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16. 不安

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 誕生日会の後、自室に戻ったレイラ。部屋には今日頂いたプレゼントが山積みになっていたが、先程ヒルデからもらったものを開けることにした。

 赤色のリボンを解き、可愛らしいピンク色の蓋を開ける。

「!?」

 現れたのは銀細工で作られた三匹の蝶。いや、これ作ったって言ってたよね?非常に精巧に作られておりどこの匠が作ったの?と噂になりそうな代物だ。いやいやいや、問題はそこではない。それぞれの蝶に散りばめられた宝石の方が問題だ。蝶ごとにダイヤモンド、ルビー、サファイヤが散りばめられている。しかも最高級のものばかりだ。これ全部でおいくらなの?と手が震える。落としたら自分のメンタルがヤバイことになりそうなので必死に落とさないように気をつける。

 ただのメイドがこんなもの……まあ将軍だったときにもらったものなのだろうが。いや、でも普通こんな高価なものをただの友人に渡してはいけない。というかこんなものを持っているなら売って男爵家に寄付してあげたほうが良いのでは?と思ってしまう。もしくは今安月給なのだから手元に置いておけばいざというときに役に立つだろうに……。

 返したほうが良いのか……悶々と考えてしまう。ヒルデはかなり頭が良い……見る目もある。彼女が価値もわからずこんな高価なものを渡すわけなし。自分になら譲っても良いと思っての行動だろう。自分は……彼女にとってそんな価値のある人間なのだろうか。そんなふうに思ってもらっても良いのだろうか……。だって自分はヒルデのことを……。

 そうーーーーー自分は彼女をどう思っているのか。

 先程のセリーナとのやり取りを思い出す。確かに不快だし不安もある。しかし、実はヒルデが現れるまではそのように思ったことはなかった。昔からジオのことが好きだった……。ジオも大切にしてはくれるがジオから恋人への深い愛情というものは感じなかった。しかし、ジオが自分以外の女性に興味を見せる素振りがなかったから……彼の一番近い存在は自分だけだと自信を持っていた。
 でもあのときからその思いは壊れた。彼の瞳に輝きが……熱が込められたのを見たときからーーーーー。


 ~~~3年前~~~

 伯爵邸でジオとお茶をしているときのことだった。

 もう一人の幼馴染の脳筋トーマスが愛しの婚約者の名前を大音量で叫びながら伯爵邸に飛び込んできたのが始まりだった。

「ジオ!ジオ!ジーオー!!!」

 まだ外にいるときから聞こえていた声が邸内に入ってきたことで更に大きな音となって近づいてくる。これまた品のないドカドカッという足音と共に。この家の使用人が誰も止めないのはトーマスが皆に愛され、信頼されているから。まあ、愛嬌のあるやつなのである。

 ドンドンッというドアを叩く音がする。それはノックとは言えないのでは……。

「ジオッ!開けていいか?!」

 あれだけ叫んできたのにきちんと許可が出てからしか部屋に入らないとは……以外と律儀な男トーマス。スッとジオがレイラを見る。レイラが頷くのを見届けたジオが声を発する。

「いいぞ」

 ーおまえ様はちょっとここで待っててくださいー

 ?誰か連れてきたのかしら……それにしても変な言葉遣いね。

「失礼する」

 汗だくのトーマスが入ってくる。先程まで涼し気な空気だったのに、一気に暑苦しくなった。

「レイラもいたのか。邪魔して悪いな。でもちょうど良かった。お前にも相談したかったからな」

「「?」」

 二人は顔を見合わす。相談?トーマスが相談など珍しい。彼は割と自分でなんとかしようとする傾向にある。もっと助けを求めれば良いのにと思うものの、彼にしてみれば十分頼っているという認識のよう。彼をよく見てみるとその手には新聞が握られている。彼はばっとその新聞を広げると、ビシッ!と一つの記事を指し示した。

「こいつ!こいつが……!」

 こいつって……天下の将軍様じゃないの。いや、元か。しかし、なんとも失礼な言い方。そもそも元将軍がなんなのか……。自分たちとは関係ないことだろうに。

「ヒルデ殿がどうしたのだ?」

 冷静にジオが聞く。

「あああああっ!!ダメだ。言葉が出てこない!!すみませーん!もう入ってこい!!」

 ?なんなの。また変な言葉遣いをして。丁寧なような、雑なような……。トーマスの言葉に応じて入ってきたのは、女神だった。新聞に載っているのと同じ……いや、同じなのだが比べられないほど美しい。なんというのかオーラ?

 しばらくするとあれっ?と気づく。なぜ元将軍が?頭の中で疑問符が増えていく。自分の頭では理解が追いつかず、隣の婚約者に目をやる。

 婚約者の顔にはレイラと同じく驚きの表情が張り付いている。しかし、その目には今までにない輝き、熱がこもっているのに気づいた。それに気づいたレイラは急に心が冷えた。そして更に大きく目を見開いた。今まで生きてきた中で一番大きく見開いた。

 ジオは自分を見つめるレイラの視線に気づいたようだが婚約者の前でその熱を隠そうとしない。そんなジオに衝撃を受ける。言葉を発することができないまま、トーマスとジオ、そして、ヒルデが話しを進めていく。

 あまり頭に入ってこなかったが、目の前にいる女神様が新聞に載ってる人とやはり同一人物であること。ヒルデがトーマスの使用人となったこと。ここにヒルデがいることは公にしないほうが良い?ということだった。

 トーマスが伯爵家で引き取ってくれみたいなことを言っていたが、ヒルデ本人の意思と男爵家の人手不足があだとなり男爵邸で面倒をみることになった。

 トーマスのガーンと効果音がつきそうな顔を見ていたら意識がはっとしたが、もはや話しが終わった後で二人は帰っていった。ヒルデは嬉しそうな顔で。トーマスは悲痛な面持ちで。

 その後、ヒルデと顔を合わせる機会が度々……いや、しょっちゅうあり、よく話す仲となっていた。やはり平民から将軍まで上り詰めた人間。話しも上手で、何か人を惹きつけるものをもっているのか、レイラも話せば話すほど彼女と距離が近づいていった。

 失礼なことを平気で言う彼女に呆れることしばしば。度々会うのでその美しさにもいつしか見慣れていた。しかし、婚約者の瞳の熱は冷めなかった。今なお、熱を帯び輝いている。自分には向けられない瞳。

 ヒルデはその視線を気にするでもなく平常運転だった。そんな視線は彼女にとっては珍しいものではないのかもしれない。ヒルデ自身も二人が婚約していることをちゃんとわきまえ、二人の仲を邪魔する様子もない。ジオも視線は変わらないものの、何かその他に変わったところはなかった。

 自分だけ……自分の気持ちだけが、置いてきぼりになっている。誰も関係を変えようとなんてしていない。変わってなんていない。ヒルデという新しい使用人が増えただけ。

 でも3年前からもやもやを止めることができないでいる。


~~~~~~


 昔のことを思いだし、ジオの瞳を思いだしぼーっと髪飾り
を見つめる。次いで先程のヒルデとの会話を思い出す。

「私を不安にさせている原因はあなたなのよ……」

 誰に聞かれるでもなくその呟きは消えていく。そう、愛しの婚約者を誰かに奪われるかもしれないという恐怖。セリーナも脅威ではある。しかし、本当の脅威はーーーーー

 ヒルデ  ーーーーー。



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