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第二十九話「大切な友人」
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◇◇◇
それから一週間後。
俺は学院に行ったあとグランと剣術を学ぶ約束をしていた。
剣術を練習する前に、剣を買いに行く約束もしている。
今日も重い教科書が入ったカバンを背負って教室に入ると、エシエルが待っていてくれたから隣に座った。
「グラン団長に剣術を教わるんですか!?」
「あ、ああ、そうだけど……ダメなのか?」
今日グランに剣術を習うことをエシエルに誰にも言うなよ、と口止めしたあと伝えたら、少し大きな声で叫ばれてびっくりした。
そんなに驚くようなことだろうか。
剣術が最強の団長から教わるんだし、特に驚くべきことでもないと思うんだけど……。
エシエルは言葉を選ぶように口を開閉させてから言う。
「グラン団長は、その……剣術を教えてくださいって頼まれても、断っているんですよ」
「まぁ、確かにグランと約束したとき、そんなことも言っていたな」
「それが、その……練習にならないからです」
「どういうことだ?」
「昔はグラン団長は剣術の練習をよく受け入れていたんですよ。でも、グラン団長と二人きりで練習してたら、何も起こらないはずないじゃないですか」
「? 何か起こるのか?」
何もわからなかったから俺が首を傾げて訊くと、エシエルは「もう! 鈍いですね殿下は!」と何故か怒り始めた。
「グラン団長のこと、学園のときに教えたじゃないですか。絶倫なんですよ、βだったら誰とでもえっちしちゃうんです! 王立騎士団のみなさんは剣術に長けていて、βからαの方しかおりません。αの騎士は団長に教えられなくとも自分で成長していきますが、βでは何度も壁を乗り越えなければなりません。そこでβの騎士たちはグラン団長に剣術のコツを教えてほしいと頼みこんだのですが……結局、快楽に負けて終わったんですよ」
「そ、そんなことが……」
「何度もそれが起こって以来、グラン団長は剣術を教えることをやめたんです。しかも、腰が抜けたり気絶するまでβの人とえっちしますし……殿下、本当に大丈夫なんですか?」
「俺は大丈夫だよ」
俺はキッパリと言い放った。
何故ならグランはβの男性にしか興味がない。
なら、Ωの俺には一つも興味が湧かないということだ。
だから剣術を教えてもいいですよと受け入れてくれたんじゃないか?
絶対に俺は襲われないと自信ありげに胸を張ると、エシエルは少し疑問の表情を浮かべた。
「ということは、殿下、性別はαだったんですか?」
「え……っ」
「絶対大丈夫という自信がありそうですし……少なくともβじゃないんですよね」
言葉に詰まってしまった。
学園の頃から仲が良いエシエルに、性別を教えないというのも気が引ける。
だけど、朝の賑わった教室では言えなかった。
黙っていると、エシエルは察してくれたのかにこりと天使のような笑みを浮かべる。
「……殿下が仰りたいときに、仰ってください。僕もいきなり性別を聞いてきて、失礼でしたよね。申し訳ありません」
「あ、いや……いいんだ。別に、エシエルを信用していないわけじゃない」
「ありがとうございます」
ごめん、エシエル。
エシエルはΩだって教えてくれたのにな。
教室の窓から日の光が零れる。
それがエシエルの細い髪を照らしていて、すごく綺麗だった。
昼休みになり、俺は廊下でエシエルと待ち合わせをして、食堂に向かった。
食堂の値段は学園のときよりも高価で、大人っぽい料理のメニューになった。
今日はAランチにして、ニース風サラダ、冷静スープ、牛肉の赤ワイン煮込みのセットを頼んだ。
さすが王立学院。
値段は張るが、豪華な食事だ。
エシエルはBランチの魚介のジェノベーゼと野菜がたっぷり入ったミネストローネのセットを頼んでいた。
「あそこの席空いてるから、座らないか?」
「そうしましょう!」
俺たちはトレーを持って窓際の端の席に座る。
窓の外には美しい庭園があり、薔薇やライラックなどが咲き誇っていた。
いつも通りの挨拶を終えたあと、俺はニース風サラダをいただく。
うん、美味しい。
学園で出てくる料理より、大人っぽい味つけになっているのが嬉しい。
食堂にある店は学園と違って二つしかなく、どちらも同じ料理のメニューだ。
メニューはひと月ごとに変わっていって、来月のメニューが楽しみである。
さて、そろそろ抑制剤が切れてきそうだ。
エシエルと一緒に食事をするときは、エシエルが見ていない隙にそっと料理と一緒に抑制剤を飲んでいる。
こっそりポケットから抑制剤の袋を開けたとき、不意に俺たちの机に影が差した。
「隣、いいでしょうか? 殿下」
「……っ」
エシエルがフォークを止めて息を呑んだのがわかった。
