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 高く弧を描いた。天井が鼻先に迫り、思わず首をひっこめ、ぐいと押し返す。私はめいっぱいはしゃいで声をあげながら、ふかふかのベッドに背中から落ちた。雲に包まれたようなシーツの中で、すぐに影が覆い被さってくる。彼は私に跨ると、じゃれるだけの鼻先のキスを、ただし猛烈な勢いで浴びせ始めた。シーツの海で揉みくちゃにされながら、息をあえがせて笑う。とても幸せ。

 海辺の別荘は一軒ごとに充分な距離を保ち、広いプライベートビーチの様相を湛えていた。開け放たれた窓から吹き込む海風は心地よく、白いカーテンを豪快にゆらす。途切れることのない波の音に安らぎを覚えた。
 磨かれたダークブラウンの床と、上質な木材で設えられたカウンターや梁を彩る観賞植物が目に心地いい。二階すべてがベッドルームで、ジャグジーつきのホットバスが壁一面の窓の手前にあり、キングサイズのベッドとはパーテーションで区切られているとはいえ、とてもロマンチックで艶めいた目的のためにそういう造りになっているのは明らかだ。

 別荘と聞いて、ときめきより驚きに胸が跳ねた。もちろんあとからときめいたけれど、それでも驚きの方が大きかった。彼は私の一つ下だけれど、厳密には9ヶ月、同級生と同じなのに、ハワイに別荘を持っているなんて。

「お金持ちね」
「タイムシェアだよ」

 私が唖然として呟いたせいで、彼はいいわけをする子どものように、とても心配そうにそう言った。タイムシェアとは、別荘の所有権を1週間単位で借りる賃貸契約のことで、彼が大好きなハワイでは主流のバカンスだった。賃貸といっても、1週間何百万円からという世界なのだから、彼の言葉は慰めにはならなかったけれど。
 金銭感覚の違いに戸惑いを覚えくらくらしていると、彼はキスをして言った。

「僕、よくないね。ごめんね」

 このとき、頬を叩かれたように気づいた。彼は、彼自身の存在に罪悪感を抱いて大人になってしまった。得たものはお金でも名声でも吐き出し、だれかのために消化していかなければ、怖かったのだ。そうして、与えすぎた事で壊れた関係をいくつも経ているということなのだろう。彼は、彼のすべてを憎んでいる。だから、私を失うのが怖いと言った。私を愛するということは、いずれ私を失うということなのだと、彼は思った。彼の傷は、義理のお母さんのことだけではなかったのかもしれない。
 私は彼の首にせいいっぱい腕を回し、背伸びをしてキスをした。

「ナイン。楽しみよ」

 そしていま、彼は荷物より先に、私を、ベッドへ放り投げた。
 ふたりして、おおはしゃぎしている。彼の生き方を愛する。それが、私の見つけた幸せ。

「ミーチャくすぐったい」

 小さい私は、うまく彼の身体をよけて足をばたつかせ、逃げるふりを楽しんだ。彼の鼻先が首筋にあたり、彼の指が容赦なく脇腹をくすぐる。

 もともと大型犬のようだったけれど、その甘えっぷりは日々加速していくばかりで、勢いに圧倒されるのは確かだけれど私はとても嬉しかった。傍にいるとぬいぐるみのように私を抱え、傍にいられないときは絶えず視線が突き刺さった。はじめはちろちろと炎のように肌を舐めるくらいだったけれど、熱は徐々にあがり、大胆になり、赤褐色の瞳は欲望を含むようになった。私がふりかえると、彼は直前に目をそらすか、何もなかったふりをして無邪気に笑う。

 彼は私を壊してしまうのが怖いと言って身体のつながりを未だ拒んでいた。けれどこの数日、彼はもう私を味わおうとしているのではないかと思う瞬間が何度かあった。ふとした瞬間、彼の瞳は、甘えでも労わりでもなく、深い欲望に紅く淀み、ゆらめいた。私は彼を急かす気も、拒む気もなかった。
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