141 / 200
最終章
淀み
しおりを挟む淀みの中で、グレースとアマルマの意識と触れ合ってからのテュルケ
ットは、後悔と慚愧に押し潰されそうになっていた。
カイリを失ってからの数千年、只ひたすらにカイリの魂を呼び戻す事
だけに力を使い、淀みの浄化を四聖獣任せにしてきた。そして、溺愛に
近い程の愛情を注いで来た歴代皇帝の腹積りなど、分かった上で我儘を
聞いて来たが、エルザードだけは違った。
「テュルケット様、命は道具ではありません…ですから、貴方が与えたこの力を私はカイリ様の為に使うつもりはありませんよ」
私の腑が煮え返る様な事も平然と言い放つあいつを憎々しいとも思った
が、同時に面白いとも思った。
あいつは民の為に人生を捧げ、私はその為政者としての才覚を信頼し
ていた。だから…力を使い果たした瞬間の絶望は言葉では言い表せぬ程
だった。
裏切り。
この言葉が頭をよぎり、私は怒りから我を忘れ返事など返ってくる事の
無い世界で叫び続けた。しかし、あの日私が殺めてしまった人間の意識
と触れ合った時…溢れた怒りが静かに浄化されてゆく事に驚き、また想
像していた通りにエルザードに欺かれていた事実に絶望よりも何故か
安堵した自分がいる。
この漆黒の闇の中で、アマルマと久方振りに話をした。
アマルマの話すカイリと出会った後の自分を客観的に把握すると、
ただただ狂っていたとしか思えない事ばかりだったが、今でも心に燻る
想いはカイリの事だけで、そんな自分が嫌で仕方がない。
「アマルマ…私は…今でもカイリを愛しているんだ」
「私を殺すほどの想いなのね?」
「…済まなかった」
「貴方を私は許さない…許せない。人の子は神にとって自然の一部…なのに…貴方は執着して自分の子供すら手を掛けた…貴方はもう神ではないわ」
「…そうだな」
私だって、神という逃れられない役割を捨て去る事が出来るのならば、
とっくにそうした。だが現実は、手の内にある汚れた仕事に身を穢す
日々。信仰による束縛…お前は神なのだと…逃げる事は許さないと言わ
れている様で息が詰まっていたんだ。
姿の見えぬ闇で、アマルマはひたすらにテュルケットを罵った。
その罵りも、闇に消えるばかりでテュルケットからの返事は無く、
次第にアマルマは思い出した過去とテュルケットへの憎しみに
淀みへと変わり始めていた。
そんな状況も見えぬテュルケットは、やっとはっきりとした意識の中で
思い出していた。
この帝国が始まったばかりの頃は、皇帝宮へ戻っても、カイリは体を
許してくれても決して心は開いてくれず、私は権能や淀み落ちした
神の神核の欠片を与える事で歓心を引こうと躍起になった。
だが、それも意味がない事に気付いたのはフェルファイヤが側妃と
なった頃だった。
「ティル…私の事に口を出すのをそろそろ辞めてくれないか?」
「君が後宮に彼等を迎えたんだ…なのに彼等と共寝するなだって?じゃあ彼等はどうなる?後宮からも出れず、ただ私が来るのを待つだけなんて…子供みたいな嫉妬はやめてくれ」
全てはお前の為だと伝えても、カイリは聞く耳も持た無かった。
愛憎に任せ未来視の権能を与えた。これで私のなす事の意味も分かるだ
ろうと思ったからだが、カイリは余計に私を避ける様になってしまっ
た。何度も殺しては蘇生し、権能を奪い返すがその多くは既にカイ
リの子等に受け継がれ、誰にどの権能が引き継がれたかも分からな
かった。何もかも上手くいかない日々は苦痛だったが、憎くてもカイリ
さえ居てくれたならどうでもよかった。
夏だったか、冬だったか…肉体の感覚が曖昧な身体でも感じた、肌に
刺すような痛みを与える季節だった。カイリにへばり付く忌々しい
侍従のジジがカイリの遺体に縋り付きながらボソボソと何かを言って
いる。
「カイリ様、本日未明…身罷られてございます」
とうとう、カイリは私の手の中からすり抜けて行ってしまった。
もう、何もかもがどうでも良い。そんな無気力な時間がどれ程続いた
か、そんな日々の中で私の唯一の楽しみはカイリの権能の多くを受け
継いだエルザードの未来予知を歪め崩す事になった。そんな只の暇つぶ
しに私は熱中した。策を練るエルザードとそれを崩す喜びは、カイリへ
の憎しみと執着を忘れさせてくれる。
「テュルケット様…異界の者が…この世界を狙っています」
「貴方様でも避けられぬかと」
「はっ、天帝以外に俺を消す事はできん」
「これは…確定した未来。早々にかの者を止めねばこの世界は終わります」
「珍しいな、お前が俺の心配か?」
「この世界の心配をしているのです」
「私がこの世界だ」
「…ならば、放置なさいますか?それでも私は構いませんよ。いい加減…この忌々しい呪いの様な世界を解放したくもありますからね」
「…誰がこの世界を滅ぼす」
「…神居双葉…天帝の加護を受けし者」
天帝、その言葉で私は怒りで我を失った。そこからの事はよく覚えて
いない。気が付けばこの淀みの中を漂い続けていた。
アマルマの金切声も聞こえなくなって、ついに私は一人きりになって
しまった。
「淀みか…成程な。カイリ…エルザード…やってくれたものだ」
どれ程の時間が過ぎたか分からないが、早く抜け出さなくては魔獣と
なるか、天界へと昇天するか…どちらにせよ長居は出来ない。
さて、どうするか神核があるかどうかも今は分からないがこの世界は
私の世界だ。全ての権能を失おうとも淀みだとて扱える筈。
まずは身体を取り戻すとしよう。
「神核よ、我に従え」
暗闇の奥、ぼわりと光が灯ったその場所へテュルケットの意識は
近づいた。そしてその光に手を伸ばす様に意識を集中させる。
「私の身体よ…私の元に!」
「…誰だ…私の身体を使うのは⁉︎誰だっ⁉︎」
その光は確かにテュルケットの神核であったが、他の神々の神核が
混じり合う様に戸愚呂を巻いている。そして、そこに浮かび上がった
身体はカイリの身体であった。
「カイ…リ…やめろ、私を飲み込むな‼︎やめろ‼︎」
カイリへの捨て切れぬ執着も、憎しみも全てがその日カイリに飲み
込まれ、そして淀みに蠢く堕天の神々と共にカイリと都の身体にテュル
ケットは眠る事となった。
次第に禍々しい程の魔粒子と淀みがその身体を包み一つの塊となって
出口へと向かい始めた。
0
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BLゲームの脇役に転生したはずなのに
れい
BL
腐男子である牧野ひろは、ある日コンビニ帰りの事故で命を落としてしまう。
しかし次に目を覚ますと――そこは、生前夢中になっていた学園BLゲームの世界。
転生した先は、主人公の“最初の友達”として登場する脇役キャラ・アリエス。
恋愛の当事者ではなく安全圏のはず……だったのに、なぜか攻略対象たちの視線は主人公ではなく自分に向かっていて――。
脇役であるはずの彼が、気づけば物語の中心に巻き込まれていく。
これは、予定外の転生から始まる波乱万丈な学園生活の物語。
⸻
脇役くん総受け作品。
地雷の方はご注意ください。
随時更新中。
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)は、見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良ワーウルフの悪友(同級生)まで……なぜかイケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、異世界学園BLラブコメディ!
毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる