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林間学校編

050 一番弟子、走る

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「まさか走らされるとは思わなかったねぇ……。まあ、あたしたちには早朝のジョギングみたいなもんだけど」

 体を温めるためにまだスピードを押さえて軽く走っているオーカが言う。
 まだ身体強化魔法を使っていない。
 彼女のスタミナならば山まで強化しっぱなしにできるが、まずは早朝の寝ぼけた体を目覚めさせるのだ。

「オーカと……一緒にしないでよね……」

「これがジョギング!? あなたたちどういう修行をしていますの!?」

 オーカに対して不満たらたらなのはスタミナに自信がないヴァイスとキャロだ。
 彼女たちは寝不足なのと馬車に揺られてお昼寝計画がぶち壊されたせいで、さらにご機嫌ななめなのだ。

「ふっ、無理すんなよ二人とも! 自分のペースで行くのが一番さ。なっ、デシルちゃん?」

「そうですねオーカさん。クランベリーマウンテンくらいの距離ならさほどキツイコースでもありませんし、Oクラスの皆さんならば自分のペースさえ守ればお昼過ぎには無事全員たどり着けると思います」

「だってよ!」

「本当……かしら……」

「信用ならないですわね……」

 不安そうなヴァイスとキャロ。
 しかし、それなりの速さで走っているのに会話をする余裕がある時点で、彼女たちも優秀なのだ。
 鍛え方が違うデシルやスタミナオバケのオーカと比べるからいけない。
 ヴァイスはもちろん、一緒の班になることが決まった後少しだけ放課後の自主練に付き合っただけのキャロも確実に成長している。

「そういえば、速い子にはご褒美があるって言ってましたけど、何がもらえるんですかねぇ。クランベリーマウンテンなんて美味しそうな名前なんですから採れたてフルーツをふんだんに使ったスイーツでも用意されているんでしょうか」

 みんなのモチベーションを上げるためにデシルが放った言葉に、他の三人がピクリと反応する。
 性格はバラバラでもみなお年頃の女子なのだ。
 おいしいスイーツ……もらえるのならば欲しい。

「この中で一番足が速いのは……言うまでもなくデシルちゃんだねぇ」

「そうね……」

「別に私はスイーツがそんなに欲しいわけではないのですけど、どうせもらえるなら……」

 三人の視線がデシルに集中する。
 その意図はデシルにも伝わった。
 要するにデシルにひとっ走り一着をとってきてほしいのだ。
 あるかどうかもわからないスイーツのために。

「よし! 私、ちょっと本気で走っちゃいますよ!」

 デシルは全身にまんべんなく魔力を巡らせて肉体を強化する。
 そして、足回りにはさらなる強化を施す。
 空気抵抗を減らすための風魔法や万が一障害物が飛んできたときに身を守る結界も展開し、準備は万端だというところでふいにデシルは口を開いた。

「でも、ご褒美が班ごとにじゃなくて、個人に与えられる者だったらどうしましょう。というか、協力禁止のマラソンですからそっちの可能性の方が高いかも……」

 デシルの言葉を聞いた三人は顔を見合わせる。
 そして、言葉を発する前にオーカが身体強化魔法を展開して走り出した。
 その行動にヴァイスとキャロは怒りを隠せない。

「裏切者……!」

「抜け駆けとは卑怯ですわ! 私は委員長よ!」

「へっへっ~、個人競技だから関係ないね。悔しかったらあんたたちも追いついてみなさいよ。あたしのスピードにね!」

 反論できない二人はともに強化魔法を発動する。
 もはやスイーツはあること前提だ。
 三人は困惑するデシルを残して走り去ってしまった。

「うわぁ……置いて行かれた……。まっ、ならば追いついて追い抜くだけですけどね! みんな待ってくださーい!」

 デシルもまた駆け出した。
 駆け抜けた後には暴風が吹き、草木が激しく揺れる。
 こうして勝手なスイーツ争奪戦がデシルたちの班だけで始まったのだ。



 ● ● ●



「さて、そろそろラーラがかわいい後輩のたまごたちにマラソンのスタートを切らせているところかな」

 クランベリーマウンテンのたもとで男が独り言を言った。
 鍛え上げられた肉体にこげ茶色の短髪。
 鋭さの中に優しさを秘めた瞳を持っている。
 彼こそがアルバ・バーンズ。自由騎士団『深山の山猫』の団長だ。

「今から走ってくるとなると、まだまだ時間がかかりますね」

 団員の一人が王都のある方角を見つめて言う。
 それに同意するようにアルバはうなずく。

「ただ、ルチルの話によると今年のOクラスは飛びぬけて優秀らしい。予想以上に早く来る生徒もいるかもしれない。あれの準備は急いでおけよ」

「はい! ですが、本当に今年は優秀なんですかね? 最近毎年オーキッドの質が下がったとか言われてますが。もちろんそんな話は信じてませんが、やっぱり担任となると生徒が特別かわいく見えるとかもあるかもしれません」

「ルチルは情に厚い女性だからなぁ……。その可能性もある……と、あいつのことをよく知らない奴は思う。戦闘とか命に関わることに関してはルチルはシビアだ。そのルチルが優秀と言うのだから、きっと優秀なんだよ」

「まあ、団長の同級生でワンランク騎士として上の人が言うんですから、その通りなのかもしれませんね」

「俺……ランクのこと気にしてるんだよなぁ。言わないでほしかった……。生徒たちに『これがルチル先生と同級生だったくせにランクが下の奴か~』とか思われたらどうしよう……」

