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第一章

黒いオッサン

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 細身で軽量なマリアは、実に簡単に拐かされていた。

 マリアを捕まえたやたらデカい屈強なアカリア人戦士は、嬉しそうに他の仲間たちに何か言っている。何度かマリアを見下ろしながら、自慢げに自分を指差す。

 周りの男たちがブーブーと文句を言っている……ように聞こえる。

 しかし大男の一喝で黙り込んだ。

 どうやらこの男がリーダーらしい。


「なに?」

 マリアはゴクッとつばを飲み込む。状況が理解できない。

 おそらく、襲っていた商船団に援軍が来たと思ったのだろう。積荷を諦めて逃走したのまでは分かった。

 だが、なぜ自分は連れてこられたのだ?

 船はアリビアの軍艦よりずんぐりしているが、船体が四十メートルあろうかという、それなりに大型のものだ。

 軍に居た頃、拿捕されて帝都に運ばれてきた艦に、同じものがあったのを見た気がする。バファマ諸島の海洋国独特の作りだった。

 だが、乗組員は全員アカリア人。赤い軍服のジャケットを着た者がちらほら見られる。

 この船の本当の住人たちであった、白人士官の物を拝借したのだろう。

 忙しく働いている水夫たちのほとんどは、腰に布を巻いただけだ。

 それにしても逃亡奴隷にしては、帆の扱いが手馴れている。

 風上に向かって前進できるギリギリの角度に帆を傾けながら、余裕の表情で楽しそうにおしゃべりしている。何を言っているかまったく分からないが。

 他の艦にも同じ数だけ乗っているとしたら、労働力を失ったプランテーションの被害は甚大だろう。

 マリアをさらった大柄な体躯の奴隷は、彼女に向かって笑ってみせた。壮年の、自信漲る男の顔だ。

 マリアは焦がれていた人を思い出した。

 カリスマという言葉はあの人にこそ相応しいのだが、なんとなくこの奴隷の男にも同じオーラを感じてしまう。やはりこの艦の――艦隊の――リーダーにちがいない。

 男は煙草を咥え、白人から奪ったのかフリント式着火装置で火をつけた。

 マリアはその煙の匂いを嗅ぎ、それが元上官の愛用しているものと同じ銘柄の煙草だと気づいた。本土では輸入禁止となっている南部産だったんだ、とマリアは呆れた。

「俺、ザッカーニャいう。オマエ、戦利品。オレの奴隷ナル」

 男は片言の公用語で宣言した後、いきなりマリアをその場に押さえつけた。

 あまりに唐突で、抵抗もできなかった。周囲を見渡し、楽しそうに何か言っている。

「なにを……」

 文句を口にしかけた瞬間、ブラウスのボタンを引きちぎられ、下着までむしり取られた。マリアは悲鳴を呑み込む。

 それでも、周囲の若者たちは奇声をあげ、大いに盛り上がった。

 次に自分をこんな目に合わせるのは、あの人だと思っていた。

 獣属性というか、我慢が足りないというか、引きちぎるのが好きな元上官。Yシャツやブラウスのボタンは、引きちぎる仕様になっていると思い込んでいる水軍提督。

 彼は過去、こんなふうに自分を組み敷き、犯したことがある。

 まさかそれが、知らないアカリア人にやられる事になるとは、ほんの数刻前まで思いもしなかった。

(許されない)

