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6 示された道(※妹視点)
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幸せな姉の結婚式を、笑顔と心温まる涙で彩って、私は自分の道を歩み始めた。
父は止めた。
姉は驚いた。
そして義兄は、私の様子をチラチラ伺ってくる。
「オクタヴィア」
今日も来たか。
「これはこれはリーヴァ伯爵フェルモ・アリエンツォ様、こんにちは」
「忘れないでほしいが、君は私の義妹で、愛する妻の妹、つまり親族だ。爵位付きフルネームに様まで付けてもらっては……微妙な気持ちになる」
私はオクタヴィア・マストロヤンニ。
伯爵令嬢の立場を棄てて、父も棄てて、俗世から離れて神殿に仕えている身。
「おふたりの上に神のご加護が増し加えられますように」
「待て待て待て」
会釈して颯爽と去ろうと踵を返した私を、義兄が回り込んで止める。
深いベールの下から見えるのは、身形のいい胸元から下、磨き上げられた靴まで。
「オクタヴィア」
「私は神に仕える身でございますから、神があなたにお与えになった時間はどうか、私の姉に注いでくださいませ」
「君の幸せはエレオノーラの幸せでもある」
「光栄です」
存分に喜んであげて。
「では」
「待ちなさい」
義兄が法衣越しに手首を掴んだ。
「!」
「そんな緊迫感を醸し出しても駄目だ。君は神官見習い、まだ俗世の女性、そして義妹。家族の問題を話し合いに来た私を邪険にあしらうような事を、神は望まれるだろうか? ん? オクタヴィア」
「……」
なかなか弁の立つ男。
姉を任せるにはうってつけ。議論するには好敵手。
彼が手を離し、私も居住まいを正す。
「お姉様になにか?」
「エレオノーラは元気だ。最近、メイド長に習った編み物に没頭して、君のショールを目標に日中はサクサクと編み続けている」
「昼だけにしてください。夜は目が弱りますから」
鳥みたいな事を言ってしまったけれど、単なる配慮だと理解してくれるでしょう。
義兄は少し呻ってから、膝に手をついて屈み、ベールの下から私と目を合わせて来た。花嫁を迎えたばかりという意味でも、相手が神官乃至神官見習いという意味でも、彼は私の法衣のベールを捲る事はできない。
さすが、心得ている。
「サント卿の事だ」
「死にましたか?」
憎たらしい見下げ果てた哀しくも血縁関係にある男、つまり父。
あの醜悪で凶悪な父の話となれば、気楽に立ち話をするわけにもいかない。
私は自らベールを脱いだ。
「死んでない」
「……」
まだか。
姉の結婚式のあと。私がさっさと家を出た、そのあと。
父は持ち前の癇癪を存分に爆発させ、使用人に当たり散らしている最中に転倒したらしい。その報せが届いた時も、私は父の死を願った。心から願った。
神殿の内で父の死を願っても、私は生きている。
だから私は、強く、強く、願い続けた。
なかなかしぶとい。
「気持ちはわかるが、そんな顔はやめなさい。サント卿は昏睡から目覚め、残念だが子供に還られた」
「壊れましたか?」
義兄は言葉を選んだけれど、私にはそんな恩情は残っていない。
あの狂人がついに、終わった。
素晴らしい事。感極まって震えるというもの。
「ああ。医者は脳の病だと言うが、天罰が下ったと言う者もいれば、悪魔に魂を喰い尽くされた抜け殻と評する者もいる」
「素晴らしい」
「救護院に入れるか医者を雇うか、サント伯爵家にはそれを決める人間がいない」
「神が〝亡び〟を望まれたのでしょう」
「そうかい?」
義兄が強い眼差しで私を見据える。
それは親愛というよりは好戦的で、こちらも目を据えて睨み返す。
「君は神官見習いだ、オクタヴィア。君の崇める神は、この道を阻んでいるのでは?」
「なんですって?」
これは聞き捨てならない。
これは聞き捨てならない!
これは……!!
「知っているぞ、オクタヴィア。私の目は欺けない」
「く……っ」
この男、なにを……!