「だ、大丈夫ですって! じゃあ、俺あれの準備手伝ってきますね!」

 団員は内心『そう思う生徒もいるだろうなぁ……』と思いつつその場を去った。
 テンションが下がったアルバは岩の上にふて寝をしながら王都の方角を眺めていた。
 こんな時間にこちらに向かってくる生徒はいない……はずだった。
 アルバの目が巻き起こる土煙を見つけたかと思うと、その煙の正体は目の前に来ていた。

「とーちゃーっく!! 一番乗り~!!」

 金髪のポニーテールが特徴的な美少女が現れた。
 来ているのはオーキッドの制服だ。
 つまり……。

「もしかして……君はOクラスの生徒さんかい?」

 アルバは恐る恐るデシルに尋ねる。

「はい! そうです!」

「担任は……」

「ルチル・ベルマーチ先生! Aランク自由騎士のすごい人です!」

「そうか……間違いないな。こりゃルチルの言ってたことは本当だ……」

 アルバは腕を組んでうなる。
 自分ですら学園からクランベリーマウンテンまでこの短時間でたどり着ける自信はない。
 とんでもない生徒が現れてしまった。

(まさかここまで優秀とは……。ははっ、こりゃ『ルチル先生よりワンランク下』どころか『生徒よりも下』のレッテルを貼られるのも時間の問題だな……。俺ももっと頑張って鍛えないとなぁ……。最近の俺、Bランクで満足してたような気がするよ……)

 始まったばかりの林間学校で、本来指導する側の生徒になにかを教えられた気分になるアルバ。
 そんな彼の態度に不信感を抱いたデシルはいくつか質問を投げかける。

「あなたは自由騎士団『深山の山猫』の団員さんですか?」

「うっ……! こ、これでも一応団長だったり……するよ。そうは見えないかもしれないけど……」

「あっ、やっぱりそうですね! 魔力の質がこの山にいる他の人よりも高いのでそうだと思ってました! ちょっと気になったので質問してしまいました!」

「そ、そう? 俺、質が良いかな?」

「はい!」

 アルバは若い女の子に褒められたことが嬉しくて、すでに魔力感知で団員全員の実力を測られたことに気づいていない。

「俺はアルバ・バーンズっていうんだ。君は?」

「私はデシル・サンフラワーといいます! 早速ですがアルバ団長さん、ご褒美ってなんですか?」

「ご褒美……? ああ、ラーラが言ってたあれか。俺はそんなご褒美だと生徒はガッカリするから言わない方が良いって言ったんだけどなぁ……」

 少々ぼそぼそと言うのを渋った後に、アルバは口を開いた。
 キラキラした目をしているデシルにごまかしは通用しないと思ったからだ。

「君たち生徒には山に着いた後、団員たちと班ごとに四対四の模擬戦を行ってもらう。ルールは後で説明するけど、先に到着した班の人から対戦相手を選べるんだ。だから早く来た方が楽な相手……団長の俺が大声では言えないけど、まだちょっと経験の浅い団員と戦えるよ……って」

「その権利がご褒美ってことですか……」

「うん。つまらないでしょ?」

「はい。あっ……すいません」

「いいんだいいんだ。俺もそう思って止めたんだけどね」

「てっきり私スイーツでも用意してあるとばかり……」

「俺もそう思われてるかなぁと思った。だから実は団員の中で料理が得意な者に今ちょうど作ってもらってるところなんだ。山で採れるベリーや他から持ってきた食材を使ってお菓子をね。ただこれは全員分用意したから早く着いた君へのご褒美にはならないかなぁ……」

 デシルはこの時、アルバが信用に足る人物だと確信した。

「いえ! 十分ご褒美です! みんなに羨ましがられながらスイーツを食べるよりずっと嬉しいです! それに私はさっきの権利を使わせてもらえればいいです!」

「弱い団員と戦うかい?」

「いえ! 一番強い班と戦わせてください!」

「……君ならそう言うと思ったよ」

 アルバはにやりと笑った。
 余裕の笑みではない。余裕がなくなって笑うしかなかったのだ。

(一番強いってことは、もしかして俺と戦いたがってる!? どうしよう……俺は団長で強すぎるから気を遣って模擬戦の班には入ってないけど……。よし、副団長のラーラに投げよう! あいつは班に入ってるし、俺はお菓子作りの指示をだしてあいつの無責任な発言の尻をぬぐったしな!)

「団長さん!」

 少し余裕を取り戻したアルバに、デシルがずいっと迫ってくる。
 上げかけた悲鳴を何とか飲み込み、彼は平静を装って返事をする。

「何かな?」

「みんなを待ってる間ヒマなんで、お菓子作りを手伝っていいですか? 割と自慢なんですけど料理は得意なんです!」

「ああ……いいよ。急なことで人手が足りてないから、歓迎されると思うよ」

「ありがとうございます!」

 デシルはお菓子の匂いがする方を自分で探ってそこへ向かった。
 アルバはふにゃふにゃと空気が抜けたように岩場に寝転がる。

(料理も出来るのか……とんでもない子だ。俺も料理には自信があるが、そっちでも負けてそうだなぁ……)

 Bランク騎士にして騎士団長アルバ・バーンズ。
 実力の割に自信のない男である。
 しかし、人の気持ちを理解する能力に長けた男であった。
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