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6 来訪者の背負う悲哀

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 喜びと興奮を抱いて帰路についた。
 
 しかし、敷地の手前、門の前で一台の馬車が待ち構えていた。
 先に馬車を下りた父が、私には中で待つように目線で伝えて戸を閉める。

 
「……」


 さっきまで弾んでいた心が、不安で硬直する。
 私は固唾を呑んで小窓を覗いた。

 馬車から下りて来たのは、老紳士ブルックス子爵その人だった。


「……?」


 もしかして、パンジーになにかあったのだろうか。
 子爵がうちへ訪ねてくる理由は他にないように思われた。

 父と子爵の会話はそう長くはかからず、始終穏やかなもので、最後は父が老いた肩を励ますように触れて終わった。

 戻って来た父が座ると同時に馬車が動き、門をくぐる。


「どうなさったの? こんな、夜更けに」


 父は一拍置いてから私の手を優しく握った。


「?」

「あの男が妻の持参金を子爵に要求している」

「え……!?」


 もう過ぎ去ったはずの悪夢が、再び私に襲いかかって来る。
 父は励ますように私の手をゆすった。


「だが心配ないよ、ラモーナ。領主としてクライヴ伯爵に禁止令を出した。あの男がローガンの地を踏む事は二度とない」


 私は、自分が思ったよりジェフリー卿を恐れていた事に気づいた。
 

「もし破れば罰金に加え破談の慰謝料を請求する。王立裁判所は向こうの異議申し立てを却下した。だからいくら筋の通らない言掛りをしてこようと、金のためにもう姿は現さない。そういう男だ。私はね、あの男の金など要らない。ただもうお前の人生から消してしまえればそれでいい」


 前庭を抜け、馬車が停まる。
 父に支えられて馬車を下り、少し考えながら屋敷に入る。


「お父様」

「なんだい?」

「パンジーは大丈夫かしら。酷い目に遭っているのでは……」

「ラモーナ。もうブルックス子爵家の問題だ。それは子爵も承知している。この地にいるかぎり、子爵にさえ書状でしか請求できない。彼はそれを私の最後の情と受け取り、礼を言いに来たんだよ」

「……そう、なの」


 手袋と外套を脱いで、痩せた老紳士の姿に胸が軋んだ。


「だったら、中で待ってもらえばよかったのに」

「それも子爵が辞退した。門番に、自分は敷地内に立ち入る権利のない人間だと言って譲らなかったらしい。ただ軽食を差し入れたそうだから、心配は要らないよ」


 私に引き下がるよう示し、敗北者として見下したドロレスを、やはりまだ許せない。でもブルックス子爵を嫌いになれない。

 善良かつ誠実であるはずの子爵が、家族に恵まれないという不幸を背負い込んでいるように思えて、どうにかできないのだろうかと気を揉んでしまう。
 ただ、私にその力がない事だけは理解していた。


「お体を大事にしてほしい」

「なに、それくらいは心得ているさ。さあ、もう遅い。ゆっくりお休み」


 父が私の肩を労わるように撫でる。
 一度は義父となった子爵を、父も内心、気遣っているように思えた。
 そして父には、私と違い、領主という力がある。

 私は帰路の安全を祈り、寝支度を始めた。
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