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4 それは、一筋の光
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「庇う?」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず」
「ハハハ! 面白い方だ! どうぞお楽しみくさい。何事も生きているうちですからね。死んだら終わり! じゃあ、オクタヴィア。パパは行くよん♪ (ドライザー卿は年上すぎる!)」
「…………………はぃ」
耳打ちを残してスキップしていったお父様に返事をした頃には、お父様の背中はあちらのテーブルの彼方へ……
「君」
「……」
「君」
「……?」
たしかに、ドライザー様は年上ですね。
伯父とか、叔父とか、そんな感じ……
「私、婚約を破棄されてしまったので……」
「なんだ、君から身の上話をしてくれるのか。助かる」
「お先真っ暗なんです」
「暗いな!」
威厳を感じるには少し若いけれど、それでも感じていた威厳を吹き飛ばす、活発な驚き方……新鮮。
「それでそんなドレスを着ているのか? 自虐にも程があるぞ?」
「あ、これは……お母様が新しいドレスには汚物を掛けてしまうので、予防策で……」
「はっ!? ほっ、本当の話なのか?」
「はい」
「君、大丈夫か?」
「はい」
どうしてかしら。
ドライザー様が、その厳めしい顔に似合わず、動揺している。
「なんて事だ……その経緯はクナップ卿も知っているのか? 知っていて呑気に招待客の間を踊り歩いているのか?」
「それはわかりません」
「妙なところで似ているな。鈍いのか無神経なのか、無関心なのか」
「私は……空気みたいなものなので……」
ドライザー様は困り果てた表情で私を見つめ、長い長い溜息を吐いた。
「惨い」
「?」
呟きのあと、ドライザー様は渋い顔で眉間を揉んで、しばらく佇み、再び溜息を吐いてから、ひたりと私を見つめた。
「君はそれでいいのか?」
「…………、…………はぃ?」
「今、語尾を上げたか?」
ああ、初めてお会いした小父様にお説教されるなんて……
私らしい、不幸だわ。
でもちょっと美味しい。
ドライザー様、渋くて素敵。
目と耳の保養……
匂いも、嗅いでおかなくては……
「ふふ、スンスン」
「笑うな。否、笑うのはいいとして、匂いを嗅ぐな」
叱られた。
「ごめんなさぃ……」
「否、いい。あらゆる点に於いて恐らく君に非はないだろう。はっきり言おう。君の環境は劣悪すぎる。君は二親に心を殺されている」
「…………?」
小難しい話。
「君は若く美しい。出自という檻の中で人生を無駄にしてはいけない」
「……はぁ」
「私のように婚期を逃してから後悔しても遅いんだ」
「あ」
なぁんだ。
ここにも不幸な人が、ひとぉーり……♪
「ふふふ……」
「今の話のどこが面白いのかわからんが、君が楽しいなら、その感情は大切にするべきだ。だが人付き合いに支障があっては困る。時と場合を心得るのが肝心だ。わかるか?」
「……」
「そうして黙って微笑んでいると、まるで神話の中の女神だな」
私、これでいて、顔を褒められるのには慣れている。
でも性格が気持ち悪いらしくて、みんな離れていく。
婚約も、破棄されたし。
私は、私をどうする事もできない。
だから、私は微笑むのだ。
「レディ・オクタヴィア」
「……」
「レディ・オクタヴィアだったな?」
「あ……はぃ」
「君は着替えて外へ出るべきだ。時代錯誤なドレス姿で呆けている場合ではない」
「…………………え?」
「クナップ伯爵夫人の──え? なんだ?」
「え?」
「だから、なんだ?」
「え?」
「なにか疑問があるんだろう? 言ってみろ」
「…………」
思いがけない追及に、少し驚いて脈が速くなる。
疑問?