 こんな目に合わせていいのは、あの人だけなのだ。

 アカリア人の見た目がそのままの年齢ならば、おそらく彼と同じくらいの齢だろう。

 体格は――おそらくもっと大きいけれど。

 しかし、やけに自信満々なふてぶてしい笑顔は、やはりマリアの想い人を思い出させる。

「白いやつ汚すスキー」

 ドストエフスキーみたいに言いながら、マリアの金髪を握りしめ、匂いを嗅ぐ。

 異様に白く見える白目と、その中心にある漆黒の瞳が、肉食動物のようにギラッと光った。

 マリアから目を離さないまま、白いシャツを肩まで剥ぎ、平らな腹部から手を這わせる。

 マリアはその手首を掴んで止めようとした。

 もちろん、まったく抵抗にならなかったのだが。男の手首はマリアのそれよりずっと太い。掴むのがやっとで、力など比べようもなかった。

 一方、しっとりとした手触りに、男は目を丸くする。

「おまえジョウリュウカイキュウか?」

 言いながら、何を思い出したのか、憎々しげに顔を歪めた。

「シハイ階級ってヤツか」

 まさぐるように手を膨らみに到達させ、大きな手のひらで覆った。硬く荒れた男の手のひら。乳房を握りつぶされるのでは、という恐怖がマリアの瞳を萎縮させた。

 男は喉の奥からクックックッと忍び笑いを漏らす。

「怖いか、オンナ。オマエラ、俺たち家畜だとおもテルくせに、俺コワイか?」

 その漆黒の額に、冷やりとしたものが押し付けられた。鉄の筒だ。

「奴隷だったのなら、コレを見たことがあるのでは無いか?」

 今度はマリアが蔑んだようにアカリア人を見据える。

 回転式の銃は南部――外国の植民地には存在しないだろう。だが、前装式の銃はどこにでも出回っている。

 この形で、どんなものかくらい大体分かるはず。

 腰のホルスターから取り上げなかった、彼の油断だ。

「短い。そんなもの役にタツか? 俺のアソコの方がツヨそーだ」

 男が冗談めかしてそう言った瞬間、マリアはスッと目を細め、撃鉄を起こしていた。

「試してみるか?」

 アカリア人は、その鉄の筒とマリアから溢れる殺気に気づき、ゆっくりと離れた。危険を察知したらしい。しかし焦った様子はなく、煙草をプカプカふかしたままだ。

 マリアはブラウスをかき合せながら、周囲のアカリア人たちに言う。

「艦載ボートを架台から降ろせ」

 周囲が顔を見合わせる。ザッカーニャが顎をしゃくる。

 他のアカリア人たちが渋々ボート架台に向かう。マリアの銃は、ピタリと長の頭部に向けられている。この至近距離だ。外さない。

 なにかすれば確実に撃ち抜く。そういう気迫を孕んでいた。

 ザッカーニャとマリアはゆっくり進んだ。

 周囲でアカリア人たちが喚いているが、二人ともまったくの無言だった。ザッカーニャは人質だ。少し離れたら海に突き落として逃げる。

 二人でボートに乗り込むと滑車装置テークルについている他のアカリア人に命じる。

「海に降ろさせろ」

 ザッカーニャが、知らない言語で何事か言う。

 訳したのであろうか。マリアの額に冷や汗が浮かぶ。それとも……。

 ボートが乱暴に落ちた。マリアが一瞬体勢を崩した後、海に落ちる前に静止する。へりが舷側にぶつかり、衝撃で海に投げ飛ばされそうになった。

 その腕を掴まれる。次の瞬間、締め上げられ、銃を落とした。銃は船底に転がり、硬い音をたてた。

 ザッカーニャはマリアを捕獲すると、再び何事か仲間に命じた。するするとボートが上がっていく。

 マリアはギリッと唇を噛んだ。ザッカーニャは勝ち誇ったようにマリアを見ている。

「威勢いいオンナますますスキー。気に入った。オマエただじゃスマナイ」

 黒い目が、キラキラ輝いている。

 露甲板にあがると、丸腰になったマリアを軽々と抱える。そして狭いメインハッチから船室に降りていった。

 暴れようにも、あまりにもサイズが違いすぎる。子供のように抱え込まれ、身動きができない。

「はなせっ」

 マリアは彼の耳を引っ張りながら、大声で叫んだ。

 しかしザッカーニャは悠々と船長室のドアを開け、マリアを放り込んだ。

 硬い床に体を叩きつけられると思ったが、床一面に藁が敷いてあって痛くは無かった。

「オマエら白人の寝床、ブランブラン揺れる。嫌い」

 釣り寝台やハンモックのことだろうか。だがこれでは、基本的に傾いて走る帆船の上だと、ゴロゴロ体が転がっていってしまうだろう。

 アカリア人たちが大勢、床上でゴロゴロ転がって寝ている姿を想像してしまう。

 どうでもいいことを考えたその時、ザッカーニャが服を脱ぎだした。

 黒光りした、鋼の硬さを連想させる筋肉。マリアは息を呑んだ。

 レトローシアの豊穣祭で、こういうのが居た。剣闘士奴隷と、性奴隷に。

 士官用の赤いジャケットを脱ぐと、下は腰布一枚である。それを外して全裸になった彼を見て、マリアは回れ右し、船室の奥に走った。

 巨根だ。

 やばい。しかも、隆々と勃ちあがっているではないか。

 こう見えてもレイプされるのには慣れて(?)いる。しかしあれを受け入れられるほどの耐性は無い。

「来るなっ」

 恐怖が声に現れないように気をつけながら、楽しむように追ってくる男を睨みつけた。

 敢え無く、壁際に追い詰められる。背をつけ、何か武器になるものは無いか見渡した。ザッカーニャは舐めるようにマリアの体に視線を這わせている。

「おまえ細い。壊れるカモな」

 横に逃げようとしたマリアを、手をついて囲う。体がでかいくせに素早い。

 アカリア大陸のどの部族か知らないが、戦士階級――それも、相当強い部族の戦士なのだろう。

 ジョルジェやゲルクの動きに慣れたマリアにも、彼が自分に敵う相手ではないことを見て取った。

 顎を掴まれ、至近距離で顔を付き合わされた。煙草を外し、マリアに見せる。押し付けられるのでは? と思ったが握りつぶしただけだった。そのしぐさは、彼女の想い人を彷彿とさせた。

