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第三章 | 酒問屋の看板娘、異端児になる

酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ肆

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「あー飲みすぎた。盛大に飲みすぎた……幸民のおっちゃんやべえな」

差し込む朝日に耐えられず、なおはずるずると布団から抜け出した。
喉がカラカラだ。

水を一杯飲んだらもうひと眠りしよう、そう思いながら台所へと向かう。

それにしても昨晩は激しい夜だった。

日本酒はどのくらい空いたのだろうか。
幸民を筆頭に、男たちは実によく飲み、食べ、そして飲んだ。

柳やは酒好きの傾奇者ばかりが集まる店だと喜兵寿は言っていたが、本当にその通りだ。

身体の大きな大人たちが全力で遊び、騒ぐ姿は見ていてとても清々しかった。

解散したのは、夜もかなり更けた頃。
なんだかふわふわするので、脳みそはまだたっぷりとアルコールを含んでいる状態なのだろう。

「全部抜けるまでに、あと2時間ってとこかな」

なおが台所の甕から水を飲んでいると、つるがひょこりと顔を出した。

「今頃起きたの?お兄ちゃんはもう朝市に買い出しに行ったよ!」

喜兵寿はちゃらちゃらした見た目のくせに、やたらまじめな奴だ。

酒や料理を一度口にすれば、造り手の気質は手に取るようにわかる。
丁寧で実直。

そしてバカがつくほどに酒を愛している。

「喜兵寿は本当すげえなあ。んじゃ、おれもうちょっと寝るから」

なおがそそくさと布団に戻ろうとすると、その襟首をつるが容赦なくつかんだ。

「今日は午後から幸民先生のとこいくんでしょ!」

そうえばそんな話を昨日していたような気がしなくもない。

なおはうすぼんやりとしている記憶をどうにか辿ろうとしたが、どうがんばってもうまいことそのシーンに辿り着けないので早々に諦めた。

いまはそんなことよりも布団に潜り込みたい。

「あー……もうちょとしたら、あ、喜兵寿が帰ってきたら用意するからさ」

大きくあくびをしながら言うなおに、つるは大きくため息をついた。

「あと!大麦の水換えは?どうするの?」

「そうだ、麦芽!」

大麦と聞いた瞬間、なおは一気にスイッチが入るのがわかった。
昨日から試験的に作っている麦芽たち。

なおは「どうなったかな~♪」と鼻歌をうたいつつ、草履をつっかけ店の外へと出た。

引き戸を開けた瞬間、むわっとした暑さに包まれる。
軒下に置いたたらいの水面は、日差しを反射して静かに揺らめいていた。

「特に変わったところは……ないな」

一粒取り出し、太陽にかざしてみたり、優しく押してみたりする。
水に漬けて一日程度だ。

発芽する気配はもちろんないが、それでも気持ち麦が柔らかくなったような気がした。

「いまから水替えするからな。今日もたっぷり飲めよ」

なおは麦にしゃべりかけながら全体を確認すると、たらいに大きなざるを差し入れた。

原料に話しかけるのはなおにとっては儀式のようなものだ。
おいしいものを作るための、必要手順。

水は言葉によって反応するというから、好意的な言葉をかければ原料もその力を最大限に発揮してくれるに違いない、というのがなおの持論だった。

大麦をざるに乗せると、ざばっと水から引き上げる。

水をまとった麦は、ざるの上できらきらと輝いていて、びっくりするほどに美しかった。

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