俺の名前を呼んでください

東院さち

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そんな未来も……(ifです)2

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「何か他に言いたいこと、聞きたいことはあるか?」

 暴言でもいい、何かルーファスの心を知るものが欲しかった。

「いいえ、ローレッタと幸せに――」
「ローレッタ? お前は何を言っている」
「は? いえ、あの家族の慶事があるから迎えにきたと聞いたので、てっきり。もう、ご成婚はされていたのでしょうか。それともローレッタではない、他の方と――?」

 ルーファスは、焦ったように私の顔を窺う。

「そうだな――、ロッティと呼んでいた」

 頬に触れると、ルーファスが瞳を見開いた。

「それは――」
「お前の名前は……ロッティではないのだろう?」

 唇を寄せると、ルーファスは慌てて立ち上がろうとした。肩を押して、ソファに再度座ることになったルーファスの膝の間に右足の膝を置いて、倒れ込むように唇を押しつけた。

「ク、クリス様っ!」

 何をされているのか、あの頃と同じようにわからないようだった。
 顔の横を両手で固定して、唯一柔らかそうな唇に喰らいつくと、ルーファスは私の身体を離そうとして、諦めたように私の服を握る。閉じられた瞳の奥が見たかった――。瞳に映る私は、きっと満足げに微笑んでいるだろう。

「ルーファス……、目を開けろ」

 私の舌がルーファスの舌に絡みつき、震えるそれを愛撫する。唇を離してそう命じると、ルーファスは喉を鳴らした。

「どうして――」
「どうして?」

 理由など簡単だ。私がルーファスに欲情したからだ。

「止めてください」

 ルーファスが私を拒否する言葉など聞きたくなかった。だから、再度唇を塞ぐ。私のことなど、その大きな手で払えば簡単に引きはがせるはずだ。

「んぅっ!」

 薄いシャツの上から胸をいじると、ルーファスはビクリと身体を跳ねさせた。

「女のような胸だ――敏感で膨らんでいる」

 口付けに酔うように頬を赤らめたルーファスは、昔とかわらず私の口付けが好きなようで安心した。

「それは、筋肉です――、柔らかくないでしょう」
「だが、敏感だ」
「あっ! 駄目です――、どうしてっ」
「どうして? 少しは自分で考えろ。何故、私がお前に口付け、筋肉で堅い胸を弄ってやり……こんなところを咥えるのか」

 ルーファスのソコは、勃っていた。それを口に含むと、ルーファスはたまらず横を向いた。

「お前は、挿れるほうか? 挿れられるほうか?」

 舌で見せつけるように嘗め上げると、ルーファスは「ああっ!」と声を上げて見ていられないというように私から顔を背けた。

「挿れるとか……そんな、ことっ」
「これだけ大きな身体になったんだ。それとも両方か?」
「あ、そこで喋らないで……ください」
「誰とやった? 何人と交わった――?」

 舌で先を、唇で中程を、付け根を指で達けないように締め付けて、私はルーファスに尋ねた。責めるような声にルーファスは、「あ、あっ、そんなことしてませんっ! や、もうっ達くっ」と泣きそうな声で私に告げた。

「そんなわけはないだろう――」
「私は勉強をしに――」
「お前の身体は、しなやかで、美しい――」

 この身体を味わうのに、躊躇う人間がいるだろうか。

「あっ、ああっ!」
 もがくように脚を震わせたルーファスの戒めをとくと、感極まったように声をあげ、飛沫を上げた。

「沢山、出したな」

 ポンポンと頭を叩くと、ルーファスは頬を染めたまま、「酷いです」と零した。

「そんなに私のしたことを怒っているのですか?」
「逃げたことか?」
「逃げたわけでは……」

 ルーファスは、立ち上がった私を上目遣いで見上げる。そんな表情は、昔と同じだった。

「来い。さすがにその身体を持ち上げる体力は私にはないからな――」

 自分よりも確実に体重は重いだろう。私が何を言いたいのか、ルーファスは気付くと悲しげに睫を揺らした。

「からかわないでください……。あなたには相手がいらっしゃるのでしょう? この離宮は結婚生活を送るために作ったのだと聞きました。きっと私がここにいるだけで不快な思いをされるはずです」

 何故そこだけ微妙に伝わっているのか、エルフラン達に聞きたい、問い詰めたい。

「ここにいる――な、妃が。頬を染めているのに、悲しげな瞳で私を映している」
「え?」

 ルーファスは、まさかという顔で、あちこちを見る。ここまで言っても自分のことだと気付かないのだ、相変わらず、鈍感だ。

「ルーファス、お前のことだ。私の妻は、お前一人だ――」
「どうしてそんな――」
「お前を誰にも渡したくなかった。だから、お前の了承なしに勝手に戸籍を移動させた」
「……馬鹿な、ことです――。こんな身体、妻になんて……護衛ならともかく。王太子様に男の妻など――」
「王太子の座は、一時的なものだ。兄に子供がいなかったからな。リーエントの次の誕生日に王太子を譲るからと神殿には了解をもらった。お前は、もう既に私の妻だ」

 勢いよく首を横に振るルーファスは、私を見ずに、床を凝視している。

「こんなに育つとは、思っていなかったのでしょう?」
「ああ、立派に育ったな」
「私は、成長するにしたがって、あなたの元から離れたのは良策だったと思いました。成長していくにつれて、きっとあなたは私のことを疎ましく思うだろうと……」
「何故?」
「何故、と聞きますか? こんな身体にあなたが……」

