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過去の自分に勝つ為に

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(私は、アリッサにこんなに愛されているというのに一体何をやっているんだ・・・。くだらない嫉妬心を燃やし、公爵家に生まれたプライドを掲げて、逆らってはいけない人物を怒らせた。大切なアリッサに心配をかけた上に、本来だったら絶対しないであろう女を使った方法で、アリッサにその場を収めさせた・・・。私は、アランド殿下の満たされた顔がアリッサに近付くことに怒りを覚え、今、こうして自分を助けてくれたアリッサにさえ、その怒りをぶつけようとしているのか・・・。)

 アリッサのあまりに深い愛情を前に、己の小さなプライドと嫉妬心に心を乱されてしまったレナートは、自分の言動の幼さをいやがおうにも実感するしかなかった。
レナートが力なくその腕を下ろすと、腕の中からは、鋭い目つきをしたアリッサが上目遣いでレナートを睨んでいた。

「アリッサ・・・。」

「ロゼット公爵家のレナート様と、王族である殿下のご関係を私は存じ上げておりません。・・・ですからっ!! ですから、私は生きた心地がしませんでした。あのまま、殿下に連れられて談話室に行ってしまったら、レナート様はどうなってしまうのですか!?どんな処罰を受けるのですか!?私は、もう、レナート様にお会いできなくなってしまうのですか!?
・・・ただでさえ、私達に与えられた時間には限りがあるというのに、それさえも私は失うのですか・・・。」

アリッサの怒りを含んだ声は、途中からその勢いを失い、最後の方はとても聞き取りにくいほど小さな声になっていた。しかし、レナートの耳にはちゃんと届いてしまった。

「時間の限り・・・。」

焦点の合わない瞳で、そうレナートが呟くと、うっかり口を滑らせてしまったことに気付いたアリッサは、それ以上レナートの言葉を続けさせない為、咄嗟にレナートに抱きついて早口で捲し立てた。

「もう、このようなことは困ります!ご存知のように、私はレナート様以外の男性に触れられたくありません。ですから、お願いですから、これからは・・・」

再びアリッサを抱くレナートの力が強くなってしまった為、アリッサは最後まで言葉を続けることが出来なかった。レナートは、アリッサを抱きしめながらも、自分のことをここまで大切に思ってくれていることに喜びを感じていが、それと同時に先ほどのアリッサの言葉が耳から離れないことが気がかりでもあった。

「アリッサ、先ほど貴女が言った言葉が気になって仕方ないのですが、時間に限りがあると言うのは、私とアリッサには先がないということですか?」

(ああ、レナート様に誤魔化しは通用しない・・・。)

レナートの鋭い瞳に見据えられて、アリッサは普段やり慣れない行動を取ってまで、失言を誤魔化そうとした自分を恥じた。

「・・・そこに座りませんか?」

諦めたように腕の力を抜いたアリッサは、隅に置いてあるベンチを指差した。そこには二人用の小さなベンチが、ポツンと置かれていた。

アリッサがいくら小さくても、体の大きすぎるレナートと一緒に座ると二人用の椅子は少し窮屈だった。腕にレナートの体温を感じていたにも関わらず、アリッサはいつになく落ち着いた様子を見せていた。

「私は、あのリボンを頂いた日より、まるで夢を見るようにレナート様を慕っておりました。ヴィスタと二人、私達の生活は、普通の方に比べると大変なことが多かったと思います。そんな時、私はいつもレナート様を思い浮かべていました。
・・・ふふっ、過去に一度しかお会いしたことのない私が、そんな気持ちを持つなんて、気持ち悪いですよね。ですが、幼い少女を助けたと思って、どうかお許しくださいね。・・・そして、勝手に想いを募らせている間、私は本当に幸せでした。貴方様のお陰で、私はここまで頑張って来れたと言ってもいいくらいです。」

そう言って、レナートの方に顔を向けたアリッサは、「ありがとうございました。」と、頭を下げた。しかし、今のアリッサは、恥ずかしそうに頬を染めて、レナートのことが好きで好きで仕方のない、いつものアリッサではなかった。普段レナートの前では見せない、どこか大人びて見えるアリッサからは、これ以上構わないでほしいという拒絶が見え隠れしているようにも見えたし、レナートの心は、このまま話の先を聞いてはいけないと警告しているように落ち着かなかった。

「アリッサ。」

「はい?」

「口付けてもいいですか?」

「はい? え?・・・えっ!?」

本当は、アリッサがこの後に何を言うのか、レナートは分かっていた。図書室では人違いだと言われてしまい、雷の後は視線を合わせてももらえなかった。談話室では逃げるように去ってしまったし、星飾りのお祭りの時もアリッサはレナートに背を向けたのだ・・・。

(アリッサは、私を欲してはくれない・・・。)

そうなのだ。一度しか会ったことのない人間をその後もずっと好きでいられると言うことは、言葉を変えれば、これから先もアリッサにとってレナートの存在は必要ないと言う事なのだ。

レナートは、返事を聞く前に素早くアリッサの頭を押さえると、戸惑い、目を見開いているアリッサの唇に自分の唇を押し当てた。

(アリッサが本当に愛しているのは、あの時にリボンを渡した過去の自分だ。)

レナートが本当に嫉妬しなければならない相手は、アランド殿下などではないのだ。自分の方を見て可愛らしく微笑むアリッサの瞳には、いつだって過去の自分しか映っていない。すなわちそれは、アリッサが何年もかけて作り上げていった、空想のレナートなのだ。だから、アリッサは簡単に自分のもとを去ることができてしまう。ただでさえ、目の前に大きく立ちはだかる身分という壁がいつも二人の邪魔をしているというのに、お互いのことを何も知らない今のレナートには、どう頑張っても過去の自分に勝てないように思えて仕方がなかった。
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