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174.わたしの証、私の覚悟

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 居なくなってしまった人にもう一度会いたい。ルカの動機は、誰しもが抱くそんな単純で世界一難しいことだった。死んだ人は生き返らない。どんな子供でもわかるその理屈を、あの吸血鬼は受け入れられなかったのだ。

 その願いに利用されたとかそういう感情を置いても、私は心が苦しくなった。だって、こんなに哀しい話があるだろうか。大衆の勝手な都合で愛しい人が殺されてしまった時、私なら納得するだろうか? 同じことをしないと言い切れるだろうか?

「生きたいと願ってしまった。これがわたしの罪」

 アキュイラ様の達観したような呟きにハッとする。私は率直な気持ちを叫んだ。

「罪なんかじゃない! この世に生まれて、幸せを求めるのは当たり前の事でしょう!?」
「……ごめんなさい、その問いに対する答えは用意していないわ。別の形で質問して貰えるかしら?」
「!!!」

 汎用の返しに目を見開く。これを録画したアキュイラ様は最初から許されようとなんかしていなかった。そんなこと絶対ないって言ってあげたいのに、目の前の過去に声は届かない。だって彼女はもう死んでいるのだから。もどかしさと悔しさで私は俯く。それとは反対に、これから死が待ち構えているはずのアキュイラ様は、明るい声でこう続けた。

「でもわたし、幸せよ。人生の最期に仲間がいて、みんなと笑いあうことができた。リュカリウスはもちろん、グリやラスプ、ライムにダナエ。彼らはわたしの大切な人たちになったわ。でも、騙していたことを知ったら離れていくのかしら。それは少し哀しいわ……」

 となりから「ンなわけねぇだろ……」と小さな呟きが聞こえてくる。きっと、みんな真実をしったとしても受け入れてくれたのだろう。ダナエ辺りはちょっと怒るかもしれないけど。

「思い出もたくさん作れた。そこの棚に並べられるくらいにたっくさん!」

 無邪気な笑顔で両手を掲げる彼女につられて背後を見る。記憶の小瓶は一つ一つがキラキラと輝いていた。それはありし日の彼女そのもののようで、ひどく眩いものだった。

「少し飲んでみればわかると思うけど、本当に楽しかった。わたしが生きた証はそれだけで充分なの」

 知ってる。アキュイラ様の記憶を追体験して思ったのは、いつだって彼女は生きる喜びを噛みしめていた。楽しい記憶ばかりじゃないはずなのに、遺していったのはみんなとの出会いや明るい思い出ばかりだ。

「アキュイラ様は、それでよかったんですね?」

 泣きながら笑んだ私の問いに、彼女はにっこりと笑い返す。

「わたしにとっての存在証明は生きた時間の長さじゃない。自分の気持ちに折り合いをつけて、どれだけ納得できる生き方をしたかなの」

 あぁ、誰がこんな女性を魔王なんて悪役に選んだのだろう。ささやかすぎる幸せを胸に死んでいった彼女に涙が止まらない。

「ねぇ、目の前にいる誰かさん。リュカリウスは誰かに迷惑をかけていないかしら。彼のことだから、わたしの面影を追いすがってとんでもないことをしてしまうような気がするの。だから伝えてちょうだい。おそらくわたしは死ぬけれど、それをきちんと受け入れて欲しいと。自然の摂理や道徳に反した行いはしてはならないと」

