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9 間違った愛情(※アスター伯爵視点)
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いつまで経っても姉が来ないので探してみたら、義兄の執務室にいた。
修羅場だった。
「さっさと謝っていらっしゃいよ!」
「もちろんでございます、レディ・カメロン。誠心誠意デラクール伯爵にお詫びを致します」
「ふざけないで。謝るべき相手はオリヴィアよ!!」
姉に怒鳴りつけられて、フラムスティード伯爵が汗をかきながら頭を下げまくって出てきた。その後ろから娘のモイラも出てくる。相変わらず泣き腫らした目を伏せがちに、傷ついたような顔をしていた。
が、私に気づき、キッと睨みつけてくる。
無視して父親のほうに声をかけた。
「フラムスティード卿」
「あっ。これは、アスター卿。この度は姉君の晩餐会で大変な御無礼を働き、誠に申し訳──」
「誰に謝ってるの!? 私の弟なんか放っておきなさいよ!!」
姉が吠えた。
足音が迫る前にフラムスティード伯爵を行かせるべきだろう。
「さあ、行ってください。でもモイラ嬢は伴わないほうがいいでしょう。先方は本人だけでなく、御両親も傷ついていらっしゃる」
「承知しております。娘には部屋で支度をさせるつもりです。御挨拶が済み次第、我々は早急に立ち去らなければなりません」
「ちょっと、シャロン!? なにをグチャグチャ話し込んでるの!?」
「なんでもないです! さあ、行って!」
フラムスティード伯爵はそそくさと歩いていった。
あとには、こちらを睨みつけ佇むモイラが残った。
「私を恨むのは筋違いだ」
「あなたに私の気持ちはわからないでしょう」
挑むような口調に、わずかとはいえ苛立ちが募る。
腕組みをしていざ対峙すると、モイラも毅然とこちらを睨んだ。
不可解だが、見当はついていた。
「君は、オリヴィアを愛しているんだろう?」
「そうよ」
臆面もなく答える。
「祝福なんてできない。あの子は私のものだわ。今までも、……」
「これからもと言わないだけの分別はあるんだな」
「言ったでしょう? 自分のした事はわかっています」
「つまり自棄を起こしたのか。それでぶち壊してやろうって?」
虫唾の走る女だ。
だが、同情すべき点はある。
これだけの美貌と血筋に恵まれながら求婚を断り続けている理由は、自身が爵位を継ぐというだけでなく、その性的趣向にあるのだろう。
「君は間違ってるよ」
「あなたの理解は求めていません」
「誰の理解も得られないだろう。本当に愛しているならオリヴィアを無残に傷つけはしないはずだ。君は結局、自分を愛しているんだよ。オリヴィアが誰かに奪われるのが恐いかい? でも、オリヴィアは人形じゃないんだ。君のものじゃない。今までも、これからも」
「自分だっていやらしい目であの子を狙っているくせに」
「君の理解は求めていない」
うまく同情が示せなかった。
モイラの敵意は、私が胸に秘めたオリヴィアへの好意を嗅ぎつけたからに他ならない。だが昨夜のように、誘惑を用いる気はないようだ。誘惑だったのかさえ怪しい。
自棄になって、オリヴィアの婚約者を誑かしただけだ。
レニー・ストックウィンを失格させるために。
自らを破滅に追い込んでまで、オリヴィアの結婚を阻止したかったのか。
それとも、ただ理性を失った強欲な愚者か。
せめて前者である事を祈る。
「君は、同じ趣向の相手を見つけて、愛を育むべきだ。むりやり所有する事も、相手を作り変える事もできないのだから」
「あなたの指図は受けません」
モイラは去った。
執務室に入ると、苛立つ姉を義兄が扇子で扇いでいるところだった。
「お喋りは楽しめた? シャロン」
「まあまあですね」
「凄かったよ。ヴァレンティナは口ひとつで戦艦を沈めた」
義兄がゆるく首をふり、感心している。
フラムスティード領は海に面していて、伯爵は戦艦を所有している。
国の要所でもあるフラムスティード伯領の、未来を有望視されてきた令嬢がやらかした不祥事。それが今後どのような波紋を生むか、想像してもあまり楽しくはない。
「義兄上の処にまず謝罪に来る辺り、フラムスティード卿は筋の通った方ですね」
「今後もう二度と招待しないわよ」
「性癖は親のせいではないですよ、姉上」
「ひん曲がってるのは性癖じゃなくて根性でしょ」
「君たちの会話はいつ聞いても飽きない」
義兄はまだ感心している。
これくらいおっとりしている人でないと、姉を受け止められないだろう。間を取り持って、本当によかった。正反対のふたりは本当に仲良くやっている。
「それで、どうなりそうです?」
姉に尋ねた。
「母親のほうにも爵位を継がせないよう全部話すんですって。まあ、当然よね。女伯爵をやれる器じゃないわよ」
「そういう姉上はあくまで侯爵夫人ですからね。あまり暴れるもんじゃありませんよ。その美貌もいずれ老いに負けて、ただの意地悪な魔女みたいになるんですから。今のうちに力技以外も磨いておかないと、目も当てられなくなりますよ」
「誰の味方なの、シャロン」
「ヴァレンティナ、落ち着いて。ここに敵はいないよ」
