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037(※)

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 無理にもがくのも、呻くのもやめた。冷静にならなきゃだめ。不思議なことに、息をとめると断然楽になった。そしてじっとしていると、親指と人差し指の付け根の僅かな隙間から、細くゆっくりだけれど呼吸できることに気づいた。咲良が飽きるまで待つつもりはないけれど、落ちついて考えれば絶対に逃げられる。

 でも、甘かった。咲良は飽きるどころか、私のお腹をなぐりつけた。何度も、何度も。衝撃と痛みで息があがる。けれど、吐くにも吸うにも、わずかな隙間では足りない。私は羽交い絞めにされたまま、びくびくと跳ねた。苦しくて、痛くて、涙が止まらない。なぜこんなめに遭わなければいけないのだろう。

 私が何をしたというの?

 地面に投げ出され、喘いだ。あれだけ空気を求めたのに、普通の呼吸ができない。涎が湧き出て、吐き気と頭痛がひどい。地面に蹲り腕で顔を隠した。殴るのも蹴るのも好きにすればいい。ただ、息はしていたい。
 肩をつかまれ、仰向けに転がされた。顔の上に腕をつきだし、必死で深い呼吸をくりかえす。咲良が私を跨ぎ、しゃがみ込んでくる。やっぱり、笑っている。

 助けて。そう叫ぼうと、息を吸い込んだ。

 激痛が走る。鼻孔から目の辺りまで、まるで串刺しにされたようだった。舌に、苦いような甘いような、おかしな味がこびりつく。今度こそ激しく咽た。感情とは関係なく、涙があふれる。異物を吸い込んだことで、心だけでなく、身体が混乱している。

 何を、されたの?

 私。

「あー、すっきりした」

 咲良が立ちあがる。逃げるように横を向いて身体を丸めた私に、咲良はもう手を出してこなかった。ただ、腰の辺りをぐいぐいと押してくる。ポケットに何かをねじ込んでいるようだけれど、深く考える余裕はなかった。痛くないだけ、まし。

「じゃあ、明日からイイコのふり頑張ってぇ?」
「……?」
「欲しくなったらいつでも電話ちょーだい。安くしてあげるかはわかんないけど!」

 声を高くゆらし、咲良が笑う。信じられない気持ちで、愕然と見つめた。

「なにを、したの……?」
「えーっ? うっそ、まじめに聞いてる?」
「……たいへん。なんてこと……」

 意識が、遠のいていく。
 もちろん、聞くまでもなかった。薬物を入れられたのだ。いい子のフリというのは、そいういう意味だろう。私はもう、汚れた。でも、だから、なんだというの。

 怖い。
 この身体は、耐えられるのだろうか。

 近くに転がった鞄を引き寄せ、なかを探り、携帯電話を取り出した。救急車を呼ばないと。

「ばぁーか」

 手を蹴られた。携帯がコンクリートの上をざりざりと音を立てて滑る。手を伸ばすけれど、届かない。視界がかすむ。靄がかかる。

 気持ちよくなってきたか。そう、咲良が聞いてくる。とんでもない。

 どうしよう。どうしたらいいだろう。身体が重くて、起き上がれそうにない。まるで夢みたい。咲良の声が、熱い飴のようにべたつき、歪んだ。
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