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聖夜 前
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「あ、雪……」
そっと掌を天に向け、白いフワフワしたものを受け止める姿は、まるで神からの贈り物を受け取る聖人のように清らかだ。
「頬が赤い」
神という存在がいるとすれば、そのまま攫われてしまうのではないかと馬鹿な想像もありえなくはないと心配してしまう私は、地上に繋ぎ止めようと手袋を外し、ルーファスの頬を両手で包んだ。
温かかったのか目を閉じて、ほぉと気持ちよさそうに息を吐くその唇に、思わず口付ける。
「クリストファー!」
逃げて、非難めいた声で私を呼ぶ声に口の端が上がる。
「どうした?」
「皆、見てる……のに」
違う意味で真っ赤になった顔は、バルコニーの下を見て私に訴える。
「そんな赤い顔で目を閉じるから、口付けをねだっているのかと……」
「ねだって……」
「愛する夫(つま)に期待されて応えないわけにはいかないだろう?」
「期待……」
ルーファスは、混乱しているようだ。どうも私の言葉の意味がわからないらしい。これは、後でゆっくり教えてあげよう。
「クリス!」
ビシッと私の尻のあたりで音がした。
「母上、もう子供じゃないんですから国民の前で鞭はやめてください」
「それはこちらの台詞よ。見えないようにやってるわ。もう、あなたときたら、ルーファスが可哀想でしょう。困っているじゃないの」
「いや、母上の鞭に怖がっているだけですよ」
母の鞭の音は、キレがあって慣れている私でもドキッとする。
「クリス、母上。そろそろ時間ですよ」
兄であるリチャード国王の制止で、私も母も神殿の鐘の始まりを厳かに聞いた。
鐘が鳴り終わると、一斉に国民達が期待の声をあげる。
「どうぞ。ルーファス様は、遠くの方に放って上げてください」
エルフランが、ルーファスに籠を差し出した。
「当たって怪我したりしないのかな?」
「放物線を描くといいですよ。女性はあまり飛ばせませんからね」
バルコニーの下の広場に集まった沢山の人達の嬉しそうな顔に励まされて、ルーファスは、その籠の中にある包みを放った。
「この中には、木の実とか少額のコインが入ってるんだよね?」
「ええ、ルーファス様の籠は、少し多めのコインが入っているので遠くまで飛ばせますよ。子供達にわたるといいですね」
エルフランの説明に、ルーファスは顔を輝かせた。
もちろん、私も男だから遠くの場所を狙う。集まった人が多いから、大臣達も投げているが、これは縁起物だから、やはり今年王族に仲間入りしたルーファスの包みをもらいたい人が多そうだ。この行事は、貴賤を問わないから、街の裕福な商人もいれば(縁起物なので欲しいらしい)、路上で暮らす親のいない子供達もいるのだ。
「でもどうして今日なのかな。新年の方がよくない?」
「ルーファスは何故だと思う?」
包みを投げながら訊ねると、「神殿関係の行事だから? 今日は、一年で一番日が短いから、神殿が祭る光の精霊が生まれ変わる日だと言われて……聖なる夜と呼ばれているね」と窺うように私を見る。
「光の精霊以外もいるだろう?」
「風の精霊は、一年に何度も生まれ変わるでしょう?」
「ああ、だが、今日は風の精霊が冬を纏う日だ。明日からは、雨が降れば雪になる。風は、冬を纏い、木枯らしを吹かせる。新年を祝う前に凍えてしまっては越せないからな。精霊達が生まれ変わる聖なる日に、少しでも新年を過ごしやすいように、木の実やコインを投げるんだ」
ハッと気付いたルーファスが、真面目な顔で包みを握る。
「俺、恥ずかしい。少し考えればわかるのに、何もわかってなかった。わかろうとしていなかった」
「ルーファス様は、伯爵家の子息ですから気付かなくて当然ですよ」
「飢えや寒さは、命に関わるのに……。お祭りだとしか思っていなかった」