「今のは充分、宣戦布告だったわ」
これを相手にしているのだ。
拗らせた小娘なんて、わけもない。
修羅場だった。
「さっさと謝っていらっしゃいよ!」
「もちろんでございます、レディ・カメロン。誠心誠意デラクール伯爵にお詫びを致します」
「ふざけないで。謝るべき相手はオリヴィアよ!!」
姉に怒鳴りつけられて、フラムスティード伯爵が汗をかきながら頭を下げまくって出てきた。その後ろから娘のモイラも出てくる。相変わらず泣き腫らした目を伏せがちに、傷ついたような顔をしていた。
が、私に気づき、キッと睨みつけてくる。
無視して父親のほうに声をかけた。
「フラムスティード卿」
「あっ。これは、アスター卿。この度は姉君の晩餐会で大変な御無礼を働き、誠に申し訳──」
「誰に謝ってるの!? 私の弟なんか放っておきなさいよ!!」
姉が吠えた。
足音が迫る前にフラムスティード伯爵を行かせるべきだろう。
「さあ、行ってください。でもモイラ嬢は伴わないほうがいいでしょう。先方は本人だけでなく、御両親も傷ついていらっしゃる」
「承知しております。娘には部屋で支度をさせるつもりです。御挨拶が済み次第、我々は早急に立ち去らなければなりません」
「ちょっと、シャロン!? なにをグチャグチャ話し込んでるの!?」
「なんでもないです! さあ、行って!」
フラムスティード伯爵はそそくさと歩いていった。
あとには、こちらを睨みつけ佇むモイラが残った。
「私を恨むのは筋違いだ」
「あなたに私の気持ちはわからないでしょう」
挑むような口調に、わずかとはいえ苛立ちが募る。
腕組みをしていざ対峙すると、モイラも毅然とこちらを睨んだ。
不可解だが、見当はついていた。
「君は、オリヴィアを愛しているんだろう?」
「そうよ」
臆面もなく答える。
「祝福なんてできない。あの子は私のものだわ。今までも、……」
「これからもと言わないだけの分別はあるんだな」
「言ったでしょう? 自分のした事はわかっています」
「つまり自棄を起こしたのか。それでぶち壊してやろうって?」
虫唾の走る女だ。
だが、同情すべき点はある。
これだけの美貌と血筋に恵まれながら求婚を断り続けている理由は、自身が爵位を継ぐというだけでなく、その性的趣向にあるのだろう。
「君は間違ってるよ」
「あなたの理解は求めていません」
「誰の理解も得られないだろう。本当に愛しているならオリヴィアを無残に傷つけはしないはずだ。君は結局、自分を愛しているんだよ。オリヴィアが誰かに奪われるのが恐いかい? でも、オリヴィアは人形じゃないんだ。君のものじゃない。今までも、これからも」
「自分だっていやらしい目であの子を狙っているくせに」
「君の理解は求めていない」
うまく同情が示せなかった。
モイラの敵意は、私が胸に秘めたオリヴィアへの好意を嗅ぎつけたからに他ならない。だが昨夜のように、誘惑を用いる気はないようだ。誘惑だったのかさえ怪しい。
自棄になって、オリヴィアの婚約者を誑かしただけだ。
レニー・ストックウィンを失格させるために。
自らを破滅に追い込んでまで、オリヴィアの結婚を阻止したかったのか。
それとも、ただ理性を失った強欲な愚者か。
せめて前者である事を祈る。
「君は、同じ趣向の相手を見つけて、愛を育むべきだ。むりやり所有する事も、相手を作り変える事もできないのだから」
「あなたの指図は受けません」
モイラは去った。
執務室に入ると、苛立つ姉を義兄が扇子で扇いでいるところだった。
「お喋りは楽しめた? シャロン」
「まあまあですね」
「凄かったよ。ヴァレンティナは口ひとつで戦艦を沈めた」
義兄がゆるく首をふり、感心している。
フラムスティード領は海に面していて、伯爵は戦艦を所有している。
国の要所でもあるフラムスティード伯領の、未来を有望視されてきた令嬢がやらかした不祥事。それが今後どのような波紋を生むか、想像してもあまり楽しくはない。
「義兄上の処にまず謝罪に来る辺り、フラムスティード卿は筋の通った方ですね」
「今後もう二度と招待しないわよ」
「性癖は親のせいではないですよ、姉上」
「ひん曲がってるのは性癖じゃなくて根性でしょ」
「君たちの会話はいつ聞いても飽きない」
義兄はまだ感心している。
これくらいおっとりしている人でないと、姉を受け止められないだろう。間を取り持って、本当によかった。正反対のふたりは本当に仲良くやっている。
「それで、どうなりそうです?」
姉に尋ねた。
「母親のほうにも爵位を継がせないよう全部話すんですって。まあ、当然よね。女伯爵をやれる器じゃないわよ」
「そういう姉上はあくまで侯爵夫人ですからね。あまり暴れるもんじゃありませんよ。その美貌もいずれ老いに負けて、ただの意地悪な魔女みたいになるんですから。今のうちに力技以外も磨いておかないと、目も当てられなくなりますよ」
「誰の味方なの、シャロン」
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これを相手にしているのだ。
拗らせた小娘なんて、わけもない。
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