 床に水滴が落ちた。ポトポトと、幾粒も。

「ルーファス?」
「後悔などしていません。私は強くなりたかった――。神殿は私に沢山のものを与えてくれた。知識も、強さも、生きていく術も。クリス様、私は今は神官見習いですが、一月後、神官になります。そうなれば、俗世での戸籍は抹消されるでしょう。あなたの戸籍に傷はつきません。こんな護衛にしか見えないような妻では、あなたが笑いものになってしまう。だから……」
「誰も彼も私の戸籍を気にしてくれるのだな――」

 ルーファスを妻にしたことで笑いものになるだと? そんなことのために私は、捨てなければいけないのか? この生真面目で純粋な男を。初めて愛しいと思ったこの大きな可愛いルーファスを?

 馬鹿にされたものだと、鼻で笑ってしまった。酷く嗜虐的な気持ちになった私は、大事なルーファスをめちゃくちゃにいじめたくなってしまった。

「一月後、そうだな、戸籍が綺麗になるというのなら、それまでの間、私に妻として奉仕してもらおうか――」
「クリス様――?」
「私の子種を孕むほどに与えてやろう。栓をして、連れ回して、お前の醜態を皆で笑ってやろうか――。一月も抱けば、お前の中は私の形に仕上がるだろう」

 ヒュッっと息を飲み、青ざめたルーファスの頬を撫でる。
 私の怒りが言葉ににじみ出ていて、本気に思えるだろう。

「どうして……」

 ルーファスは、わからないのだ。両親からの愛を与えられなかったから。そして、私が間違え、傷つけたから。

「私を覚えて、失ってしまえば狂うほどになればいい――。そうすれば、お前は私から逃げることが出来ないだろう?」

 目尻に溜まっている涙を唇で拭うと、ルーファスは呆気にとられた顔を私に向ける。

「クリス様?」
「お前がどう思っているかは知らないが、私はお前のことを愛している――。私は今まで、欲しいと思って手にいれられなかったものは、お前しかいないんだ。諦めろ、誰よりも私は強欲だ。誰にもお前をやるつもりがないんだ、たとえそれが神様だったとしても――」

 グイッと顎を持ち上げ、荒々しく口付ける。戸惑うルーファスの口の中を責めた。
 ルーファスは与えられるものを大人しく受け入れる。逆らうことを恐れているのか、私への愛情がまだあるのか、私には想像することしか出来ない。
 私のことを気遣っているようで、本当はもう私の側にいるのが嫌で神官になるというの
なら、私を撥ねのけ、逃げればいい――。逃す気は毛頭ないが。

「クリス様……っ!」
「こんな場所で抱かれたくなければ、ついてこい。それとも、お姫様抱っこがいいというなら」
「歩けます……」

 立ち上がった瞬間、めまいを起こしたようにフラリと揺れたルーファスを支えると、恥ずかしそうに「口付けは手加減してください――。酔ってしまいます」と微笑んだ。
「余裕だな――」

 笑顔は穏やかで、どこかしら余裕があるように見えた。私など、いつでも振り切れるからかと思うと少し面白くない。

「嬉しくて――」

 ルーファスを傷つけるようなことばかり言っているのに、嬉しいと言う――。

「何故お前は――、私を恨んでいるだろう」

 三年前のこともそうだが、今回のこともルーファスの気持ちなど無視している。
 あのとき、何故ルーファス自身に言わなかったのだろう。
『お前のことを愛しているから、お前の全てが欲しい。成人したら私の妻になってくれないか』

 そんな簡単なことを――。

 私は驕っていたのだ。自身が王族であるという身分、確固たる地位、兄や母以外に私を諫めることの出来る人間はいなかった。
 初めて自分の思い通りにいかないことにぶつかり、困惑した。それでも、三年経てば、やはり私の望むままにルーファスを妻に出来ると、思っていたのだ。
 ルーファスは、私の望み通り寝室に着いてきた。物珍しそうに、あちこちを眺めている。ここは夫婦の寝室だから、居心地のいいように作ったつもりだ。

「何か飲むか?」
「……喉が渇いているので、水もらっていいですか? 緊張してしまって」

 酒でもどうかと誘ったつもりだが、ルーファスの辞書に酒はないようだ。
 いや、酒なんか飲んだ日には、私の理性が持ちそうにない。

「今用意させよう。お腹は空いていないか?」

 ルーファスの返事の代わりにお腹が鳴った。

「あ、申し訳……」
「いい――。お前は変わらないな」
 くくっと笑うと、ルーファスは困ったように俯いた。その旋毛にチュッと口付けると、ルーファスは顔を赤くして、「クリス様も……」と呟いた。

 慌ててやってきた侍女に食事の用意とエルフラン達への伝言を頼んだ。

『私は小鳥を逃がさない』

 ルーファスが実はロッティでないとわかってから、ロッティと呼ぶのもはばかられて、よく小鳥ちゃんと呼んできたのだ。
「ルーファス、先に言っておきたいことがある」

 寝台のよこにあるソファを勧めて、私も横に座った。

「はい……」

 この穏やかな顔の下で、ルーファスはきっと色々と覚悟を決めているのだろうと想像ができた。
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