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第四話「こんなゾンビだらけの世界なんてもう沢山だ!」と彼はわたしに銃口を向けた
Chapter 8、別れと再会
しおりを挟む説明を省くように怜はさっと袖をまくる。
見ると手首と肘の間にある赤い斑点を中心に、腕全体が腫れて紫に変色していた。
後部座席から覗き込んでいた圭が、大きく息を飲んで尋ねる。
「……それは……?」
「緑の爪が刺さった痕だ……最初は些細な傷だったのに、一晩の間にどんどん腫れと痛みが大きくなっていった……おかげで昨夜は一睡もできなかったよ……。そろそろ毒が脳まで回ってきたみたいで、急速に意識がぼやけてきている……」
言っているそばから怜はガクッとハンドルにもたれかかった。
「さあっ、俺がゾンビ化する前に、銃を持っていってくれ……」
わたしは「わかった」と頷いてから、最後に心をこめて怜にお礼の言葉をかける。
「怜、あなたと出会えてよかった。短い間だったけど、色々と、ありがとう」
ーーコミュニケーションを取る相手がいない状態は思いのほか辛く、怜と初めて会ったときは本当に嬉しかった。
毎日一緒ベランダに並んで立ってゾンビを撃つのもとても楽しかった。
「……怜っ……?!」
あまりの状況に圭はかける言葉も見つからないようだった。
「ーー俺も……晶と出会えて良かった。惜しむらくはこんな残り時間が少ないなら、もっと早めに抱いておくんだったってことかな……。でも、ゾンビになること自体は、それほど怖くない。だから、晶も、圭も、気にするな……いいんだ……きっと……ゾンビになったほうが楽なんだ……。もう毎日、毎日、思い悩むのは……疲れた……」
最後にそう言うと、怜は眠るようにこと切れた……。
――あのできごとから数ヶ月後――すでに圭も死に、あちこちさまよったわたしは、また同じカメハドラッグストアへと来ていた。
そうして偶然にも、あの時、別れた怜が、今ゾンビになって目の前を歩いてくる――
(ああ、久しぶりね)
「晶、どうした? っと……」
こちらへ歩いてくるゾンビを見て反射的に銃を構えた保を、わたしは手で制止する。
「そのゾンビは殺さないで」
「えっ、なんでだ?」
「人間でいた頃より、幸せそうだから」
きっとゾンビに支配されたこの世界では、稀少な人間でいるほうがやりにくいのだ。
カメハドラッグストアでの補給を終えたわたしたちは、再びバイクで走りだす。
「さて、次はガソリンスタンド探さないとね」
「だな。ガソリンスタンド見つけて、そこでエッチしようぜ!」
わたしは即座に却下する。
「食料と弾持っているから、断わる!」
「なんだよ、それーーー、せっかく、店にあるコンドーム全部持ってきたのに!」
「全部って――」
バイクに積みこめる荷物は限りがあるのに、必須の食料じゃなく、コンドームをごっそり持ってくるなんて――
「あんたって馬鹿じゃないの?」
思わず爆笑する。
つまり保にとって生きるということは、そういうことなのだろう。
笑いすぎて涙目になりながら、保にふと訊いてみる。
「ねえ、保は、ゾンビ撃ち殺すの好き?」
「うん? まあ、嫌いじゃないかもな」
「わたしは、大好き」
「だろうな。ゾンビを撃っているときの晶は楽しそうだ」
そう、凄く楽しい。
だから怜と違って、わたしはゾンビだらけのこの世界が大好きだ。
なにより今日も空はどこまでも澄み渡り、風は気持ちいい。
わたしは最後にもう一度だけ遠ざかって行く住宅街を振り返り、小さな声で「さようなら」と呟いてみる。
(貴方の平和でささやかな日々がそのまま続きますように……。)
あとは保とバイクを並べ、ガソリンスタンドを求めて道を走っていった――
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