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9 昏い森の中へ

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 私たちは森へと踏み出した。


「姉さん。あなたは無理をしなくても」

「……いいえ。お母様は、いつも泣いていました。傷ついていました。あなただけが姿を見せても、きっと泣き叫んで暴れます」

「父親似なのか?」


 ノーマンがホレスに尋ねた。


「……いえ。どちらかと言えば、母の面影があるでしょう」

「じゃあ尚更、悪魔が迎えに来たと思うだろうな」


 ノーマンがいてくれれば、私は恐くない。
 彼は守ってくれるし、私に酷い事をしない。絶対。


「アナベルひとり残しても行けない」

「普段、狩をしているんですよね?」


 私の弟だと名乗る大人びた少年を、私は信用せざるを得ない。
 母の名を知っていたし、若い頃の母としか思えない肖像画の入った懐中時計を持っていたのだ。それに母の苦しみは、彼の話によって、すべての辻褄があう。

 母は、私を傷めつける事しかできなかった。
 でも私は、母を憎んでいない。愛されたかったけれど、母ほど虐げられ、蔑ろにされ、痛めつけられた人を私は知らないのだから。

 私は、母を抱きしめたい。
 今ならそれができると信じていた。

 だって私には、ノーマンがいてくれるから。
 生きていていいと言ってくれる人が、あたたかく抱いてくれる人が、私にはいるのだから。

 私は、母を愛している。


「なんだ……?」


 昼でも日の光を遮る生い茂った森の向こうに、ちらりと赤く瞬くなにか。

 ホレスが足を止めた。
 ノーマンが、私の行く手を遮る。


「……まさか」

「?」


 屋敷が近づいていると、私はそのとき、よく理解していなかったのだ。
 地理に詳しくもなく、どれくらいの距離を自分が歩いたのかもはっきりしなかった。

 ただ、突然開けた木々の間に見たものは、私が暮らしていた屋敷。


「……!!」


 そして、窓から吊るされた──母の体。
 見慣れたドレスを炎が舐め、業火に揺られ、母はぐったりとぶら下がっている。


「いやあぁぁぁぁッ!!」


 それからの事は、よく覚えていない。
 大きな掌が私の目を覆い、力強い腕が私を押さえつけていた。私は叫び続けてやがて、深い深い眠りの中に落ちて行ってしまったから。
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