「そのドレスを脱ぎたくないのか?」
「…………」
「気に入っているのか? この暮らしが」
「…………」
「君の意志は、どうなんだ」
「…………」
なんだろう……
この感じ……
胸の奥で、何かが動く、この感じ……
「君はどうしたいんだ」
ドライザー様の真剣さに、私はぽつりと我知らず呟いた。
「生まれ変わりたい」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず」
「ハハハ! 面白い方だ! どうぞお楽しみくさい。何事も生きているうちですからね。死んだら終わり! じゃあ、オクタヴィア。パパは行くよん♪ (ドライザー卿は年上すぎる!)」
「…………………はぃ」
耳打ちを残してスキップしていったお父様に返事をした頃には、お父様の背中はあちらのテーブルの彼方へ……
「君」
「……」
「君」
「……?」
たしかに、ドライザー様は年上ですね。
伯父とか、叔父とか、そんな感じ……
「私、婚約を破棄されてしまったので……」
「なんだ、君から身の上話をしてくれるのか。助かる」
「お先真っ暗なんです」
「暗いな!」
威厳を感じるには少し若いけれど、それでも感じていた威厳を吹き飛ばす、活発な驚き方……新鮮。
「それでそんなドレスを着ているのか? 自虐にも程があるぞ?」
「あ、これは……お母様が新しいドレスには汚物を掛けてしまうので、予防策で……」
「はっ!? ほっ、本当の話なのか?」
「はい」
「君、大丈夫か?」
「はい」
どうしてかしら。
ドライザー様が、その厳めしい顔に似合わず、動揺している。
「なんて事だ……その経緯はクナップ卿も知っているのか? 知っていて呑気に招待客の間を踊り歩いているのか?」
「それはわかりません」
「妙なところで似ているな。鈍いのか無神経なのか、無関心なのか」
「私は……空気みたいなものなので……」
ドライザー様は困り果てた表情で私を見つめ、長い長い溜息を吐いた。
「惨い」
「?」
呟きのあと、ドライザー様は渋い顔で眉間を揉んで、しばらく佇み、再び溜息を吐いてから、ひたりと私を見つめた。
「君はそれでいいのか?」
「…………、…………はぃ?」
「今、語尾を上げたか?」
ああ、初めてお会いした小父様にお説教されるなんて……
私らしい、不幸だわ。
でもちょっと美味しい。
ドライザー様、渋くて素敵。
目と耳の保養……
匂いも、嗅いでおかなくては……
「ふふ、スンスン」
「笑うな。否、笑うのはいいとして、匂いを嗅ぐな」
叱られた。
「ごめんなさぃ……」
「否、いい。あらゆる点に於いて恐らく君に非はないだろう。はっきり言おう。君の環境は劣悪すぎる。君は二親に心を殺されている」
「…………?」
小難しい話。
「君は若く美しい。出自という檻の中で人生を無駄にしてはいけない」
「……はぁ」
「私のように婚期を逃してから後悔しても遅いんだ」
「あ」
なぁんだ。
ここにも不幸な人が、ひとぉーり……♪
「ふふふ……」
「今の話のどこが面白いのかわからんが、君が楽しいなら、その感情は大切にするべきだ。だが人付き合いに支障があっては困る。時と場合を心得るのが肝心だ。わかるか?」
「……」
「そうして黙って微笑んでいると、まるで神話の中の女神だな」
私、これでいて、顔を褒められるのには慣れている。
でも性格が気持ち悪いらしくて、みんな離れていく。
婚約も、破棄されたし。
私は、私をどうする事もできない。
だから、私は微笑むのだ。
「レディ・オクタヴィア」
「……」
「レディ・オクタヴィアだったな?」
「あ……はぃ」
「君は着替えて外へ出るべきだ。時代錯誤なドレス姿で呆けている場合ではない」
「…………………え?」
「クナップ伯爵夫人の──え? なんだ?」
「え?」
「だから、なんだ?」
「え?」
「なにか疑問があるんだろう? 言ってみろ」
「…………」
思いがけない追及に、少し驚いて脈が速くなる。
疑問?
「そのドレスを脱ぎたくないのか?」
「…………」
「気に入っているのか? この暮らしが」
「…………」
「君の意志は、どうなんだ」
「…………」
なんだろう……
この感じ……
胸の奥で、何かが動く、この感じ……
「君はどうしたいんだ」
ドライザー様の真剣さに、私はぽつりと我知らず呟いた。
「生まれ変わりたい」
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