文字の大きさ
大
中
小
16 / 75
内緒
1
昼から撮影があって、終わったのは22時。
今日は朝から誰かさんの荷物運びもさせられたし、流石に疲れた。
スタッフさんに挨拶したら、さっさと現場を後にして、まっすぐ家路に急いだのは、身体が疲れてるからだ。
だな、そうに違いない。
ガレージに車を停めた。
親父の車はなかった。
まだ帰ってないのか、飲んでタクシーでご帰還なのか。
アプローチを歩いて扉を開けたら、玄関はリビングから洩れた淡い光で照らされてた。
そこに妙なくすぐったさを覚えた。
帰ったら家の中が明るいのって、ちょっとした癒しだな。
忘れてたわ、この感覚。
うちは皆、用がない限り自分の部屋にこもりがちだから。
でもそんな些細なぼんやりした感動はすぐに消え失せた。
リビングへ顔を出せば、奥のダイニングにいたのは葉山さんと親父だった。
並んでスイカを手にして何か語らってる。
『語らってる』を擬音に変換するとすれば、
『キャイキャイしてる』がピッタリだ。
俺に気づくと
「お帰りなさい」って、葉山さん。
ハイハイ、ただいま。
「圭さんもスイカ食べませんか?」
お誘いはありがたいが、遠慮した。
アリ、に見えたから。
ナイ、だろ? と思ってた二人が今、アリに思えた。
准が高校を卒業したら俺はこの家から出て行こうってのは、こんなことになる前から決めてた。
親父は母親が死んでからずっと一人だった訳だし、親父が見つけた人だから適当にやったらいい。
思春期でもあるまいし、祝福してやれば済むことだ。
***
次の日は朝からロケがあった。
食卓には先に親父がいた。
准も葉山さんも、今ここにはいない。
いいタイミングだと思った。
「あちらの両親は何て言ってるの?」
二人を認めるにあたり、朝からヘヴィーな話を振ってみた。
年齢よりかは多少若く見えるとはいえ、俺みたいな大きい息子がいるオッサンだぞ…
俺が娘の親だったら間違いなく躊躇する。
親父はあちらと聞いただけで、どちらかを瞬時に判断できたらしい。
「御両親は亡くなってるよ。弥生は伯母さん家族に引き取られて育った」
いつの間にか「弥生」に、ね。
彼女は親戚の家で幸せに過ごしたのかも知れない。
ただ両親が亡くなっていることは素直に気の毒に思えた。
親父は俺の知らない葉山さんを知ってる。
そんな当たり前のことが俺の心に影を落とすと知ったら、あいつはお門違いだと笑うだろうか。
もう、どうでも良かった。
親父が出勤の時間になったら、葉山さんが現れた。
見送りにひっついて行く彼女に親父は、
「遅くなったら、先に寝てなさい」
そう声をかけて出かけて行った。
***
久々のオフの日。
和乃さんは休み、親父は出張なんて、起きてから葉山さんに聞いて初めて知った。
准も学校に行ったって。
そりゃそうだ、もうすぐ昼だし。
ドラマの撮影が始まって1ヶ月とちょっと。
共演者やスタッフさん達と打ち解けてきたところだった。
昨日は親睦会の意味も含めて、食事会が開かれた。
少し飲み過ぎた。
勧められるままに飲んだ。
それでも酔えないのが不思議だった。
クリアな頭のまま、捕まえてもらったタクシーで帰ってきた。
それでもこうやってグダグダと貴重なオフの半日を潰したのは、やっぱりそれなりにアルコールは蓄積してたんだろう。
朝飯というか、もう昼飯か。
食卓には焼鮭にお粥が出てきた。
葉山さんは俺が食事してる間は目の前でお茶を飲んでたけど、その後はちょこまかと動き回ってた。
本当はそれを眺めてんのも面白かったんだけど、あまりにも不毛すぎる。
車のオイル交換してこよう…
身支度をすると出かけた。
***
日が暮れて家に帰ったら、玄関まで割り下の匂いが漂ってた。
冗談半分ですき焼きが食べたいと言ったのに、本当に作ったみたいだ。
昼間の会話を思い出して、フッと一人可笑しくなった。
部屋に上がる途中の二階で、ちょうど風呂から上がった准と出くわした。
そのタイミングで、ラインの聞き覚えのある通知音が聞こえた。
でも俺の音とは違う。
准のスマホだった。
准はタオルで頭を拭きながら、片手でスマホを操作した。
「飯だって」
飯?
