王妃は監獄から返り咲く

百谷シカ

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5 柔軟で無害

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「さて。では僕は薪を持ってきますね。夕食はしょうもないポタージュですが、チーズとワインを都合します。お楽しみに!」

「あ、ええ……ありがとう」


 金物舐めのフォーシュ公爵が上機嫌で去った。
 厳密には、私と同じように元をつけるべき微妙な危うい立場なのだけれど……


「金物を舐めるのが快感なのね……」


 幸い、私は人間だし。
 永遠の王妃なんて言われて、建国を仄めかされたし。
 舐められる事はなさそう。


「微妙」


 そう呟いて、私は魚の油分に塗れた自分の指を無意識に舐めた。


「……」


 美味しかった。
 力が沸いた。


「彼、いい人だわ」


 変態だけど。
 金物じゃない私からしてみたら、いい人よ。


「……」


 鉄、鎧、剣、槍の刃先、矢、場合によっては盾の枠、真鍮製の取手、銀食器、文鎮、像……


「あんなもの舐めてどうすんのよ」


 暇すぎて余計な事を考えちゃう。


「ハッ!」


 鉄格子!
 すぐそこに鉄格子がッ!!


「うぅ……っ、恐ろしい。考えちゃダメ。ラスムスは食べ物をくれて脱獄計画アリの模範囚よ。……あと、建国」


 模範囚とは。


「考えちゃダメ! 自分の事だけ、考えましょう」


 変な男に振り回されるのは、もうたくさんよ。
 夫は変というか、単純にクソだけど。


「テレサを金粉塗れにしてラスムスに差し出したら舐め散らかすのかしら。いいえ、ダメ。女体が悦んだら困る。ラスムスはともかくテレサには地獄を見てもらわなきゃ。あ、じゃあリアムを金粉まみれにしてラスムスに差し出して舐め散らかさせる?」


 お腹が満たされたら、頭にアホな事しか浮かばなくなった。


「何を入れたの……ラスムス……」


 あんなにいい塩加減だったのに。


「でも……」


 方々で金物を舐めたくらいでメガフロート監獄にぶち込まれるなんて、ラスムスも不憫な人だわ。


「うぅ……っ、寒ッ」


 隙間風に私は震えた。
 そしてしばらく、物思いに耽らないように務めた。


「元王妃イザベラ・オクセンシェルナ。夕食だ」

「……」


 看守は看守で、普通にいるのね。

 元って言われた。
 自分で言うのはいいけど、他人に言われるとかなり癪だわ。
 

「……木の匙」


 安全確保。
 たしかに質素な薄味のポタージュだったけど、デザートだと思えば美味しい。と、思う事にした。待てばラスムスがチーズとワインを持って来るし、頼めばもっと何か美味しいものを用立ててくれるかも。

 だからって一生こんなところでこんなイモ汁を啜るのはまっぴら御免だけどね。


「イザベラ様。麗しの陛下」


 夕食からしばらくして、ラスムスが薪を持って来た。


「菜園用の小ぶりなバケツに水を汲んできました。万が一、燃え広がりそうになったら迷わず消してくださいね。はい、お待ちかねのチーズとワインです。間違ってもワインを火にぶちまけないでくださいよ? 大切なあなたを窯焼き燻製肉にしてしまったとなれば、僕は生きていけませんよ本当に」


 食事用の小窓からグイグイ突っ込んでくる。


「ありがとう」

「火種にする藁と、火打石と打ち金を渡しておきますね」

「打ち金……」


 感謝と躊躇いに胸が張り裂けそうだわ。

 
「マッチはある?」

「舐めてません」


 断言されると、余計に恐い。


「小ぶりなのは小ぶりなりに良きではあるのですが、大切なあなたに渡すモノを舐めたりしませんよ」

「そうよね」


 安心した。


「あなたが触った後で舐めないと」

「え」


 どういう意味?


「朝食にミルクが出ますが、口をつけないでおいてください。僕が後から程よい〝ぬる熱〟ホットミルクをお持ちしますので」

「あ、ありがとう」

「火は熾せますか?」

「ええ」

「では、最後に」


 ぼてっ、と。
 油紙に包まれた、グニャっとした何かが、食事用の小窓から渡された。


「お腹が空いたら、ぜひ焼きたてを」

「……魚!」


 ああ、ラスムス……!
 多少の変態でも、あなたが好きになってきたわ……!!


「おやすみなさい、陛下」

「おやすみ、ラスムス」


 こうして私は、メガフロート監獄で最初の夜を迎えた。

 耐えられず、魚を焼いて食べたわ。
 独房も胃袋も温まり、食べながらラスムスの事を考えた。

 どんな顔なのかしらって。


「声は……はふっ、若いのよね……っ」


 ただ金物を舐めるような男なのよ。
 顔までキモかったら目も当てられないじゃない?
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