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SIDE:ローラ
2.今の私にできること
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■
「できたわ」
ローラは、来週末のレオンの誕生日プレゼントの為に刺していたハンカチの裏表をためつすがめつ確かめると、満足そうに頷いて針を置いた。
「目がしょぼしょぼするわ」
毎日の予習復習に加えて、週二回の勉強会の復習だけでもローラの自由時間のほとんどが埋まってしまう。
けれど、婚約者である限りは、誕生日の贈り物を自分の手で作り渡したかった。
去年の誕生日に贈った懐中時計用の飾り紐は、今も使って頂けている。
ジャケットの内ポケットから、苦労して探したレオンの瞳と同じ鈍色の糸で編んだそれがはみ出しているのを、確かに見た。
渡したのはあの宣言の前のことだったから、受け取って貰えたこと自体はともかく、今も使ってくれていることが嬉しかった。
「大丈夫。婚約はそのままなのだもの。学園を卒業して領地に帰ったら元のレオン様に戻って下さるわ。そうして、結婚したら、ずっと一緒に暮らすのよ」
あんな事もあったねと懐かしむ日もいつかくるのだろう。
今は拗ねた態度を取る勇気もでないけれど、きっと夫婦になって沢山の時を傍で過ごしたならば、ローラも素直に口にできるようになるかもしれない。
だって。今もローラの編んだ飾り紐を、肌身離さず使ってくれているのだから。
だからきっと今年も受け取ってくれるだろうと、レオンの家の紋章とイニシャルを組み合わせた精緻な文様をハンカチへと縫い取ることにした。
婚約者への贈り物としては定番中の定番である。
大袈裟過ぎず、かつ軽くて薄くて小さくて、何枚あっても邪魔にはならない。
多分、今のローラから受け取っても、負担にならないはずだ。
「白地のハンカチに鈍色の糸だけでは、全体が沈んでしまうもの」
刺繍全体からすれば1%にすら見たない自己主張。
鈍色の糸と、イニシャルに影をつける為だけの差し色として、ほんの少しだけローラの瞳の色である春の緑の糸を使った。
表面からは見えないように、上から鈍色の糸で覆うように刺してあるので、角度によってなんとなく緑色の糸が見えるだけだが。
それでも、色を変えていない紋章部分とはやはり違って見えるので満足だった。
「少しというかかなり面倒だったけれど、上手にできて良かった」
パッと目にはわからないように隠してあるとはいえ、ローラの色が一緒に刺してあるのを見たら、すごく嫌な顔をされるかもしれない。
けれど、レオンに嫌そうな顔をさせてみるのも、悪くない気がした。
「なるほど。嫌な顔は、されるのと、させるのでは、違うのね」
ローラによって嫌そうな顔をさせられているレオンを想像すると、ちょっと気が晴れた。
「レオン様は、どんな顔を見せて下さるかしら。喜んで受け取って下さることはないかもしれないわ。ううん、間違いなくお顔を顰めるわね。……でもきっと、受け取っては下さる。それで充分」
受け取っても、飾り紐とは違って、使われずに机の奥にしまわれてしまうかもしれない。
それどころか包装を解いても貰えないかもしれない。
「ふふ。婚約したての頃の方が、仲が良かったかもしれないわ」
それだって、お茶会の席では自分の好きな物ばかりをローラから奪ってまで食べてしまうレオンに呆れたり、一緒に本を読んでいた筈なのに落書きを始めるレオンに笑ってしまったり、レオンに誘われてピクニックに行ったら実際の目的は釣りで、餌のミミズを針につけられなくてローラが大泣きしたりと大騒ぎに発展したものだ。
記憶の中でふたりは、いつだって喧嘩していて、ローラが泣いているか、レオンがぶすくれたりしている。
「いつだって私達は、お互いにしたいことを主張して喧嘩してきたわ」
それでも会えると嬉しくて、別れる時はいつだって寂しくて、「また会おうね」と約束を交わした。
笑い合って、たくさん喧嘩して、同じ回数だけ、仲直りしてきた。
同じ位の目線であった頃は、確かに仲が良かったのに。
最近は、共にいないという以上に、傍にいてもどうしていいのか分からない。
大体、口下手なレオンがあんなにも令嬢たちと楽しそうに会話できるなんて思わなかった。
ローラといる時は今も昔のレオンそのままに、ぶすっとしているのに。
「でも、きっと大丈夫」
机の引き出しから、貰ったまま一度も出番を迎えたことのない髪飾りを取り出し、指でそっと撫でる。
華奢な銀細工の髪飾り。普段使いには到底向かない。
一緒にパーティへ出席してくれさえすれば、使うこともできるのに。
「どんな顔をして、買ってきたのかしら」
適当に、王都の令嬢が好みそうな華やかなものを指差して買うレオンの姿を思い浮かべてひとり笑った。
共に過ごしてきた記憶と築いた絆は、まちがいなくローラの中にあるように、レオンの中にもある筈だから。
仕上がったばかりのハンカチを手に取り、イニシャルを指で辿る。
ローラの頭の中で、ハンカチを贈られたレオンが嫌そうにする姿がやすやすと思い浮かんだ。
それでも渡すことをやめようと思わない自分に、苦笑した。
