悲鳴をあげる。
「きゃぁっ!」
あっとい間に雲の位置まで昇ると目が眩むほど地上が遠く、荒野はもちろんのこと近隣の村や町、大草原までもが一望出来た。
「すごーーーーーい!」
絶景に、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「うおおおおーーーーーっ! なんだこれは、夢か!」
後ろの方でカークも大騒ぎしてはしゃいだ声をあげている。
風圧に涙を滲ませながらも感激の思いで地上を眺めていると、背後から私の身体を囲い込んでいるエルファンス兄様が耳打ちしてきた。
「良かったな。お前は高いところから、景色を見下ろすのが大好きなんだろう?」
「え?」
驚いて、びくっ、と肩を跳ね上げてしまう。
なぜなら、エルファンス兄様にはその話をした覚えがなかったから。
さらにお兄様は、私がしたことのない話題を続ける――
「それとお前は世界のあちこちを見てまわるのが夢だったそうじゃないか」
――これは、もう間違いなかった――
その話をした相手はたった一人なのだから。
確信したとたん、私の胸は、空を飛んでいる興奮とは別の意味でドキドキしてくる――
十歩ほどの離れた距離から、銀色の鱗を輝かせた真っ白で豊かなたてがみをしたドラゴンが、巨大なガラス玉のような瞳で近くで私達を見下ろしていた。
≪お前達は何者だ?≫
――と、頭の中に直接響いてくる声に、ドラゴンに話しかけられているのだと気がつく。
キルアスとカークはぼうっとしたままで、エルファンス兄様だけがその声に反応して答える。
「俺達は旅の者だ」
≪私を倒しにきたのか?≫
「ち、違うの……旅人を襲う、ワイバーンを倒しに来ただけで、あなたに危害を加えるつもりなんてないわ」
私はドラゴンに向かって大きく両腕を開いて訴えた。
≪彼らは私の眠りを守る者≫
「では、ワイバーンはあなたを守る為に存在しているの?」
「おい、お前達、さっきから何と会話しているんだ?」
「しっ、カーク、ここは黙って静かに聞いているんだ」
≪私は遥か昔に受けた傷を癒す為、この深き谷で長きに渡り眠っていた……≫
「神獣ベルファンド」
私の腰を抱き寄せ、エルファンス兄様が重々しい調子で名前を口にする。
「あの伝説の? 実在する存在だったんだ」
驚いたような声をあげるキルアスに、カークがけげんそうな表情でたずねる。
「何だ? それは?」
「ミルズ神話に出てくるだろう。カーク、お前知らないのか?」
「知らない」
カークと違い私はセイレム様の授業できっちりミルズ神話を習っていたので、当然ながら神の御使い『神獣べルファンド』の名前も知っていた。
天地創造から始まるミルズ神話が書き記されている創世の書には、生まれたばかりの世界の支配を巡る創造主にして光の神ミルズと破滅と混沌を司る闇の神ダルクの戦いについても記されている。
その「聖戦」において、ミルズ神の軍勢の先鋒を勤めたのが神獣ベルファンドだ。
つまり今まさに神話に出てくる伝説の存在が目の前にいるという驚きの事態。
「あなたの眠りを妨げて悪かった」
エルファンス兄様にしては珍しく、神妙な態度での謝罪だった。
私も言い訳がましく謝る。
「ごめんなさい……彼らがあなたの眠りを守っているなんて知らなかったの」
≪気にすることはない。今日はまどろみながら懐かしい存在の訪れを予感がしていた。目覚めた時に居合わせたそなたに、何か特別な運命じみたものを感じる。類まれなる美しき娘よ≫
それってひょっとして、ゲームシナリオ上で与えられている役割をこなさないといけないという、使命感なのでは?
本来ならここでイベントを発生させる為に、リナリー・コットがベルファンドと出会う運命だったのだから。
「私はあなたの待っていた相手ではないと思います……」
控えめに否定する私の言葉を聞き流し、ベルファンドは巨大な瞳を細めて語る。
≪聖なる光の力を帯びる、そなたの美しさ、清らかさが、かつて背に乗せた神の娘を思わせる。
せっかく久かたぶりに目を覚ましたのだ。今から天空を巡って世界を見てこよう。
もしも望むなら、娘よ、お前もこの背に乗るがいい≫
えっ!? これって、いきなり飛行イベント発生?
「待ってくれ……フィーを一人で行かせるわけにはいかない」
ドラゴンの申し出に、エルファンス兄様が慌てたように私の身体を両腕で抱きしめる。
≪ならば他の者も一緒に来ればいい≫
「……!?」
それって、全員を乗せて飛んでくれるという意味だよね!
――ドラゴンの背に乗って空を飛ぶ――
想像しただけでも思わず胸が踊ってしまう。
小さい頃からずっと私は空を飛ぶのが夢だった。
「お兄様が許してくれるならぜひ乗りたいです!」
興奮しながら返事する。
「……おい、乗るって……今どういう話になっているんだ?」
状況が飲み込めず混乱しているカークを振り返り、私は説明した。
「ベルファンドの背に乗って空を飛ばないかって訊かれているの」
「おぉ、それはいいな!」
カークは少年のように瞳を輝かせ、キルアスも「凄く面白そうだね!」と乗り気な様子。
エルファンス兄様も溜め息まじりに「仕方がないな」と了承した。
ベルファンドは私達四人が背中に乗り込むのを待ってから、巨大な翼をはためかせ、渓谷の底から一気に上空へと浮上した。
たてがみにつかまり背の上で必死にバランスを取りつつ、強い浮遊感に悲鳴をあげる。
「きゃぁっ!」
あっとい間に雲の位置まで昇ると目が眩むほど地上が遠く、荒野はもちろんのこと近隣の村や町、大草原までもが一望出来た。
「すごーーーーーい!」
絶景に、思わず感嘆の声を上げてしまう。
「うおおおおーーーーーっ! なんだこれは、夢か!」
後ろの方でカークも大騒ぎしてはしゃいだ声をあげている。
風圧に涙を滲ませながらも感激の思いで地上を眺めていると、背後から私の身体を囲い込んでいるエルファンス兄様が耳打ちしてきた。
「良かったな。お前は高いところから、景色を見下ろすのが大好きなんだろう?」
「え?」
驚いて、びくっ、と肩を跳ね上げてしまう。
なぜなら、エルファンス兄様にはその話をした覚えがなかったから。
さらにお兄様は、私がしたことのない話題を続ける――
「それとお前は世界のあちこちを見てまわるのが夢だったそうじゃないか」
――これは、もう間違いなかった――
その話をした相手はたった一人なのだから。
確信したとたん、私の胸は、空を飛んでいる興奮とは別の意味でドキドキしてくる――
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