…ってことは、相手は葉山さんか。
こいつ、いつの間にライン交換してやがる…
俺の心の中のツッコミは届くはずもなく、准は何事もなかったように下へ降りて行った。
夕飯のすき焼きで葉山さんをイジリ倒したのはきっと、悔しかったからじゃない。
多分ね。
***
“衝撃”
とは、この時使うために存在する言葉に違いない。
明日撮影分の台詞は一通り記憶した。
さっさとシャワーを浴びて寝よう。
二階に下りるとバスルームで服を脱いだ。
シャワーのコックを捻ったら、違和感。
半歩、後ろへ下がった。
シャワー自体に問題はない。
いつもと変わらない水圧で、湯をタイルに叩きつけてる。
違和感に思い当たった。
香りだ。
甘ったるいような、男所帯の風呂場にはありえない香り。
シャワーを止めて、バスタブに視線を向けた。
希望としては、香りの付いた湯を抜き忘れたまま、もぬけの殻のバスタブ。
嘘だ、ホントは期待してたのかも…
一糸まとわぬ彼女の姿を…
感想 1
あなたにおすすめの小説
義父が私の推しでした!? ~推し活がバレたら、英雄なお義父様の愛娘になっていました~
由香英雄として国中から尊敬されるアルベルト公爵は、侯爵令嬢リリアの十年来の推し。
ところが政略結婚で嫁いだ先で出会った義父は、まさかのその推し本人だった!
推しを前に毎日大混乱のリリアと、そんな義娘を可愛がる義父、父に張り合う夫。
勘違いと溺愛が止まらない、笑って癒やされるファミリーラブコメ!
都合のいい女をやめた日、私は空へ戻る
凪ノ自他ともに認める禁欲主義の御曹司と付き合って四年目、彼は今もなお、彼女を拒んでいた。
そこで小林時絵(こばやし ときえ)は母親に電話をかけた。
「お母さん、前に言ってたパイロットの面接、もう手配してもらえる?」
電話の向こうで、時絵の母は驚きを隠せなかった。
「本当なの?でも、海浜市に残って結婚するって言ってたじゃない……あんなに好きだったパイロットの仕事も全部諦めたんじゃなかったの?」
薄暗い光の中、彼が夢中でその女に手を伸ばし、理性を失っていく彼の姿を眺めながら──
時絵は自嘲的に笑った。
──H市に戻れば、また自分のキャリアを取り戻せる。
これからはまた、大空を自由に飛ぶパイロット、小林時絵として生きていく。
不倫に溺れた……惨めな女なんかじゃなくて……
【完結】帰らない日曜日
山田森湖毎週日曜日、夫は帰ってこない。
理由は「実家に行っているから」。
けれど——その言葉は、どこか不自然だった。
ある日、何気ない違和感が積み重なり、
私は“知らないはずの現実”に触れてしまう。
同じ日曜日。
同じ時間。
同じように、誰かを待っている人がいることを。
静かに崩れていく日常と、
それでも目を逸らせない感情。
これは、
失うことから始まる——ひとつの再生の物語。
【お知らせ】
いつもお読みいただきありがとうございます。
物語後半(第26話以降)に時系列の整合性が分かりにくい箇所があったため、ストーリーの流れをより自然にする目的で一部内容を修正いたしました。
物語の結末や作品全体の展開に大きな変更はありませんが、より違和感なくお読みいただける内容となっています。
すでに読んでくださった皆さまには、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
今後ともよろしくお願いいたします。
【完結】地味な私と公爵様
ベルラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。