視線上にある後ろのほうで拾う子供達は、寒そうな姿で必死な顔だ。ルーファスは、私達なら気付く程度に顔を強張らせているが、必死に笑顔を作っていた。これが、人々を哀れむための祭りでないと理解しているからだろう。
ルーファスの優しさと、生真面目さに自然と私の顔もほころぶ。が、それを見る大臣達の顔は、怖いものをみたようなものになっていた。
ルーファスを見習え。
私の瞳が冬の精霊よりも凍える冷気をまとったことに気付いた大臣達は、私から目を逸らし、一生懸命に包みを投げる。
「ルーファス、ほら見てみろ」
私の指さした方を見たルーファスが、「何故子供達を捕まえているの?」と訊ねた。
「これからの寒さは、半端じゃないからな。望む子供達は、孤児院に――。嫌がる子供達は、春まで寝床と食べ物をもらえる場所に連れて行くんだ」
「どう違うの?」
確かに、そう聞いただけではわからないだろう。
「孤児院は、勉強を習ったりも出来るけれど、規則がある。基本的に大人の言うことを聞かないといけない。でも大人達に傷つけられたりしてきた子供達は、それが嫌で逃げ出すんだ。だから、喧嘩とかさえしなければ、寝る時間も食べる時間も、途中で出ていったり戻ってきたりも自由になる施設を作ったんだ。知っている子供は自分でやってくるんだが、知らない子供は今日ここで捕まえて、連れて行く。そして自分達が過ごす場所があるということを知るんだ。だから、親がある子は、親と一緒にしか来てはいけないんだ、間違えて捕まえたら大事だからな」
「クリストファー、素晴らしいね」
「本当は、どの子も孤児院に来て欲しいんだがな。幸せになる権利は誰にでもある、と私は信じている」
ルーファスの瞳が眩しいものを見るように私に向けられた。
「うん、俺もそう思う!」
「ルーファスにも手伝ってもらおう」
「ありがとう」
そっと抱き寄せ、頬に口付けてもルーファスは逃げなかった。くすぐったいと身をよじって私の手を握り、手の甲にある指輪に口付ける。
「俺、クリストファーと一緒になれて幸せだよ」
恥ずかしそうに、皆に幸せをお裾分けしないとねといって包みを握る手を大きく振りかぶる。弧を描いて落ちた先には、子供達の笑顔があった。
そっと掌を天に向け、白いフワフワしたものを受け止める姿は、まるで神からの贈り物を受け取る聖人のように清らかだ。
「頬が赤い」
神という存在がいるとすれば、そのまま攫われてしまうのではないかと馬鹿な想像もありえなくはないと心配してしまう私は、地上に繋ぎ止めようと手袋を外し、ルーファスの頬を両手で包んだ。
温かかったのか目を閉じて、ほぉと気持ちよさそうに息を吐くその唇に、思わず口付ける。
「クリストファー!」
逃げて、非難めいた声で私を呼ぶ声に口の端が上がる。
「どうした?」
「皆、見てる……のに」
違う意味で真っ赤になった顔は、バルコニーの下を見て私に訴える。
「そんな赤い顔で目を閉じるから、口付けをねだっているのかと……」
「ねだって……」
「愛する夫(つま)に期待されて応えないわけにはいかないだろう?」
「期待……」
ルーファスは、混乱しているようだ。どうも私の言葉の意味がわからないらしい。これは、後でゆっくり教えてあげよう。
「クリス!」
ビシッと私の尻のあたりで音がした。
「母上、もう子供じゃないんですから国民の前で鞭はやめてください」
「それはこちらの台詞よ。見えないようにやってるわ。もう、あなたときたら、ルーファスが可哀想でしょう。困っているじゃないの」
「いや、母上の鞭に怖がっているだけですよ」
母の鞭の音は、キレがあって慣れている私でもドキッとする。
「クリス、母上。そろそろ時間ですよ」
兄であるリチャード国王の制止で、私も母も神殿の鐘の始まりを厳かに聞いた。
鐘が鳴り終わると、一斉に国民達が期待の声をあげる。
「どうぞ。ルーファス様は、遠くの方に放って上げてください」
エルフランが、ルーファスに籠を差し出した。
「当たって怪我したりしないのかな?」
「放物線を描くといいですよ。女性はあまり飛ばせませんからね」
バルコニーの下の広場に集まった沢山の人達の嬉しそうな顔に励まされて、ルーファスは、その籠の中にある包みを放った。
