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そんな未来も……(ifです)3
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私がルーファスを抱いても、きっと自分は私の妻に相応しくないと、また逃げてしまうだろう。だから、私は時間をかけてルーファスを説得せねばならないのだ。それは、一年やそこらかけて行う他国との交渉よりも困難だと思われた。
私は、膝を折りルーファスを見上げた。緑の瞳は、ルーファスの性格そのままに、美しく穏やかだった。
「クリス様?」
「私の妻になって欲しい――」
その瞳が瞬く。
「その話は……」
「お前がいいんだ。三年前、確かに私はロッティに婚約を申し込んだ。そのロッティは、恥ずかしがり屋で、可愛くて、私が口付けると直ぐに私の腕の中で蕩けてしまう男だった。私が夢中になるのに時間なんか掛からなかった。……お前だと思っていたんだ。あの時、もう兄上には子供が出来る予定だったから、私は男でも女でも結婚出来ると思っていた」
「でもあなたは、ロッティと口付けしてました……」
一度だけ間違えてローレッタに口付けしたことを何故かルーファスは知っていた。
「お前だと思ったんだ。会えなくて、辛くて、そんなときにお前が現れて……。私は少しも気付かなかった――」
「貴方たちが口付けしているのを見て、俺は諦めたんです……」
ルーファスの目に涙はなかったけれど、泣いているように感じた。
「間違った私を、許せないか?」
「許せないと言ったら、俺を帰してくれますか?」
ルーファスの口調が、私から俺に戻っていた。普段はきっと俺のままなのだろう。
「帰せないな……。一生かけて、償わせてくれないか」
私の困ったような声を聞くと、ルーファスは動揺してしまうようだった。それとも言葉にだろうか。
「そんな――、一生なんて……」
「一生お前に謝罪していく人生なんて、やりがいがあるだろう?」
「やっぱりクリス様は、俺をからかっている――」
穏やかなだけだった瞳に強い意志が現れる。
「良かった――。お前は自分のことでは怒らないから、心配だった」
「クリス様?」
「なら、お前に一生愛を囁くことの出来る人生と言えばいいか? どうだ、楽しそうだろう?」
「でも俺みたいなの、護衛にしか思われませんよ」
ルーファスは知らないのだろう。宮廷に伺候する貴族の二割ほどは同性結婚で、それこそおっさんとおっさんの夫夫だって普通にいるのに。
「お前が嫌なら、私は王弟の位を返上して、ただのクリストファーになってもいい。お前がいれば、それでいい――」
真っ赤になったルーファスに、やっと私の気持ちが伝わったと安心した。
「どうして――」
「お前が愛おしいのがそんなに変か?」
「変です!」
間髪いれず答えるルーファスの唇に下から口付けた。
「んっ……」
ルーファスは、やがて目を閉じた。諦めたのか納得したのかはわからないが、私に応え始めた。
「愛してる――」
筋肉質な身体を抱きしめると、ルーファスは「俺も。あなたを忘れたことなどありません。こんな姿になった俺をあなたに見られると思うと、足が竦んで震えました。でもあなたに会えると思うと、我慢出来なかった――。誰かがあなたの隣にいても構わないから、最後に一目会いたかったんです」と告げた。
キューと切なげに腹の音が聞こえて、私は笑わずにはいられなかった。
真っ赤になった私の天使は、大天使となって私の元に戻ってきた。私は満足げに微笑んでいた。
「ん……お腹空いた……」
キューキューと聞こえる音に私の意識が浮上する。私の胸に頭を付けて眠る天使のお腹の音だった。
「ルー?」
本人の代わりにお腹が鳴った。そうだった、昨日の夜は『クリストファーは、本当に俺の筋肉嫌じゃない? 本当は嫌なの我慢してるんじゃない?』とルーファスが不安そうにしていたから、愛の証をたてたのだ。食事も忘れて、抱き潰したルーファスが、お腹が空いたと寝言で言っているのを聞いて、笑いがこみ上げた。
「お前が思っている以上に、私はお前を愛している」
夢の中のルーファスは、今のルーファスと比べものにならないくらい筋肉の鎧をまとっていたし、身長も私より高かった。私が抱かれてもおかしくないくらいの巨躯だったのに、私はルーファスに愛を囁いていた。
起き上がると、ルーファスが目を覚ました。
「おはようございます……」
「おはよう、私が囓られないうちに食事にしようか」
ルーファスの頬に口付けて立ち上がると、ルーファスは困ったように微笑んで「先に行ってください」と言う。
「どうした?」
「いえ、少し身体が……」
無理をさせた自覚はあった。
ルーファスを抱き上げると、「大丈夫です。ゆっくり行きますから。俺、重いし……」と遠慮しようとする。
「ふふっ、お前に夢の話をしようか。軽いよ、お前くらいなら抱き上げられるから安心しろ」
食事をしながら、ルーファスに夢の話をすると、絶句していた。
「だから筋肉がついてきても心配しなくていい」
「クリストファーの許容範囲、広いですね」
ルーファスは、困惑していた。
「夢の中のお前は、身体が大きくて、頼りがいがあった。けれど、私の口付けに弱いところは一緒だったんだ」
結局のところ、ルーファスが私の口付けに蕩ける顔が好きなのだ。