見上げると、そこには入学式当日にエシエルを襲おうとした宰相の息子、レヴィル・クラワードがいた。
レヴィルは俺にしか視線を向けていない。
エシエルのことは空気として扱っているように見える。
「俺、殿下とお話したかったんです。あのときは喧嘩腰になってしまいましたが……俺はαである殿下と関わりたかったんですよね」
そう言って強引に俺の隣へ座ろうとしてくる。
俺がαだなんて学院で一度も言ったことがない。
この男は……第一王子である俺が、Ωだなんて想像もしないのだろう。
「悪いがΩに対してあんな風に差別する男とは、関わりたくないな。俺はエシエルと食事がしたい。お前は他所で食べてくれ」
俺が冷めた視線を向けると、レヴィルの眉がぴくりと動いた。
「Ωなど劣等種にすぎません。そいつらを道具として見ないで誰を道具にすればいいんですか?」
「……」
「それに、発情期が来たらすぐにαに腰を振りますからね。娼婦と変わらないでしょう」
レヴィルの物言いに怒りで拳が震え、どうしようもないほど苛立つ。
俺はレヴィルを鋭く睨みつけたあと、トレーを持ち上げて椅子から立った。
「エシエル、あっちへ行こう。席が空いているから」
「あ……はい」
俺とエシエルがレヴィルの前を通り過ぎるとき、レヴィルが品悪く舌打ちをするのが聞こえた。
レヴィルとは絶対に友人になりたくない。
食事も共にとるなどするものか。
俺はさっきの場所から席を離れ、入り口側の席に座ってエシエルと食事をした。
エシエルは息が浅く、フォークを持つ手も震えていて俺は思わず「エシエル」と呼んでしまった。
「どうされましたか?」
俺を見る瞳は暗く濁っている。
俺はエシエルに元気を出してほしくて、精一杯笑った。
何故心から笑みを浮かべられないのかというと、俺もレヴィルの言葉に胸を抉られるくらい傷ついたからだ。
「エシエル、気にしなくていい。俺も……エシエルと、同じ性別だから」
「……!」
エシエルが目を見開いた。
その表情は先程の朝の時間に会話したときに察していたように見え、かつ素直に告白したことに安堵しているようにも見えた。
エシエルは少し元気を取り戻したのか、少しだけ血色の良い顔になってゆっくり微笑んだ。
「殿下、何故僕に言うのを躊躇っていたのですか? 僕は殿下がそうだからって、差別したりなんてしないのに」
「そう……だよな。ごめん」
エシエルの柔らかい微笑みを見ていると、どうして俺はエシエルが俺のことを軽蔑すると思ってたんだろうと自分に怒りが湧いてしまう。
優しい友人を持てて良かった。
これからもエシエルとは友人として関係を続けていきたいと心の底から感じた。
それから一週間後。
俺は学院に行ったあとグランと剣術を学ぶ約束をしていた。
剣術を練習する前に、剣を買いに行く約束もしている。
今日も重い教科書が入ったカバンを背負って教室に入ると、エシエルが待っていてくれたから隣に座った。
「グラン団長に剣術を教わるんですか!?」
「あ、ああ、そうだけど……ダメなのか?」
今日グランに剣術を習うことをエシエルに誰にも言うなよ、と口止めしたあと伝えたら、少し大きな声で叫ばれてびっくりした。
そんなに驚くようなことだろうか。
剣術が最強の団長から教わるんだし、特に驚くべきことでもないと思うんだけど……。
エシエルは言葉を選ぶように口を開閉させてから言う。
「グラン団長は、その……剣術を教えてくださいって頼まれても、断っているんですよ」
「まぁ、確かにグランと約束したとき、そんなことも言っていたな」
「それが、その……練習にならないからです」
「どういうことだ?」
「昔はグラン団長は剣術の練習をよく受け入れていたんですよ。でも、グラン団長と二人きりで練習してたら、何も起こらないはずないじゃないですか」
「? 何か起こるのか?」
何もわからなかったから俺が首を傾げて訊くと、エシエルは「もう! 鈍いですね殿下は!」と何故か怒り始めた。
「グラン団長のこと、学園のときに教えたじゃないですか。絶倫なんですよ、βだったら誰とでもえっちしちゃうんです! 王立騎士団のみなさんは剣術に長けていて、βからαの方しかおりません。αの騎士は団長に教えられなくとも自分で成長していきますが、βでは何度も壁を乗り越えなければなりません。そこでβの騎士たちはグラン団長に剣術のコツを教えてほしいと頼みこんだのですが……結局、快楽に負けて終わったんですよ」
「そ、そんなことが……」
「何度もそれが起こって以来、グラン団長は剣術を教えることをやめたんです。しかも、腰が抜けたり気絶するまでβの人とえっちしますし……殿下、本当に大丈夫なんですか?」
「俺は大丈夫だよ」
俺はキッパリと言い放った。
何故ならグランはβの男性にしか興味がない。
なら、Ωの俺には一つも興味が湧かないということだ。
だから剣術を教えてもいいですよと受け入れてくれたんじゃないか?