「さて。明日の授業と勉強会の予習をしてしまいましょう」
「できたわ」
ローラは、来週末のレオンの誕生日プレゼントの為に刺していたハンカチの裏表をためつすがめつ確かめると、満足そうに頷いて針を置いた。
「目がしょぼしょぼするわ」
毎日の予習復習に加えて、週二回の勉強会の復習だけでもローラの自由時間のほとんどが埋まってしまう。
けれど、婚約者である限りは、誕生日の贈り物を自分の手で作り渡したかった。
去年の誕生日に贈った懐中時計用の飾り紐は、今も使って頂けている。
ジャケットの内ポケットから、苦労して探したレオンの瞳と同じ鈍色の糸で編んだそれがはみ出しているのを、確かに見た。
渡したのはあの宣言の前のことだったから、受け取って貰えたこと自体はともかく、今も使ってくれていることが嬉しかった。
「大丈夫。婚約はそのままなのだもの。学園を卒業して領地に帰ったら元のレオン様に戻って下さるわ。そうして、結婚したら、ずっと一緒に暮らすのよ」
あんな事もあったねと懐かしむ日もいつかくるのだろう。
今は拗ねた態度を取る勇気もでないけれど、きっと夫婦になって沢山の時を傍で過ごしたならば、ローラも素直に口にできるようになるかもしれない。
だって。今もローラの編んだ飾り紐を、肌身離さず使ってくれているのだから。
だからきっと今年も受け取ってくれるだろうと、レオンの家の紋章とイニシャルを組み合わせた精緻な文様をハンカチへと縫い取ることにした。
婚約者への贈り物としては定番中の定番である。
大袈裟過ぎず、かつ軽くて薄くて小さくて、何枚あっても邪魔にはならない。
多分、今のローラから受け取っても、負担にならないはずだ。
「白地のハンカチに鈍色の糸だけでは、全体が沈んでしまうもの」
刺繍全体からすれば1%にすら見たない自己主張。
鈍色の糸と、イニシャルに影をつける為だけの差し色として、ほんの少しだけローラの瞳の色である春の緑の糸を使った。
表面からは見えないように、上から鈍色の糸で覆うように刺してあるので、角度によってなんとなく緑色の糸が見えるだけだが。
それでも、色を変えていない紋章部分とはやはり違って見えるので満足だった。
「少しというかかなり面倒だったけれど、上手にできて良かった」
パッと目にはわからないように隠してあるとはいえ、ローラの色が一緒に刺してあるのを見たら、すごく嫌な顔をされるかもしれない。
けれど、レオンに嫌そうな顔をさせてみるのも、悪くない気がした。
「なるほど。嫌な顔は、されるのと、させるのでは、違うのね」
ローラによって嫌そうな顔をさせられているレオンを想像すると、ちょっと気が晴れた。
「レオン様は、どんな顔を見せて下さるかしら。喜んで受け取って下さることはないかもしれないわ。ううん、間違いなくお顔を顰めるわね。……でもきっと、受け取っては下さる。それで充分」
受け取っても、飾り紐とは違って、使われずに机の奥にしまわれてしまうかもしれない。
それどころか包装を解いても貰えないかもしれない。
「ふふ。婚約したての頃の方が、仲が良かったかもしれないわ」
それだって、お茶会の席では自分の好きな物ばかりをローラから奪ってまで食べてしまうレオンに呆れたり、一緒に本を読んでいた筈なのに落書きを始めるレオンに笑ってしまったり、レオンに誘われてピクニックに行ったら実際の目的は釣りで、餌のミミズを針につけられなくてローラが大泣きしたりと大騒ぎに発展したものだ。
記憶の中でふたりは、いつだって喧嘩していて、ローラが泣いているか、レオンがぶすくれたりしている。
「いつだって私達は、お互いにしたいことを主張して喧嘩してきたわ」
それでも会えると嬉しくて、別れる時はいつだって寂しくて、「また会おうね」と約束を交わした。
笑い合って、たくさん喧嘩して、同じ回数だけ、仲直りしてきた。
同じ位の目線であった頃は、確かに仲が良かったのに。
最近は、共にいないという以上に、傍にいてもどうしていいのか分からない。
大体、口下手なレオンがあんなにも令嬢たちと楽しそうに会話できるなんて思わなかった。
ローラといる時は今も昔のレオンそのままに、ぶすっとしているのに。
「でも、きっと大丈夫」
机の引き出しから、貰ったまま一度も出番を迎えたことのない髪飾りを取り出し、指でそっと撫でる。
華奢な銀細工の髪飾り。普段使いには到底向かない。
一緒にパーティへ出席してくれさえすれば、使うこともできるのに。
「どんな顔をして、買ってきたのかしら」
適当に、王都の令嬢が好みそうな華やかなものを指差して買うレオンの姿を思い浮かべてひとり笑った。
共に過ごしてきた記憶と築いた絆は、まちがいなくローラの中にあるように、レオンの中にもある筈だから。
仕上がったばかりのハンカチを手に取り、イニシャルを指で辿る。
ローラの頭の中で、ハンカチを贈られたレオンが嫌そうにする姿がやすやすと思い浮かんだ。
それでも渡すことをやめようと思わない自分に、苦笑した。
「さて。明日の授業と勉強会の予習をしてしまいましょう」
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