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4.月夜の咎人
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皇妃が動き出すと、かぐやはあっという間に月の都に連れ戻された。
こちらと向こうでは時間の流れが若干違うらしい。かぐやが消え、連れ戻されるまでの日数はこちらではほんの七日ほどだったのだが、あちらの世界では五年の月日が経っていたそうだ。
宮中に連れ戻されたかぐやは毎日泣いて暮らしていた。
外に出ることはおろか、部屋から一歩も出されず軟禁状態。誰かと話すこともペンを持つことすらも許されない。もちろん十五との接触なんて厳禁だ。冷たく狭い部屋からは、すすり泣く声が絶えず響いていた。
今回の騒動で許婚との結婚は白紙に戻ったそうだが、そんなものでかぐやの心の傷は癒されない。
十五は人目を盗んで再び地上へと降り立った。毎晩月に祈りを捧げている、彼に会いに。
*
*
*
「かぐや様」
部屋の外から聞こえた羽留の声に顔を上げる。
「十五様からこれを預かって参りました。お時間がある時にお読み下さい」
襖の隙間から一通の手紙が差し込まれた。
「誰かに見つかると厄介なので、私はこれにて失礼致します。……お辛いとは思いますが……かぐや様に笑顔が戻ることを祈っております」
足音が完全に遠ざかると、かぐやはよろよろと歩き出す。包み状には宛名も何もない。ジグザグに折られた紙を開くと、見覚えのある文字が並んでいた。
〝月の美しかったあの晩、不思議な湖であなたに出会えたこと、心から感謝しています。
あなたと過ごした五年という月日は、私にとって一生の運を使い果たしたのではないかというほど幸せな時間でした。
私のせいであなたが周りから責められていないか、今はそれだけが心配です。
私のことは心配いりません。こう見えて強い男ですからね。
……そうだ。あなたにもらった永遠の命を手に入れられるという薬、あれはこちらで処分させて頂きます。だって、あなたに会えないのなら意味ないですから。
永遠に二人で過ごそうと言ってくれたあなたの言葉、絶対に忘れません。死んでもあなたを想う私を、どうかお許しください。
それでは、お元気で。地上からあなたの幸せを願っています。〟
手紙を読み終えると、かぐやの両目からボロリと涙が零れ落ちた。
あれほど泣いたというのに涙は枯れることはないらしい。ひくひくと嗚咽が漏れ出し、とうとう子どものように声を上げて泣き出した。瞼が腫れ、声が枯れ果てても、涙が止まることはない。
かぐやはたった一人、狭い部屋で止まらない涙を流し続けた。
*
宮中では、かぐやが地上に降りたことが大問題になっていた。規則に違反し婚約も自ら破断にしたのだ。その責任は重い。
幹部会議では、かぐやをどういう処遇にすべきかの話し合いがなされていた。帝の娘だからといって何の罰も与えないのは不公平だ。……というのは建前で、かぐやがこれ以上自分に逆らわないように、単独行動の禁止や外出の制限をしたいというのが皇妃の本音である。おそらくかぐやには、そういった内容の罰がくだるに違いない。永遠に自由のない生活だ。
その話を知ってすぐに動いたのが、十五だった。
「失礼します」
会議室にいた幹部たちは一斉に声の主に顔を向けた。濃紺色の着流しに病的なまでに青白い肌をしたその男の姿を見ると、はっと息を呑む。
「き、貴様! 誰の許可を得て入ってきたのだ!」
「無礼者が! 会議中だぞ!」
「帰れ! 貴様のような者がいると空気が穢れる!」
飛んでくる罵声には目もくれず、十五は一段高い場所に座る皇妃の元へ真っ直ぐ歩みを進める。皇妃の眼前に立つと、ハッキリとした口調で告げた。
「本日は一つ、罪の告白に参りました。かぐや姫様を地上へ連れ出したのは、この僕です」
十五の発言に、ざわざわと周りが騒ぎ出した。皇妃は細い眉をピクリと動かす。
「……フン。やはり貴様の仕業だったか。最初から分かってはいたがな。この忌々しい人間め」
