『人畜所履髑髏』

『人畜所履髑髏』第４回

　　　　　　　　　　　　　４，
　巻物を両腕に渡して広げた鬼が、壮大な社殿の、隅々にまで響き渡る大音声で突然喚いて告げた、
『これ、藤原広足、此度、闕王様の命により、お前に確かめたきこと出来し、急遽、閻浮提からここ閻魔庁に召した。
　閻魔大王様の命は、阿弥陀の慈悲をも超越する。従って閻魔大王様命ずれば、その者、たちどころに人としての命を失い、閻魔庁に引っ立てられる。
我の名は、司録、こちらに控えるは司命。お前の閻浮提で犯した罪、大小漏らさず、全て我が手にするこの過去帳に記されておる。これより取り調べを行うが、一言でも嘘、偽りを申し、過去帳と差違あれば、お前は忽ちに三悪道は、畜生道、もしくはその底の地獄道に突き落とされる。心して答えよ。
その前にひと言申し置く、ここ閻魔庁は、亡者共が冒したひととしての罪の軽重を測り、ひととしての非を裁く所である。
　盗、奪、騙、詐、欺に類する閻浮提での罪を裁くのではない。ここで裁くは、ひととしての道を外れ、ひととして許されぬ大罪、大悪を犯した者、それは人殺しの罪であり、ひとの心を踏みにじった罪であり、ひとの道から外れ畜生が如くに生きた者が犯した罪を裁くのである。その犯した罪の大小軽重により、三悪道の何れの獄に堕とすべきか閻魔大王様がお決めになり、こちらの司命より宣告される。
　先ず尋ねる、お前に、問われるべき罪の覚えはあるか？もし、有れば、今この場で打ち明けるが良い。自らの口で打ち明ければ、地獄に堕とされようともそこで受ける責め苦、多少でも軽減されよう。もし否定し、無罪を云い張れば、その罰、その身に地獄の責め苦、幾重にも加増し、かつその責め苦、地獄の底で未来永劫受けることになり、またお前が受けると同じ罰が、お前の父母、兄弟、先祖、そして子孫、七眷属全ての者、例え天道に住まおうとも、必ずその累、及ぶこと、覚悟せねばならぬ」
司録、暫し、間を措き、そして続けた、
「今一度、問う、お前の心に隠しおる罪は有るや無きや？」
「ございません、何ら咎められるべき罪、私の心に何一つ覚えはございません。私には、いきなり命を奪われ、我が肉体を、車に轢かれた仔猫のようにずたずたにされるような罪を犯した覚えは何一つございません。
司録様、申し上げます。どうか私の身の潔白、信じて我が身を地上に戻して下さい。妻や子が心配して私の帰りを待　っております。　　
　誓って申します、私は塵一つ程にも後ろめたいものは何一つ隠し持っておりません」
「うむ。此度、閻魔大王様が、特別に急遽お前を召したのには訳がある。お前の、生まれし日より生涯犯した罪、その大小軽重問わず一切漏らさず、我が手の過去帳に録されておる。しかし、大王様に直々に訴えする者有り、その者の訴えをこの過去帳と照合してみたが、その訴えに該当する罪が何れの時点にも記録されていないことが判った。
　この閻魔庁に於いて、そんな不都合な事があってなるものか、こんな不可思議なことがあってなるものか、閻魔大王様、大層お怒りなされ、我を召して直接調査せよと命じられた。
　今一度聞く、お前の心の奥底に、人として犯してはならぬ罪を隠していないか、心して返答せよ。僅かな嘘も許されぬ。お前の返答によっては、訴えをなす者と事の真偽を突き合わせ、そこにお前に嘘の欠片でも見つかれば」
「嘘、偽りを申すなど、私には隠す罪は一切ございません。司録様にお伺い致します、もし、私に罪なく、私を訴える者、それがどこの誰だか見当もつきませんが、その者が偽りを申し私が潔白だと判れば、仰るところの閻浮提に私の魂を、私の元の肉体に戻して頂けるのですか？」
「過去にそのような例は一度もない、しかしその場合、そうなろう。しかしお前の嘘が判明した時には、お前は、三悪道は畜生道、地獄道に堕とされ、身は八つ裂きに、肉は狼共が餌に、腸は犬猫の餌に、そしてお前の父や母も同罪、牛や馬に成り、お前の目の前で、虎や狼に腸食い千切られて殺されようぞ」
「司録様、教えて下さい、私を地獄に貶めんと嘘の訴えを為す者、それが誰か教えて下さい。その者に直かに対面し、身の潔白を証したいと思います」
「それはならぬ。両者の言い分に隔たりあると認めれば、両者、閻魔大王様の前に引き出され、直かにその真偽を問い質されよう」