「君は神官アルカンジェロに恋をしているな?」
「ああっ」
私は仰け反り額に手をあてクラリとしたあと、くしゃりと体を折って目を背けた。
それを言われると辛い。
身も心も千々に乱れるほどに辛い。
「お、仰らないで……!」
「神聖な勤めをさも潔白であるかのような顔をしてそれらしく振舞おうと、その心にあるのは恋! 美しく謳われる恋も神殿の中に入ってしまえば邪念というもの。君は神ではなく神官を愛しているんだ」
「ああっ」
「不届き者めッ!! というわけで、君にはサント伯領を治めてほしい」
──え?
「女伯爵として」
え?
え……そう来ました?
「君ならできる」
……それは、それは……実に旨い話というもの。
「サント卿が倒れたあと、私が妻の故郷であるサント領を統括して治めるのではないかという噂がチラホラ出た」
「はい」
「だから君を推薦した」
「はぁい」
いけない。
声が浮ついてしまう。
「んんっ」
咳払いで誤魔化して。
姿勢を正し、平静を装う。
「わた、私に? 爵位を?」
「そうだ。君はカメルレンゴ侯爵家の晩餐会に、サント卿の名代として出席した。そこでの立ち居振る舞いを見て、閣下を筆頭に満場一致で、君のほうが父親より領主に相応しいと心をひとつにした有力貴族たちが私に圧力をかけてきている。君を応援するよ、オクタヴィア。なんといっても、私は君の、義兄だからね」
勇気付けるような、力強い笑顔。
「……後戻りは、できなくなりますね」
「その気もないくせに」
「ええ、まあ。やるからには歴史に名を残す名君を目指しますけれど、そうは言っても女ですから。上手くやらなければいけません。お義兄様が後見人を?」
「否。カメルレンゴ侯爵閣下が君の後見人だ」
「おっ」
驚きましたわ。
でも、まあ、それはやはり、存分に喜んで気合を入れて。
「頑張れ、オクタヴィア」
「……はい。ありがとうございます」
歩いていきましょう。
これが私に示された、神に与えられた道であるならば。
父は止めた。
姉は驚いた。
そして義兄は、私の様子をチラチラ伺ってくる。
「オクタヴィア」
今日も来たか。
「これはこれはリーヴァ伯爵フェルモ・アリエンツォ様、こんにちは」
「忘れないでほしいが、君は私の義妹で、愛する妻の妹、つまり親族だ。爵位付きフルネームに様まで付けてもらっては……微妙な気持ちになる」
私はオクタヴィア・マストロヤンニ。
伯爵令嬢の立場を棄てて、父も棄てて、俗世から離れて神殿に仕えている身。
「おふたりの上に神のご加護が増し加えられますように」
「待て待て待て」
会釈して颯爽と去ろうと踵を返した私を、義兄が回り込んで止める。
深いベールの下から見えるのは、身形のいい胸元から下、磨き上げられた靴まで。
「オクタヴィア」
「私は神に仕える身でございますから、神があなたにお与えになった時間はどうか、私の姉に注いでくださいませ」
「君の幸せはエレオノーラの幸せでもある」
「光栄です」
存分に喜んであげて。
「では」
「待ちなさい」
義兄が法衣越しに手首を掴んだ。
「!」
「そんな緊迫感を醸し出しても駄目だ。君は神官見習い、まだ俗世の女性、そして義妹。家族の問題を話し合いに来た私を邪険にあしらうような事を、神は望まれるだろうか? ん? オクタヴィア」
「……」
なかなか弁の立つ男。
姉を任せるにはうってつけ。議論するには好敵手。
彼が手を離し、私も居住まいを正す。
「お姉様になにか?」
「エレオノーラは元気だ。最近、メイド長に習った編み物に没頭して、君のショールを目標に日中はサクサクと編み続けている」
「昼だけにしてください。夜は目が弱りますから」
鳥みたいな事を言ってしまったけれど、単なる配慮だと理解してくれるでしょう。
義兄は少し呻ってから、膝に手をついて屈み、ベールの下から私と目を合わせて来た。花嫁を迎えたばかりという意味でも、相手が神官乃至神官見習いという意味でも、彼は私の法衣のベールを捲る事はできない。
