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5 歪な契約

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 見送りに出た私を、グリフィスの使用人たちは心配してくれた。


「お嬢様、くじけないでください」

「お嬢様、いつでもパンや干し肉をお届けします」

「お嬢様、グリフィス様を信じてください」
 
「お嬢様、いっそ一緒にいらしては?」


 グリフィスが私の手をそっと包んだ。


「ねぇ、カリーナ。いっそうちの子になちゃうぅ~?」

「……」


 モジモジしている。
 厚意はありがたいけど、それはキモい。


「駄目よ。お母様を残して行けないわ」


 それは本当。


「うん、そうよねぇ。くっそ。エミールさえ帰って来なければ……」

「グリフィス……」


 当然、兄とグリフィスも幼馴染なのだ。
 たしかにグリフィスがレディになったのは大事件だった。けれど、兄の態度は酷すぎる。


「ごめんなさい。お兄様が失礼な事を言って」

「あぁん、いいのよぅ。あなたが謝る事じゃないわ。ねぇ、カリーナ」


 グリフィスの声が、静けさを帯びる。
 それがたぶん本来の彼の声に近いのだと思う。

 見た目が美女で、凄い違和感。

 
「ちゃんと待ってて。出直してくるから」

「ありがとう」


 目に映る姿が異様であっても、彼は……信頼できる。


「がんばるわ」

「食べ物の詰まった樽は、あなたへの贈り物よ。いいわね?」


 兄に対する敵意が窺える。
 少し笑ってしまった。


「じゃあね。愛してるわ、カリーナ」


 グリフィスが額にキスをして、馬車に乗り込んだ。
 こうして、奇妙だけど頼れる幼馴染は去っていった。

 私は兄を探した。
 父の執務室で、土地関係の書類に目を通しているところだった。


「お兄様。さっきのはなんなの?」

「口を慎め」

「お兄様がイモを茹でてくれたら、なんでも言う事を聞くかもね」

「……」


 兄がゆっくりと目をあげた。
 私を見据えたその眼差しには、兄としての優しさが垣間見えた。意外だった。


「カリーナ、すまなかった。苦労をかけた」

「ええ……」

「もう惨めな思いをする必要はない。僕が算段をつけた」

「え? どういう意味?」


 詰め寄っても、兄は落ち着いていた。


「破産したのよ? どう算段をつけたって言うの?」


 兄は唐突に、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 それも、私にとっては、意外だった。

 兄は信じられない理由を語った。


「ヘーグリンド伯爵家はムンディ伯爵家と友情によって結ばれたのさ。これからはムンディ伯爵の庇護を受ける事になる。また贅沢に暮らせるよ。元通りだ」


 そう言って、兄は身を乗り出して、私の頬をツンと突いた。
 

「!」


 なぜか、ゾッとした。

 そして私の勘は正しかった。
 数日後、ムンディ伯爵がやってきたのだ。

 そしてヘーグリンド伯爵家を支配した。
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