とあるネコのひとりごと

志野まつこ

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<上> オレ様はネコである。

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 オレ様は胴の長いネコである。
 BL的比喩などではない。

 ブサかわいいネコを模した抱き枕で、商品名はまんま「ブサカワにゃんこ抱き枕」。
 カタログの定価は3380円だったが「ブサ」部分のレベルがニッチ過ぎたのか売れ残り、大手ショッピングサイトのタイムセールで900円の処分価格にされた。
 ……まあいい。
 使ってもらえる事こそが存在意義である。
 自分でも三千円越えは無理だと思うし。

 そして同梱仲間はなんと!
 バイブ1本と100個入りの業務用コンドーム。
 こ、これは……!
 動けないがお互い顔を見合わせたね。
 100個入り業務用コンドームのクチコミ欄は「オナニー用」という単語のオンパレードだ。

 エロエロな女の子に間違いない!
 ひゃっはー!
 待ってな寂しがりのカワイコちゃん!
 俺達が安眠をお届けするぜ!

 ※ ※ ※

 みんなの味方、猫キャラクターの配送業者に運ばれて着いた先でインターホンを鳴らすドライバーの兄ちゃん。
 一度目の宅配では留守だったので今回二回目の配達になる。
 お疲れだったな。
 どうも外の会話からすると『精密機器』と貼られてるらしく箱を落としかけて慌ててたけど、安心しな。
 俺の類まれなるクッション性がみんなを守ったからよ。
 宅配の兄ちゃん、世話になったな。
 俺はこれから新しいご主人様のもと、めくるめく官能の世界で幸せに生きて行くぜ。

 インターホンに応答したのは実にしっとりとしたいい声の男だった。
 ……ホワイ?
 堂々とした購入品目、とくに「初心者も安心・彼氏サイズ」の売り文句のバイブのチョイスから勝手に一人暮らしの女子大生かOLさん系だと思い込んでいたが、家人がいることもあるか。
 だが父親にしちゃ若い気がする。
 旦那か?
 なるほど人妻か。
 それはそれでイイ。若い娘とはまた違った魅力に溢れた響きがある。夜の生活が物足りない人妻。最高の響きだ。
 彼氏だとしたら。
 彼女はお前のじゃ満足できないって俺達一式をお買い求めですよ、ぷーくすくす。
 ニヤつく俺達の上空で声が響く。 

「サトウ ハルカさんのお宅でお間違いないでしょうか?」
 なるほど、ご主人様はハルカちゃんと言うのか。
 まだハルカちゃんは不在なのか?
 もしこの男がこのパンドラボックスを開封したら……ハルカちゃんに代わって緊張が走ったが俺達を受領した男は箱を室内に運んだあと、開けようとはしなかった。
 ふむ、プライバシーに気を遣える男のようだ。

 ウキウキわっくわくでおとなしく待つ俺達。
 しばらくすると玄関のドアが解錠される音が聞こえた。
 ついにハルカちゃんのお帰りらしい!

「ただいま」
 ハルカちゃん、恐ろしくハスキーボイスだな。
 これまた別の住人か?

 と思ったらやっぱりご本人だったようでハルカちゃんは俺達の入った箱を別の部屋に運んだ。
 まぁ他人のいる所では開けづらい面子だ、俺達もじっと待つ覚悟は出来ている。
 それからしばらくは真っ暗闇の中、遠く微かに聞こえる生活音に耳を澄ました。
 やがてバリトンボイス男は風呂に行ったらしい。
 ドアの開く音がした後、ついに俺達の封印は解かれた。

 ……
 マッシュルーム妖怪と目が合った。
 長すぎる前髪のせいで目元が見えない。それなのに確実に目が合っているというこの感覚。
 怖すぎる。ナニこのミステリー。恐怖体験なんですけど。

 ていうかハルカ、やっぱり男じゃねぇかぁぁぁぁ!
 俺はオス猫を意識してデザインされたせいで趣味嗜好および思想が男寄りなんだよ!
 くっそ!
 婦女子の股ぐらに挟まれて一生を終える人生設計が!