「青い石。宝が二つ」

 マリアの瞳を言っているらしい。

「髪は金。プラチナ? オマエの体、高価なソーショク品似てる。族チョー持つフサワシイ」

 感嘆を含んだつぶやきのあと、ザッカーニャはいきなり唇をかぶせてきた。

「ん……ぐっ」

 マリアは必死で顔を背けようとする。ザッカーニャにとっては、赤子同然の力だった。




(ふむ。白いやつキライ。だが甘い)

 ザッカーニャは陶酔した。同族の女たちには無い、華奢な体。そして肌触り。舌触り。仄かないい匂い。耳に心地いい声。

 食するように、マリアの小さな舌を啜る。口の中のこの香りは……。唾液の匂いなのか? なぜこんな芳醇な匂いがするのだ、この女は。果実でも食っていたのか。

 ほほの内側の粘膜。口蓋。柔らかい唇。それらに舌を這わせながら、すっかり赤く晴れ上がったマリアの、口周りの肌を見つめる。

(口を犯しただけでこれだけで赤くなるとは。弱き生きものよ)

 やっと顎を解放され、マリアは息も絶え絶えだった。酸素を求めてハァハァ言っている女が不憫だった。

(もっといじめてやろう)

 マリアを引きずるようにして、床に押し倒す。破れたブラウスを押し上げている乳房を、鷲掴みにして揉みしだいた。

「痛いっ」

 喘ぐような小さな悲鳴。目尻に涙が浮かぶ。

 なんと加虐心を煽る女子なのだろう。あと、細い腰の割に、パイオツがでかい。

(犯されるためにいるような女だ)

 ザッカーニャは、握りつぶすように柔肉をコネ回した。先端が屹立し、小石のように硬くなる。薄桃色のそれは、硬い指の腹で甚振ると、どんどん赤く色づいてくる。

 女が腰を浮かすのが分かった。

「イタクナイなったか? 気持ちイイのか?」

 言いながら、足の間に手をやると……。

(っ!?)

 すでに洪水だった。

 顔を見ると、真っ赤になってぎゅっと目をつぶっている。まるで快楽に耐えているかのようだ。

 え、なんで? ザッカーニャはまじまじと女を見下ろす。今の暴力的な行為で、濡れたのか?

(俺に感じているのか?)

 昂ぶりに耐え切れず、咆哮をあげながら女の両足を担ぎ上げる。

 たっぷりと濡れた秘部が露になり、女は屈辱の悲鳴をあげた。必死に足を閉じようと、無駄な抵抗をしているのが可愛かった。

「な……んだ?」

 思わず白人の言葉でつぶやいていた。股の間から、仄かに甘美な香りが立ちのぼったからだ。

 それこそ、まるで上等の香水でもつけているかのような、上品で、やわらかな……しかし明らかに情欲を誘うメスの匂い。

 ザッカーニャはクラッとするほどの欲望に襲われ、我を忘れた。

 呻きながらこれ以上はないほど大きく膨れ上がった自らの強張りを、足の付け根に沿わせ、蜜が溢れる女の壺内に差し込んだ。

 ぎゅるんっと吸い込まれ、搾り取られる。そんな錯覚。

 目の前が真っ白になる。うめき声をあげてしまう。

「うあ、あ、あ……」

 ザッカーニャはこの女を魔女だと思った。こんな生き物が居るはずがない。膣の中が、こんな蠢いて……しかし組み敷いた女は魔女どころか、どこまでもか弱く、美しい涙をポロポロ落としながら首を振っている。

「や……めて」

 蕩けそうな、かすれた甘い声。本当に止めてほしいのだろうか? こんなに濡れているのに。こんなに恍惚とした顔をしているのに? くわえ込んで放さないのはどっちだ?

 第一、やめられるはずが無いではないか。

 部族の女たちよりずっと細く、華奢な身体だ。この巨根には耐えられまい。押し入るように何度も滑らせ、奥に叩きつけながら思う。

 どうせ白人だ。同じ人間を奴隷にする、下等な生き物。残酷で、鬼畜の侵略者。壊れたっていいのだ。

 もっと痛めつけてやるつもりだった。

「ぐぅっ」

 ザッカーニャの意志に反して、脳が擦り切れる。耐えられると思ったのに、あっさりと達してしまった。自分が。

 みるみる小さくなるイチモツを感じ、引き抜こうとする。

 一方、女の方は、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「え……も……う?」

 あれ、早かった!? やめてとか言ってたくせに、この金の髪の、宝石の瞳を持つ女は、どこか物足りなさそうに、残念そうに――でもホッとしたように、体の力を抜いていた。

 ザッカーニャは、絶句した。何も言えなかった。

 故郷には妻が八人居て、子供は百人近い――正確な人数は不明――俺様が、たかが小娘一人満足させられなかった。

(ばかな……)

──彼は、負けたのだ。
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