お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ

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25 私を見つけた人(※リヴィエラ視点)

 まったく寝付けずに自己嫌悪に浸っている。

 私は愚かで、無力で、なんて恥知らずだろう。
 そう思うことすら、自己嫌悪そのものが、甘い自己憐憫のように思えて、私は私が以前より嫌いになった。

 しっかりしなくては。
 だけど、私はもうわかっていた。

 私は、ソニアのようにはなれない。
 

「?」


 ノックの音。

 こんな夜中に尋ねてくるのは、ソニアしかいない。
 私はガウンの前を整えながらすぐ扉に向かい、疑う事なく開けた。


「!」


 そこに立っていたのは、ソニアではなかった。
 同じように夜着にガウンを羽織った、マックスだった。

 
「……」


 驚きすぎて、不作法に見つめてしまう。
 マックスの髪が、いつものように整えられてはいない。さらりと目にかかる前髪が、彼の顔に影を落とす。

 燭台の灯に照らされて、彼の表情はいつもよりうつろいやすく見えた。


「あ……」

「リヴィエラ」

「申し訳ありませんでした……今日は……本当に……」


 私の行いがあまりにも頭に来て、眠れない夜を過ごさせてしまったのだろうか。それは思い込みで、彼は彼で、昼間行えなかった政務を片付けたために夜が更けてしまったのかもしれない。
 いずれにしても、私は謝る以外、すべきではない。


「リヴィエラ」


 彼の声は、夜中とあって秘めやかだった。


「……はい」


 2回も名を呼ばれたし、ちょっと挨拶に……という時間でも間柄でもないのだから、話があるのだ。

 でも、夜中で、お互いに就寝前の姿で、私が部屋に招き入れるというのはおかしい。

 実際、私たちは戸枠を挟んで向かい合ったまま。
 マックスも入ってこようとはしない。


「今日の事は、私がいけなかった」

「えっ?」


 彼の口から思いがけない言葉が飛び出て、呆気にとられた。


「あなたが責任を感じる事はないと、明確にしておくべきだと……こんな時間にすまない」

「いえ……、?」


 どう考えても、私が浅はかだった。
 戸惑いは私に、わずかな理性を呼び戻させた。


「いいえ。こちらこそ、こんな時間まであなたを……とにかくごめんなさい」

「リヴィエラ」

「いえ。あなたの言う通りだったんです。私は赤子で、柵から落ちて泣いたんです。身の程を弁えるべきでした」

「だからそれは、私が首も座らない赤子を無理に歩かせ、早すぎる玩具を与えようと……否、あまり適切な例えじゃないな」

「そうでしょうか。仰る通りです。私は、自分にできないような事まで、できると思い込んで、あなたにわがままを言って、お手を煩わせてしまった。私は──」


 そこまで言った時、マックスが手を差し出した。
 片方の手では燭台を持ったまま、空いた手を、私に……
 

「?」


 握手の形で。
 

「……」

「……」


 沈黙と、差し出された手に戸惑いながら、私は彼の手を握り返した。そうしなければ時が止まりそうで。


「ぁ……」


 彼の手は、予想よりずっと、あたたかかった。


「リヴィエラ」


 大きな手が私の手を優しく包んだ。
 それが握手の形だから、なぜか、嬉しかった。


「あなたを赤子に例えたのは、適切ではなかった。私が言いたかったのは、あなたは赤子のように無力で弱く、赤子のように穢れを知らない清らかさを持っているという事だ。この世は、あなたが生きるには厳しすぎる」

「……」

「要するに、あなたのわかる言葉で言うならば、神は、あなたに強さを与えなかった分、人より大きな善き心を与えた。あなたが善き心を美しく保ったまま強くなれればそれに越した事はないが、私は無理だと思う」

「……はい」

「長い目で見れば少しは期待できる」

「は、はい」

「そのためには、あなたの義の炎を守るガラスが必要だ。あのガラスがなければ簡単に吹き消されてしまう小さなランプの灯が、どれだけ暗闇で頼りになるか。まさしく、絶望の底で神が与えた小さな希望の光だ」


 フッ、と。

 マックスが燭台の灯を吹き消した。


「! ……」


 私たちは、暗闇に包まれた。


「私は、あなたのガラスになる。檻でも柵でもなく、あなたの光を届けるための分厚いガラスに」

「……っ」


 その囁きが、私の心に火を灯した。

 彼は優しく手を握ったまま、暗闇の中で、更に優しく囁いた。


「今後もあなたがしたいと思う事をすればいい。だが、現実的な方法や危機管理など、必ず私に従ってほしい。素直に守られてくれ。私は、あなたの力になると誓う」

「……」


 胸が熱くなり、なにも答えられずにいた。
 彼は、握り合った手を、こどもをあやすように軽く振った。


「以上だ。おやすみ」


 するりと離れていく指を、恋しくは思わない。
 それより、彼が握ってくれた自分の手を、抱きしめた。

 暗闇の中でも恐くない。
 光に、貫かれたようだった。
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