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041 Дмитрий

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「う……」

 小さな唸り声をあげて、まりえが眉を寄せた。僕たちは息を呑んだ。

「うっ、う、うぇ……っ」

 横向きになり、僕の手を強く握りしめ、激しく喘ぐ。顔を真っ赤にして、まりえは泣き始めた。弱々しく何か言うが、僕にはわからなかった。

「痛むようだ」

 兄が僕にだけ、小声で告げる。
 唖然と、泣きじゃくるまりえを見おろした。
 さっきまで、ぴくりともしなかったのに。なんで急に、起きた?
 眩暈がする。弛緩した筋肉の隙間から、命がボトッと落ちたような、変な寒気。

 僕の、せいか? 
 それなら、───。

 まりえは、たぶん、痛い痛いと言いながら次第に声をあげていった。胎児のように丸くなってがたがたふるえ、僕に縋る。僕は、自分の頬に残った涙をぬぐい、その指でまりえの唇を割った。舌に、僕の身体から出たものをなすりつける。

「なにをしている」

 あとでいくらでも言い訳ができるから、兄の目など気にしない。
 まりえは、瞼をあげた。真っ赤な目から、涙があふれてくる。かわいそうに、痛くて、怖いんだ。僕はひざをついてまりえの頭を抱えた。

「まりたん、だいじょぶ」
「ミーチャ……っ……イタイ……」

 じっとりと汗をかいた旋毛に、鼻先を埋める。

 僕は、今まで負った重傷のうちのどこかで、一度死んだ。姉の血か、それともセルゲイの血か知らないが、その力で蘇った化け物だ。血だけでなく、汗や涙にも、何かの作用があるのかもしれない。だとしたら、僕は、まりえに何をしたんだ。
 まりえを、変えてしまうだろうか。

「イタイノ」

 キスは、もう済ませた。
 唇を重ねると、まりえはもっと呻いた。その身体を押さえつけ、強引に唇をわる。舌を滑り込ませると熱い舌が逃げた。また、逃げた。目が眩んだ。少し、チカチカする。
 血を飲ませたら、終わりだ。でも、役者じゃないから涙は出ないし、雑巾じゃないから汗も出ない。キスなら、僕の唾液がどんどんあふれてまりえの口に入っていく。まりえの顔を上向かせ、深く、しつこく舌を絡めた。これなら得意だ。唾液が混じりあい、湿った音をあげる。息が弾んだ。毬依のくちびるは柔らかくて、かわいくて、気持ちいい。まりえはびくんと跳ねてから、あいた手で僕の腕を掴んだ。よかった。つかまってくれた。

「だいじょぶ。いたいの。ないよ」

 知ってる日本語は少ない。でも、意識のはっきりしないまりえには、ちょっとずつがちょうどいいだろう。合間に少し顔を離すと、切なそうな、不安げな瞳が僕を見つめた。混乱している。まだ、泣いていた。

「いたいの、ない」
「ミーチャ……?」

 優しく、深く。僕の毒で中和していく。
 急に肩をつかまれ、まりえから引き剥がされた。こんなときなのに、まりえとのキスが気持ちよくて少しふらふらしていたから、抵抗できなかった。兄の厳めしい顔は見慣れている。
 今夜はもう、まりえが助かればなんでもいい。

 さっと離れると、蒼ざめたすばるが目を剥いて僕を見あげた。そこへ兄がやってきて耳打ちすると、すばるはまりえに覆いかぶさって優しくあやし始める。そうだ。まりえをきちんと眠らせてあげないといけない。僕は薬棚へ向かった。
 肩越しにまりえを見る。横向きに丸まって、泣きはらした目でぼんやりしていた。熱っぽい顔だが、意識が混濁しているわけでもないし、痛むようにも見えない。

 よかった。本当によかった。
 僕は安心して溜め息をついた。さっきとは違う注射を用意して死角からまりえに忍び寄る。むき出しになり、汗で光る首筋に針を埋めた。まりえは不思議そうに眉をよせてから、ゆっくり瞼を閉じた。
 強く、腕をつかまれる。

「ラーチカ?」

 紫色の瞳が僕を刺した。でも、まるで気にならない。だって仕方のないことだ。兄は小さく、言葉を吐き出す。

「靴はどうした」

 酔って失くしたと、僕は笑った。
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