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14 礼節教官、現る

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「あなたは、いったいどういう了見で調子に乗っているのです? 王族の女性には重要な務めがあるのだと、曲がりなりにも伯爵令嬢なら弁えていて然るべきでしょう。それを、姉妹の絆かなにか知りませんが、恩情を受けていつまでもべったりくっついて夫婦の邪魔をしようだなんて。恥を知りなさい。そんなに王宮に入りたいなら、侍女、衣装係、宝石係、掃除、まだまだ女性の仕事はたっくさんありますよ?」

「それは私がやめてって言ったんです」

「あなたは黙ってなさい!」

「はい」

「ペロたん、ペロたん。ソニアたんでしゅよ、あばばばばばばぁ~」

「ナアァ~~~~~~~~~。ゴロゴロ……ゴロゴロ……」


 ローリング侯爵夫人ハリエット・グレンフェルが到着した。
 国王の乳母を務めていた彼女の貫禄が、遺憾なく発揮されている。
 そして王妃の色褪せない童心も、遺憾なく発揮されている。


「ごめんなさい」


 きつく叱りつけられたキャンディーが、しゅんと俯いた。
 胸が痛い。


「私にぶりっ子は通用しません。あなたには王族に連なる者としての礼節を一から叩き込まなくてはいけませんね」

「あーん、ここがいいの? お耳きもちぃの。いいわねぇ~」

「ゴロゴロ……」


 でも侯爵夫人、射的大会にトラを……


「いいですか? キャンディー。あなたはこれから、ますます美しくなるでしょう。それは素晴らしい素質であると同時に、強烈な毒薬にもなり得ると自覚しなければいけません。使い方を間違えると碌な事になりませんよ? 過ぎた美貌は時に欲望を招き寄せます」

「ローリング侯爵夫人、その子は──」

「黙ってなさい」

「はい」


 強い。
 トラを飼うだけあるわね。
 

「お姉様、ごめんなさい」


 キャンディーがペコリと頭を下げた。
 珍しく弱気な姿に、本当に胸が苦しくてもう耐えられない。

 私はローリング侯爵夫人からは見えない角度で親指を立てて、妹を励ました。


「恐いママンでしゅね~」

「ナアァ~~」

「頭があがりませんね~」

「ナアァ~~」


 甘えるペロを撫で繰り回す、ちょこんとしゃがんだ王妃ソニア。
 あれがよくて妹がダメなのは、ちょっと納得いかない。


「イーディス、よく覚えておきなさい。あなたは敵を作ってはいけないのです。宮廷の女性を仕切るのは王妃の仕事であり、あなたもそう遠くない将来その責任を負う事になります。妹のわがままくらい窘められなくてどうするんですか。こういう身勝手を特別扱いする事が不満の種となり、あなたへの敵意として花開くのです」

「ローリン──」

「少なくとも、身内以外には、妹はあなたに服従していると見せかけるべきですよ」


 強すぎ。
 

「大丈夫よ、イーディス。この人の言う事を聞いておけば間違いないから」

「(べろんっ)」

「キャハッ!」

「……」


 王妃はなにをしても許される。


「……!」


 そうか!
 だから彼女を、国民的スターに仕立て上げたんだわ!!

 やるわね……トラ婆。

 その時、女同士の会話に痺れを切らしたカイル殿下が戸口から顔を覗かせた。


「おい、イーディス」

「ナ゛ア゛ァ゛ァ~~~ッ!!」
 

 けど、ペロが突撃。


「キャンディー! 駄目よ。王太子妃の邪魔をしてはいけません」


 止めるべきはそっち?
 

「おおう、ペロ! 相変わらず……ッ、強烈なっ、くっ、舌だなッ!!」


 すっごいキスしてるけど。
 

「あなたにも少し教育が必要です」


 ローリング侯爵夫人がついに私に矛先を向けた。
 けれど、妹には見えない角度で高速ウィンクをぶちかましてくる。


「………………ああ」


 私は、一連の妹への叱責が、殿下とふたりきりの時間を確保させるための、謂わばお芝居だったのだと、やっと理解した。


「ハハハハハッ! 強ぇ! 強ぇんだって!」


 でも、今はペロついてるペロが問題よ。
 間違いない。

 あとまだ王太子妃じゃない。
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