「んぁ……、駄目――です……。食事が――」
もっと食べたいと、お腹が鳴る。ルーファスの三大欲求の一番は、性欲ではなく食欲のようだった。
私の笑い声が部屋一杯に響いた――。
〈 Fin 〉
私は、膝を折りルーファスを見上げた。緑の瞳は、ルーファスの性格そのままに、美しく穏やかだった。
「クリス様?」
「私の妻になって欲しい――」
その瞳が瞬く。
「その話は……」
「お前がいいんだ。三年前、確かに私はロッティに婚約を申し込んだ。そのロッティは、恥ずかしがり屋で、可愛くて、私が口付けると直ぐに私の腕の中で蕩けてしまう男だった。私が夢中になるのに時間なんか掛からなかった。……お前だと思っていたんだ。あの時、もう兄上には子供が出来る予定だったから、私は男でも女でも結婚出来ると思っていた」
「でもあなたは、ロッティと口付けしてました……」
一度だけ間違えてローレッタに口付けしたことを何故かルーファスは知っていた。
「お前だと思ったんだ。会えなくて、辛くて、そんなときにお前が現れて……。私は少しも気付かなかった――」
「貴方たちが口付けしているのを見て、俺は諦めたんです……」
ルーファスの目に涙はなかったけれど、泣いているように感じた。
「間違った私を、許せないか?」
「許せないと言ったら、俺を帰してくれますか?」
ルーファスの口調が、私から俺に戻っていた。普段はきっと俺のままなのだろう。
「帰せないな……。一生かけて、償わせてくれないか」
私の困ったような声を聞くと、ルーファスは動揺してしまうようだった。それとも言葉にだろうか。
「そんな――、一生なんて……」
「一生お前に謝罪していく人生なんて、やりがいがあるだろう?」
「やっぱりクリス様は、俺をからかっている――」
穏やかなだけだった瞳に強い意志が現れる。
「良かった――。お前は自分のことでは怒らないから、心配だった」
「クリス様?」
「なら、お前に一生愛を囁くことの出来る人生と言えばいいか? どうだ、楽しそうだろう?」
「でも俺みたいなの、護衛にしか思われませんよ」
ルーファスは知らないのだろう。宮廷に伺候する貴族の二割ほどは同性結婚で、それこそおっさんとおっさんの夫夫だって普通にいるのに。
「お前が嫌なら、私は王弟の位を返上して、ただのクリストファーになってもいい。お前がいれば、それでいい――」
真っ赤になったルーファスに、やっと私の気持ちが伝わったと安心した。
「どうして――」
「お前が愛おしいのがそんなに変か?」
「変です!」
間髪いれず答えるルーファスの唇に下から口付けた。
「んっ……」
ルーファスは、やがて目を閉じた。諦めたのか納得したのかはわからないが、私に応え始めた。
「愛してる――」
筋肉質な身体を抱きしめると、ルーファスは「俺も。あなたを忘れたことなどありません。こんな姿になった俺をあなたに見られると思うと、足が竦んで震えました。でもあなたに会えると思うと、我慢出来なかった――。誰かがあなたの隣にいても構わないから、最後に一目会いたかったんです」と告げた。
キューと切なげに腹の音が聞こえて、私は笑わずにはいられなかった。
真っ赤になった私の天使は、大天使となって私の元に戻ってきた。私は満足げに微笑んでいた。
「ん……お腹空いた……」
キューキューと聞こえる音に私の意識が浮上する。私の胸に頭を付けて眠る天使のお腹の音だった。
「ルー?」
本人の代わりにお腹が鳴った。そうだった、昨日の夜は『クリストファーは、本当に俺の筋肉嫌じゃない? 本当は嫌なの我慢してるんじゃない?』とルーファスが不安そうにしていたから、愛の証をたてたのだ。食事も忘れて、抱き潰したルーファスが、お腹が空いたと寝言で言っているのを聞いて、笑いがこみ上げた。
「お前が思っている以上に、私はお前を愛している」
夢の中のルーファスは、今のルーファスと比べものにならないくらい筋肉の鎧をまとっていたし、身長も私より高かった。私が抱かれてもおかしくないくらいの巨躯だったのに、私はルーファスに愛を囁いていた。
起き上がると、ルーファスが目を覚ました。
「おはようございます……」
「おはよう、私が囓られないうちに食事にしようか」
ルーファスの頬に口付けて立ち上がると、ルーファスは困ったように微笑んで「先に行ってください」と言う。
「どうした?」
「いえ、少し身体が……」
無理をさせた自覚はあった。
ルーファスを抱き上げると、「大丈夫です。ゆっくり行きますから。俺、重いし……」と遠慮しようとする。
「ふふっ、お前に夢の話をしようか。軽いよ、お前くらいなら抱き上げられるから安心しろ」
食事をしながら、ルーファスに夢の話をすると、絶句していた。
「だから筋肉がついてきても心配しなくていい」
「クリストファーの許容範囲、広いですね」
ルーファスは、困惑していた。
「夢の中のお前は、身体が大きくて、頼りがいがあった。けれど、私の口付けに弱いところは一緒だったんだ」
結局のところ、ルーファスが私の口付けに蕩ける顔が好きなのだ。
「んぁ……、駄目――です……。食事が――」
もっと食べたいと、お腹が鳴る。ルーファスの三大欲求の一番は、性欲ではなく食欲のようだった。
私の笑い声が部屋一杯に響いた――。
〈 Fin 〉
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