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029 父と娘
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帰りの馬車で父は酷く狼狽していた。
「あいつら。私に死ねとでも言いたいのかっ。私がいる限り、ロジエの発展は無いとまで言い切りおった……」
まぁ。そうでしょうね。
父の評判は良くありませんから。
でも辺境伯様が言いたかったことは違う筈だ。
「そんな事ありません。アーノルト辺境伯様も、ヨハン様も、最後まで父上と円満に事を運びたく善処されていました」
「アルド。お前も、あいつらの事ばかり」
「僕は父上の後を継ぐ為に、ずっと父上の背中を見て参りました。領地の各地へ足しげく訪ね、領民の声を直に聞き入れる父上の姿も、お疲れになっていても執務を怠らない姿も……。僕は父上を尊敬しております。ロジエ領が豊かなのは、父上の采配あってこそだと思っております」
これは僕の本心だ。
領主として、父は領民の為に尽くしていた。
家族も周りの貴族も、全て駒のように扱って。
恐らく父は、良き領主として名を残したくて、形振り構わず生きてきたのだろう。
僕も似たような教育を受けてきたから、理解できなくはない。
でも、周りに誰も信頼できる人がいなかったのか、父は独り善がりだ。
父が何故そうなのかは知らないけれど、可哀想な人だと思う。
「アルド……」
「今度は僕の背中を見ていてはいただけませんか? まだまだ若輩者過ぎて、一人では一歩も前に進めそうもありませんので」
「……」
父はそのまま何も言わずに項垂れてしまった。
僕は父のようにはなりたくない。
でも、父に信頼され得る人には、なりたいと思う。
◇◇
「あり得ない。あり得ない。あり得ない。どぉいぅことよ! お父様!? ――って。お父様はどうされましたの?」
朝から何処かへ飛び出していったお父様。
帰って来たら、げっそり青白くなっておりました。
アルドいわく、ご体調を崩されて療養されるそうです。
正直意味が分かりません。
来週姉の結婚式なのに。
私の王子様を射止める大事な日なのに。
「お父様。来週までには全快されますわよね?」
「ティア姉様。それは無理だと思うよ」
「どうして!? こっちは問題ばかりなのに……。そうだわ。アルドはお姉様のお相手がヨハン様だってことを聞きまして? 先程お母様から聞きましたの。後妻の話は嘘だったってことかしら? これって詐欺よね。あり得なくありませんこと? 可哀想だわ。お姉様」
一度破談した男の元に嫁ぐなんて、絶対にボロ雑巾みたいに虐められてしまいますわ。
しかも、お姉様はヨハン様をお慕いしていましたし、もしかしたらまだ気持ちがあるかもしれないもの。最悪じゃない。
アルドが呆れたようにため息を吐くと、お父様は顔を上げて私を睨み付けました。お身体に障ったのでしょうか。
「うるさいっ。ヒヨドリのようにピーピー喚くなっ!? ベルティーナは不出来な妹を見捨てて自分だけ幸せになる道を選んだのだ。あんな傲慢な女の名は二度と口にするなっ」
「は、はい?」
「カーティア。お前は結婚式に出席しろ。そこで、自分の身の丈にあった令息でも捕まえて紹介してもらいなさい」
「私の身の丈って……。やっぱり第三王子様一択よね!」
「馬鹿者っ。その空っぽの頭でも愛でてくれる令息でも探せっ。お前がそんなだから、私はお前が売れ残らないようにベルティーナに来た縁談を回していたのだぞ?」
「な、何を言っていますの?」
お父様は憤慨し、真っ赤な顔で私を怒鳴り付けています。これは、本当にお父様でしょうか。
「お前のような病弱で馬鹿な女は無価値なのだ。それでも着飾っていれば、見てくれだけで貰っていく輩もいるだろうと期待していたが、どいつもこいつも、お前を見て笑い、ベルティーナ欲しさに好条件を持ち出すかと思っていたが誰も引っかからなかった」
「ぇ?」
お父様は体調を崩されてご乱心のようです。
こんなに怖い父は初めてです。
声を聞き付けて降りてきた母は立ち尽くす私を抱き締めてくれました。
「貴方っ。可哀想なカーティアになんて事を仰るの!?」
「可哀想? ああ。可哀想だな。母としての満足感を得る為に大した病でもないのにアレコレ面倒を見てもらい何一つ自分で出来やしない。完治しても病弱気取りで自分を愛してくれる王子様を探しているだと? 本当に可哀想だ」
「酷すぎるわっ!?」
お母様がお父様の頬を平手で叩きました。お父様は呆然とした後、真っ赤な顔で母を睨み、微笑みました。
「私はベルティーナの式には行かない。私のいる場所など無いのだ。お前達は勝手に出席して笑い者にでもなればいい。はっはっはっはっ」
狂ったように笑い続けるお父様をアルドが部屋へと連れて行ってくれました。私の耳には、もう聞こえない筈のお父様の笑い声が微かに残り、ぞっと身震いすると、お母様は震える手です私を抱きしめてくれました。
「前から分かっていたわ。あの人は私たちのことなんて道具のようにしか思っていないのよ。家庭教師だって、アルドにしかつけて下さらなかったわ。――カーティア。来週の結婚式で何としてもお相手を見つけて紹介してもらいましょう。あの人はもう駄目だわ」
「え、ええ。お、お姉様は……」
「あの子なんてどうでも良いわ。私達を捨てて自分だけ幸せになる道を選んだそうですから。私は貴女が幸せになれればそれで良いの。姉のことなんか忘れて自分の幸せだけを考えなさい」