 薄々覚悟はしてたよ?
 してたけどさ、こんな俺を選ぶくらいだ。
 せめて可愛い系男子かと思うだろ?
 それが二十代後半であろうマッシュルーム頭のぱっとしない男って!
 目を出せ! 目を! なんだその前髪。長すぎるだろうが!
 ああもう、てめー動物デザインなんて選んでんじゃねーよ!
 シーツみたいなカバーのついた色気もくそもねぇ高級抱き枕買えよ!
 期待してマジ損したわ。

 ゴム達は「なるほど、男同士ならなおのこと俺達が必要だな! 俺達が守ってやるぜ!」となにやら不可解な闘志を燃やしてるが何で男同士になるんだよ。
 そんなゴム御一行様に触発されたのかバイブまで「おのこそれがしをご所望とはかなりの玄人くろうととお見受けした。相手にとって不足はなし。某、そこにある穴を善がらせるまで。泣きわめこうが手加減はいたさぬぞ」と謎の闘志を燃やし始める。

 いやいや、何バイブも男犯す気満々になってんだよ。
 あのマッシュルームが彼女に使うんだろ?
 ……もっさりマッシュルームに彼女……?
 あ! 出張してくれるお姉さんとか!
 現にあいつらはクローゼットの奥の方にしまい込まれたようだ。すぐに使う予定はないらしい。
 あー、でも最近はアナニーなんて言葉もあるくらいだもんなー
 えーどっち?
 どっちで何が正解なんだ? マッシュルーム。

 それにしてもバイブはモロ男性器型だから男寄りの思想だろ? お前は怒ってもいいんじゃねーの? なんでそんなに柔軟なんだよ。あ、シリコン製だからか?
 でもまぁ……
 倉庫でくすぶってるよりはいいのかもしれないけどさ。
 生み出されたものの最悪は人手に渡ることもなく廃棄される奴だっているんだ。
 まあいい、俺は安心と安眠を与えてやるよ。

 微かな可能性に一縷の望みを賭ける中、俺は枕に頭を乗せるようにしてベッドにそっと置かれる。
 抱き枕たる俺が枕に頭乗せるって。
 すんません、枕パイセン。
 まぁ生き物の模った奴としか会話できないからパイセンとは話せねーねだけど。
 そうなるとバイブはともかくゴムも人型認定なのかー

 ……てか枕二つ並んでますわ。
 ベッド、大きいですわ。
 でもってこの家、あいつらの声しかいないんだよなー
 ふとマッシュルームハルカは俺を抱え直す。
 難しい顔でなにやらじっと俺の顔を見詰めた後、今度はドアの方を向けて二つ並んだ枕と並行に俺を置く。
 まるで寝室に入ってきた人間を見張らせるように。
 そんな俺をハルカはしばらく眺め、満足したように頷いて部屋を出て行った。
 ……わっかんねーわー

 ※ ※ ※

 次に部屋に入って来たのは俺達をドライバーから受領したバリトンボイス男。
 入って明かりをつけるや否や俺と目が合ってびくりと固まる。
 ……やっぱりお前もここに寝るのね?

 初めましてー
 今晩からお世話になりやーす。
 邪魔してすんまっせーん、ってこっちも不本意だからな!?

 風呂上がりのまだ黒々とした染めていない髪の毛が乾ききっていない様子の男は三十代後半くらいか。
 あーもー! おっとこ臭ぇなー
 ぎらついてるわー
 さぞかしお仕事が出来るんでしょうなぁ!
 あ、その壁のスーツお前さんの?
 さぞスーツ姿でOLさんきゃーきゃー言わせてるんでしょうなぁ!

 お? なんだ? やんのか?
 男くさいそいつはなぜかおずおずと俺に手を伸ばす。
 やめてぇぇぇ、触らないでぇぇ! 
 俺の両頬に両手を添えてじっと刺繍された俺のつぶらとは言えない三白眼の目を見詰められる。
 え? これってキスの構え?
 は!! もしかしてアンタが俺使うの?
 のぉぉぉぉぉぉっぉ!

「キモかわいいだろ」
 そんな言葉で男の動きを止めたのはハルカだった。
 ふー、助かったぜ。
 孕まされるトコだった。
 え、てか俺、キモ可愛いなの?
 ブサかわいいじゃなく?
 その辺り似てるけどカテゴリーは全然違うからな?
 だから売れ残ってたってこと?

「タイムセールで衝動買い。じわじわ来るだろ」
 俺が覆されかけている己のキャラクター性に動揺している中、ハルカはおかしそうに言って俺をまた縦に置き直した後、俺の隣に横になった。

 俺はその夜ハルカに抱えられてひどく安堵した。あの男くさい野郎に使われるのはどうも抵抗がある。
 初めての使用に慣れなかったのだろうハルカは何度もごそごそと動いて「ジャストな位置」を探し、そんなハルカの向こう側で黒髪の男は静かな寝息を立てている。

 こうして男三人で一つのベッドを使う日々が始まった。
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