さすが、心得ている。
「サント卿の事だ」
「死にましたか?」
憎たらしい見下げ果てた哀しくも血縁関係にある男、つまり父。
あの醜悪で凶悪な父の話となれば、気楽に立ち話をするわけにもいかない。
私は自らベールを脱いだ。
「死んでない」
「……」
まだか。
姉の結婚式のあと。私がさっさと家を出た、そのあと。
父は持ち前の癇癪を存分に爆発させ、使用人に当たり散らしている最中に転倒したらしい。その報せが届いた時も、私は父の死を願った。心から願った。
神殿の内で父の死を願っても、私は生きている。
だから私は、強く、強く、願い続けた。
なかなかしぶとい。
「気持ちはわかるが、そんな顔はやめなさい。サント卿は昏睡から目覚め、残念だが子供に還られた」
「壊れましたか?」
義兄は言葉を選んだけれど、私にはそんな恩情は残っていない。
あの狂人がついに、終わった。
素晴らしい事。感極まって震えるというもの。
「ああ。医者は脳の病だと言うが、天罰が下ったと言う者もいれば、悪魔に魂を喰い尽くされた抜け殻と評する者もいる」
「素晴らしい」
「救護院に入れるか医者を雇うか、サント伯爵家にはそれを決める人間がいない」
「神が〝亡び〟を望まれたのでしょう」
「そうかい?」
義兄が強い眼差しで私を見据える。
それは親愛というよりは好戦的で、こちらも目を据えて睨み返す。
「君は神官見習いだ、オクタヴィア。君の崇める神は、この道を阻んでいるのでは?」
「なんですって?」
これは聞き捨てならない。
これは聞き捨てならない!
これは……!!
「知っているぞ、オクタヴィア。私の目は欺けない」
「く……っ」
この男、なにを……!
「君は神官アルカンジェロに恋をしているな?」
「ああっ」
私は仰け反り額に手をあてクラリとしたあと、くしゃりと体を折って目を背けた。
それを言われると辛い。
身も心も千々に乱れるほどに辛い。
「お、仰らないで……!」
「神聖な勤めをさも潔白であるかのような顔をしてそれらしく振舞おうと、その心にあるのは恋! 美しく謳われる恋も神殿の中に入ってしまえば邪念というもの。君は神ではなく神官を愛しているんだ」
「ああっ」
「不届き者めッ!! というわけで、君にはサント伯領を治めてほしい」
──え?
「女伯爵として」
え?
え……そう来ました?
「君ならできる」
……それは、それは……実に旨い話というもの。
「サント卿が倒れたあと、私が妻の故郷であるサント領を統括して治めるのではないかという噂がチラホラ出た」
「はい」
「だから君を推薦した」
「はぁい」
いけない。
声が浮ついてしまう。
「んんっ」
咳払いで誤魔化して。
姿勢を正し、平静を装う。
「わた、私に? 爵位を?」
「そうだ。君はカメルレンゴ侯爵家の晩餐会に、サント卿の名代として出席した。そこでの立ち居振る舞いを見て、閣下を筆頭に満場一致で、君のほうが父親より領主に相応しいと心をひとつにした有力貴族たちが私に圧力をかけてきている。君を応援するよ、オクタヴィア。なんといっても、私は君の、義兄だからね」
勇気付けるような、力強い笑顔。
「……後戻りは、できなくなりますね」
「その気もないくせに」
「ええ、まあ。やるからには歴史に名を残す名君を目指しますけれど、そうは言っても女ですから。上手くやらなければいけません。お義兄様が後見人を?」
「否。カメルレンゴ侯爵閣下が君の後見人だ」
「おっ」
驚きましたわ。
でも、まあ、それはやはり、存分に喜んで気合を入れて。
「頑張れ、オクタヴィア」
「……はい。ありがとうございます」
歩いていきましょう。
これが私に示された、神に与えられた道であるならば。
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