「この中には、木の実とか少額のコインが入ってるんだよね?」
「ええ、ルーファス様の籠は、少し多めのコインが入っているので遠くまで飛ばせますよ。子供達にわたるといいですね」
エルフランの説明に、ルーファスは顔を輝かせた。
もちろん、私も男だから遠くの場所を狙う。集まった人が多いから、大臣達も投げているが、これは縁起物だから、やはり今年王族に仲間入りしたルーファスの包みをもらいたい人が多そうだ。この行事は、貴賤を問わないから、街の裕福な商人もいれば(縁起物なので欲しいらしい)、路上で暮らす親のいない子供達もいるのだ。
「でもどうして今日なのかな。新年の方がよくない?」
「ルーファスは何故だと思う?」
包みを投げながら訊ねると、「神殿関係の行事だから? 今日は、一年で一番日が短いから、神殿が祭る光の精霊が生まれ変わる日だと言われて……聖なる夜と呼ばれているね」と窺うように私を見る。
「光の精霊以外もいるだろう?」
「風の精霊は、一年に何度も生まれ変わるでしょう?」
「ああ、だが、今日は風の精霊が冬を纏う日だ。明日からは、雨が降れば雪になる。風は、冬を纏い、木枯らしを吹かせる。新年を祝う前に凍えてしまっては越せないからな。精霊達が生まれ変わる聖なる日に、少しでも新年を過ごしやすいように、木の実やコインを投げるんだ」
ハッと気付いたルーファスが、真面目な顔で包みを握る。
「俺、恥ずかしい。少し考えればわかるのに、何もわかってなかった。わかろうとしていなかった」
「ルーファス様は、伯爵家の子息ですから気付かなくて当然ですよ」
「飢えや寒さは、命に関わるのに……。お祭りだとしか思っていなかった」
視線上にある後ろのほうで拾う子供達は、寒そうな姿で必死な顔だ。ルーファスは、私達なら気付く程度に顔を強張らせているが、必死に笑顔を作っていた。これが、人々を哀れむための祭りでないと理解しているからだろう。
ルーファスの優しさと、生真面目さに自然と私の顔もほころぶ。が、それを見る大臣達の顔は、怖いものをみたようなものになっていた。
ルーファスを見習え。
私の瞳が冬の精霊よりも凍える冷気をまとったことに気付いた大臣達は、私から目を逸らし、一生懸命に包みを投げる。
「ルーファス、ほら見てみろ」
私の指さした方を見たルーファスが、「何故子供達を捕まえているの?」と訊ねた。
「これからの寒さは、半端じゃないからな。望む子供達は、孤児院に――。嫌がる子供達は、春まで寝床と食べ物をもらえる場所に連れて行くんだ」
「どう違うの?」
確かに、そう聞いただけではわからないだろう。
「孤児院は、勉強を習ったりも出来るけれど、規則がある。基本的に大人の言うことを聞かないといけない。でも大人達に傷つけられたりしてきた子供達は、それが嫌で逃げ出すんだ。だから、喧嘩とかさえしなければ、寝る時間も食べる時間も、途中で出ていったり戻ってきたりも自由になる施設を作ったんだ。知っている子供は自分でやってくるんだが、知らない子供は今日ここで捕まえて、連れて行く。そして自分達が過ごす場所があるということを知るんだ。だから、親がある子は、親と一緒にしか来てはいけないんだ、間違えて捕まえたら大事だからな」
「クリストファー、素晴らしいね」
「本当は、どの子も孤児院に来て欲しいんだがな。幸せになる権利は誰にでもある、と私は信じている」
ルーファスの瞳が眩しいものを見るように私に向けられた。
「うん、俺もそう思う!」
「ルーファスにも手伝ってもらおう」
「ありがとう」
そっと抱き寄せ、頬に口付けてもルーファスは逃げなかった。くすぐったいと身をよじって私の手を握り、手の甲にある指輪に口付ける。
「俺、クリストファーと一緒になれて幸せだよ」
恥ずかしそうに、皆に幸せをお裾分けしないとねといって包みを握る手を大きく振りかぶる。弧を描いて落ちた先には、子供達の笑顔があった。
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