「はい。お母様」
私は母の言葉に頷くことしか出来ませんでした。
「あいつら。私に死ねとでも言いたいのかっ。私がいる限り、ロジエの発展は無いとまで言い切りおった……」
まぁ。そうでしょうね。
父の評判は良くありませんから。
でも辺境伯様が言いたかったことは違う筈だ。
「そんな事ありません。アーノルト辺境伯様も、ヨハン様も、最後まで父上と円満に事を運びたく善処されていました」
「アルド。お前も、あいつらの事ばかり」
「僕は父上の後を継ぐ為に、ずっと父上の背中を見て参りました。領地の各地へ足しげく訪ね、領民の声を直に聞き入れる父上の姿も、お疲れになっていても執務を怠らない姿も……。僕は父上を尊敬しております。ロジエ領が豊かなのは、父上の采配あってこそだと思っております」
これは僕の本心だ。
領主として、父は領民の為に尽くしていた。
家族も周りの貴族も、全て駒のように扱って。
恐らく父は、良き領主として名を残したくて、形振り構わず生きてきたのだろう。
僕も似たような教育を受けてきたから、理解できなくはない。
でも、周りに誰も信頼できる人がいなかったのか、父は独り善がりだ。
父が何故そうなのかは知らないけれど、可哀想な人だと思う。
「アルド……」
「今度は僕の背中を見ていてはいただけませんか? まだまだ若輩者過ぎて、一人では一歩も前に進めそうもありませんので」
「……」
父はそのまま何も言わずに項垂れてしまった。
僕は父のようにはなりたくない。
でも、父に信頼され得る人には、なりたいと思う。
◇◇
「あり得ない。あり得ない。あり得ない。どぉいぅことよ! お父様!? ――って。お父様はどうされましたの?」
朝から何処かへ飛び出していったお父様。
帰って来たら、げっそり青白くなっておりました。
アルドいわく、ご体調を崩されて療養されるそうです。
正直意味が分かりません。
来週姉の結婚式なのに。
私の王子様を射止める大事な日なのに。
「お父様。来週までには全快されますわよね?」
「ティア姉様。それは無理だと思うよ」
「どうして!? こっちは問題ばかりなのに……。そうだわ。アルドはお姉様のお相手がヨハン様だってことを聞きまして? 先程お母様から聞きましたの。後妻の話は嘘だったってことかしら? これって詐欺よね。あり得なくありませんこと? 可哀想だわ。お姉様」
一度破談した男の元に嫁ぐなんて、絶対にボロ雑巾みたいに虐められてしまいますわ。
しかも、お姉様はヨハン様をお慕いしていましたし、もしかしたらまだ気持ちがあるかもしれないもの。最悪じゃない。
アルドが呆れたようにため息を吐くと、お父様は顔を上げて私を睨み付けました。お身体に障ったのでしょうか。
「うるさいっ。ヒヨドリのようにピーピー喚くなっ!? ベルティーナは不出来な妹を見捨てて自分だけ幸せになる道を選んだのだ。あんな傲慢な女の名は二度と口にするなっ」
「は、はい?」
「カーティア。お前は結婚式に出席しろ。そこで、自分の身の丈にあった令息でも捕まえて紹介してもらいなさい」
「私の身の丈って……。やっぱり第三王子様一択よね!」
「馬鹿者っ。その空っぽの頭でも愛でてくれる令息でも探せっ。お前がそんなだから、私はお前が売れ残らないようにベルティーナに来た縁談を回していたのだぞ?」
「な、何を言っていますの?」
お父様は憤慨し、真っ赤な顔で私を怒鳴り付けています。これは、本当にお父様でしょうか。
「お前のような病弱で馬鹿な女は無価値なのだ。それでも着飾っていれば、見てくれだけで貰っていく輩もいるだろうと期待していたが、どいつもこいつも、お前を見て笑い、ベルティーナ欲しさに好条件を持ち出すかと思っていたが誰も引っかからなかった」
「ぇ?」
お父様は体調を崩されてご乱心のようです。
こんなに怖い父は初めてです。
声を聞き付けて降りてきた母は立ち尽くす私を抱き締めてくれました。
「貴方っ。可哀想なカーティアになんて事を仰るの!?」
「可哀想? ああ。可哀想だな。母としての満足感を得る為に大した病でもないのにアレコレ面倒を見てもらい何一つ自分で出来やしない。完治しても病弱気取りで自分を愛してくれる王子様を探しているだと? 本当に可哀想だ」
「酷すぎるわっ!?」
お母様がお父様の頬を平手で叩きました。お父様は呆然とした後、真っ赤な顔で母を睨み、微笑みました。
「私はベルティーナの式には行かない。私のいる場所など無いのだ。お前達は勝手に出席して笑い者にでもなればいい。はっはっはっはっ」
狂ったように笑い続けるお父様をアルドが部屋へと連れて行ってくれました。私の耳には、もう聞こえない筈のお父様の笑い声が微かに残り、ぞっと身震いすると、お母様は震える手です私を抱きしめてくれました。
「前から分かっていたわ。あの人は私たちのことなんて道具のようにしか思っていないのよ。家庭教師だって、アルドにしかつけて下さらなかったわ。――カーティア。来週の結婚式で何としてもお相手を見つけて紹介してもらいましょう。あの人はもう駄目だわ」
「え、ええ。お、お姉様は……」
「あの子なんてどうでも良いわ。私達を捨てて自分だけ幸せになる道を選んだそうですから。私は貴女が幸せになれればそれで良いの。姉のことなんか忘れて自分の幸せだけを考えなさい」
「はい。お母様」
私は母の言葉に頷くことしか出来ませんでした。
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