絶対に俺は襲われないと自信ありげに胸を張ると、エシエルは少し疑問の表情を浮かべた。
「ということは、殿下、性別はαだったんですか?」
「え……っ」
「絶対大丈夫という自信がありそうですし……少なくともβじゃないんですよね」
言葉に詰まってしまった。
学園の頃から仲が良いエシエルに、性別を教えないというのも気が引ける。
だけど、朝の賑わった教室では言えなかった。
黙っていると、エシエルは察してくれたのかにこりと天使のような笑みを浮かべる。
「……殿下が仰りたいときに、仰ってください。僕もいきなり性別を聞いてきて、失礼でしたよね。申し訳ありません」
「あ、いや……いいんだ。別に、エシエルを信用していないわけじゃない」
「ありがとうございます」
ごめん、エシエル。
エシエルはΩだって教えてくれたのにな。
教室の窓から日の光が零れる。
それがエシエルの細い髪を照らしていて、すごく綺麗だった。
昼休みになり、俺は廊下でエシエルと待ち合わせをして、食堂に向かった。
食堂の値段は学園のときよりも高価で、大人っぽい料理のメニューになった。
今日はAランチにして、ニース風サラダ、冷静スープ、牛肉の赤ワイン煮込みのセットを頼んだ。
さすが王立学院。
値段は張るが、豪華な食事だ。
エシエルはBランチの魚介のジェノベーゼと野菜がたっぷり入ったミネストローネのセットを頼んでいた。
「あそこの席空いてるから、座らないか?」
「そうしましょう!」
俺たちはトレーを持って窓際の端の席に座る。
窓の外には美しい庭園があり、薔薇やライラックなどが咲き誇っていた。
いつも通りの挨拶を終えたあと、俺はニース風サラダをいただく。
うん、美味しい。
学園で出てくる料理より、大人っぽい味つけになっているのが嬉しい。
食堂にある店は学園と違って二つしかなく、どちらも同じ料理のメニューだ。
メニューはひと月ごとに変わっていって、来月のメニューが楽しみである。
さて、そろそろ抑制剤が切れてきそうだ。
エシエルと一緒に食事をするときは、エシエルが見ていない隙にそっと料理と一緒に抑制剤を飲んでいる。
こっそりポケットから抑制剤の袋を開けたとき、不意に俺たちの机に影が差した。
「隣、いいでしょうか? 殿下」
「……っ」
エシエルがフォークを止めて息を呑んだのがわかった。
見上げると、そこには入学式当日にエシエルを襲おうとした宰相の息子、レヴィル・クラワードがいた。
レヴィルは俺にしか視線を向けていない。
エシエルのことは空気として扱っているように見える。
「俺、殿下とお話したかったんです。あのときは喧嘩腰になってしまいましたが……俺はαである殿下と関わりたかったんですよね」
そう言って強引に俺の隣へ座ろうとしてくる。
俺がαだなんて学院で一度も言ったことがない。
この男は……第一王子である俺が、Ωだなんて想像もしないのだろう。
「悪いがΩに対してあんな風に差別する男とは、関わりたくないな。俺はエシエルと食事がしたい。お前は他所で食べてくれ」
俺が冷めた視線を向けると、レヴィルの眉がぴくりと動いた。
「Ωなど劣等種にすぎません。そいつらを道具として見ないで誰を道具にすればいいんですか?」
「……」
「それに、発情期が来たらすぐにαに腰を振りますからね。娼婦と変わらないでしょう」
レヴィルの物言いに怒りで拳が震え、どうしようもないほど苛立つ。
俺はレヴィルを鋭く睨みつけたあと、トレーを持ち上げて椅子から立った。
「エシエル、あっちへ行こう。席が空いているから」
「あ……はい」
俺とエシエルがレヴィルの前を通り過ぎるとき、レヴィルが品悪く舌打ちをするのが聞こえた。
レヴィルとは絶対に友人になりたくない。
食事も共にとるなどするものか。
俺はさっきの場所から席を離れ、入り口側の席に座ってエシエルと食事をした。
エシエルは息が浅く、フォークを持つ手も震えていて俺は思わず「エシエル」と呼んでしまった。
「どうされましたか?」
俺を見る瞳は暗く濁っている。
俺はエシエルに元気を出してほしくて、精一杯笑った。
何故心から笑みを浮かべられないのかというと、俺もレヴィルの言葉に胸を抉られるくらい傷ついたからだ。
「エシエル、気にしなくていい。俺も……エシエルと、同じ性別だから」
「……!」
エシエルが目を見開いた。
その表情は先程の朝の時間に会話したときに察していたように見え、かつ素直に告白したことに安堵しているようにも見えた。
エシエルは少し元気を取り戻したのか、少しだけ血色の良い顔になってゆっくり微笑んだ。
「殿下、何故僕に言うのを躊躇っていたのですか? 僕は殿下がそうだからって、差別したりなんてしないのに」
「そう……だよな。ごめん」
エシエルの柔らかい微笑みを見ていると、どうして俺はエシエルが俺のことを軽蔑すると思ってたんだろうと自分に怒りが湧いてしまう。
優しい友人を持てて良かった。
これからもエシエルとは友人として関係を続けていきたいと心の底から感じた。
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