 グリが聞いたら頭を抱えてうめいてしまいそうなことをアキュイラ様は言う。本当に、みんなのことを理解していたんだろうな。

「もちろん、わたしもこれから口が酸っぱくなるくらい本人に言うつもりだけど、ほら、あの人見た目によらず頑固っていうか、諦めが悪いでしょう?」

 彼女の幻影が電波の悪いところの映像みたいにノイズが混じり始める。最後の言葉だけを残し、アキュイラ様はすぅっと透けていった。

 ――あの人に伝えて……わたしの死をちゃんと受け入れた時、もう一度だけあなたの前に現れるから。って


 ***


 秘密の小部屋を出た私たちは、再び屋上へと戻る。塀の上から引っ張り上げて貰うと辺りはすっかり陽が落ちて暗くなっていた。

「で、どうするんだ?」
「え?」

 足元を見つめながら物思いにふけっていると、ラスプから問いかけられる。私は間の抜けた声を出しながら振り向いた。

「吸血鬼野郎の事だよ。助けに行くのか?」

 返す言葉を迷っていると、ラスプはなぜか急に慌てたように弁解し始めた。

「べ、別にオレがヤツを好かないからって言ってるわけじゃないからな! ……ただ、あの男がしてきた事を考えれば、オレは見捨てて構わないレベルだと思う。結局あいつはアキュイラの面影を追ってお前を利用していただけなんだろ」

 確かにそうなんだけど……。胸の前でぎゅっと手を握り込んだ私を見て、ラスプは少しだけ言いづらそうにこう続けた。

「それに、あいつが捕まったとき不思議だったんだ。あの程度の捕縛、ルカだったら避けられなくは無いはず。それなのに無抵抗で捕まったってことは、もしかしたら、」

 最後までは言わなかったけど、彼が言いたいことは何となく伝わった。前々から様子のおかしかったルカに対して、私も何となく感じていた不安。アキュイラ様から話を聞いたことでほぼ確信に変わった疑惑。

(ルカは、死にたがっているんじゃないだろうか?)

 薄暮から夜に移り、塔に設置した魔法のランプがボッと灯る。詰めていた息を吐いた私は、今の正直な気持ちを打ち明けた。

「わからない。でもルカが種火になって魔焦鏡が発射されるっていうのなら黙って見過ごすわけにはいかないし、私も彼の口からちゃんと本心を聞いてみたい。それでも許せないようなら……その時はその時」

 口に出すことで迷っていた気持ちが固まる。顔を上げるとラスプはじっとこちらを見ていた。だけどフッと笑みを浮かべると同意してくれた。

「了解。どんな処分を下すにしろ、生きてなきゃどうにもならんからな」
「うん、まずはルカを生きてこちらの国に返す。私の個人的な感情なんてあとあと!」

 気持ちの整理がついたところで、私はラスプが帰ってきたことによる計画の変更点を頭の中でざっと組み替える。

「ラスプ、明日は居なかった期間の穴埋めよ。身体の方は平気?」
「何ともない。流されただけでケガは無かったからな」
「なら、明日は副団長があなたの代理を務めてくれていたから引き継いで」
「おう」
「魔焦鏡の発射予定はあさっての太陽が真上に来た正午ちょうど。軍事力を考えたところで真っ向勝負は土台無理な話……」

 ここでニッと笑ったラスプは、どこか面白そうに尋ねて来た。

「前も似たような状況だったよな。だけどお前のことだ、策があるんだろ?」

 今度ばかりは笑っても居られない、私は緊張した面持ちのままこう返した。

「もうこれしかないと思うの。私を含めた少数精鋭でメルスランド城までの血路を切り開くしかない」


 ***


 ハーツイーズの城下町の人口は、勇者暗殺事件が起こる前と比べて三分の一以下にまで減少していた。自主的に出ていったのはもちろん、国王である私が避難することを強く推奨したのが原因だ。

 だから、数週間前までは賑やかだったメインストリートはひっそりと静まり返り、明かりが灯るのはポツポツと通りごとに数件のみだ。最後まで残ると言ってくれた住人達は、最初期から――それこそこの国がまだ村でしかなかった頃から支え続けてくれた人々だった。

 いよいよ発射予定日が明日に迫る中、私は彼ら全員を城の広間に招いて集会を開くことにした。

「おいおいなんだよ、最後の晩餐かと思って来てみりゃ食事の用意も無しかぁ?」

 開口一番、とんでもない事を口走りながら入ってきたリカルドをみんなでギロリとにらみつける。その頭にポコンと銀のお盆を打ち付けながら元料理長は苦言を呈した。

「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇよオッサン、軽食ならあっちに用意してあるから勝手に取れ」
「場を和ませようとしただけだろ、お騒がせ団長サン」
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