「ええ。ですからかぐや姫様が罰を受ける必要はないのです。こんな会議、開くだけ無駄だ」
「と、言うと?」
「かぐや姫様は僕に強制的に連れて行かれたんだ。つまり、彼女はただの被害者。地上に留まっていたのだって、帰り方が分からなかっただけにすぎない。そんな彼女に罰を与えるなんておかしい話だと思いませんか?」
「……ほう。ではどうする? これだけのことをしておいてお咎めなしでは国民に示しがつかないではないか。かぐやも皇族も批判を浴びる」
「ご安心を。罰なら全て僕が受けます」
それは、迷いのない口調だった。
「つまり、貴様は全ての出来事が自分の罪だと認め、如何なる処分も受けるというのだな?」
「はい、そうです。ですから、姫様には罰を与えないで下さい」
「……そうか。ならばいいだろう。皆の者も異論はないな?」
皇妃に逆らう者などいない。幹部たちはそれぞれに頷いた。皇妃はニヤリと口の端を上げ厭らしい笑みを浮かべる。
「では月野十五。貴様に言い渡す」
「はい」
「貴様は国外追放の刑だ」
国外追放。
それは、重い罰だった。生まれ育ったこの国を出て行くだけでなく、二度と戻って来られないのだから。
「荷物をまとめてさっさと出て行くがいい!! この罪人め!」
「はい」
覚悟を決めていた十五はその罰をすんなりと受け入れた。
皇妃が動き出すと、かぐやはあっという間に月の都に連れ戻された。
こちらと向こうでは時間の流れが若干違うらしい。かぐやが消え、連れ戻されるまでの日数はこちらではほんの七日ほどだったのだが、あちらの世界では五年の月日が経っていたそうだ。
宮中に連れ戻されたかぐやは毎日泣いて暮らしていた。
外に出ることはおろか、部屋から一歩も出されず軟禁状態。誰かと話すこともペンを持つことすらも許されない。もちろん十五との接触なんて厳禁だ。冷たく狭い部屋からは、すすり泣く声が絶えず響いていた。
今回の騒動で許婚との結婚は白紙に戻ったそうだが、そんなものでかぐやの心の傷は癒されない。
十五は人目を盗んで再び地上へと降り立った。毎晩月に祈りを捧げている、彼に会いに。
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「かぐや様」
部屋の外から聞こえた羽留の声に顔を上げる。
「十五様からこれを預かって参りました。お時間がある時にお読み下さい」
襖の隙間から一通の手紙が差し込まれた。
「誰かに見つかると厄介なので、私はこれにて失礼致します。……お辛いとは思いますが……かぐや様に笑顔が戻ることを祈っております」
足音が完全に遠ざかると、かぐやはよろよろと歩き出す。包み状には宛名も何もない。ジグザグに折られた紙を開くと、見覚えのある文字が並んでいた。
〝月の美しかったあの晩、不思議な湖であなたに出会えたこと、心から感謝しています。
あなたと過ごした五年という月日は、私にとって一生の運を使い果たしたのではないかというほど幸せな時間でした。
私のせいであなたが周りから責められていないか、今はそれだけが心配です。
私のことは心配いりません。こう見えて強い男ですからね。
……そうだ。あなたにもらった永遠の命を手に入れられるという薬、あれはこちらで処分させて頂きます。だって、あなたに会えないのなら意味ないですから。
永遠に二人で過ごそうと言ってくれたあなたの言葉、絶対に忘れません。死んでもあなたを想う私を、どうかお許しください。
それでは、お元気で。地上からあなたの幸せを願っています。〟
手紙を読み終えると、かぐやの両目からボロリと涙が零れ落ちた。
あれほど泣いたというのに涙は枯れることはないらしい。ひくひくと嗚咽が漏れ出し、とうとう子どものように声を上げて泣き出した。瞼が腫れ、声が枯れ果てても、涙が止まることはない。
かぐやはたった一人、狭い部屋で止まらない涙を流し続けた。
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宮中では、かぐやが地上に降りたことが大問題になっていた。規則に違反し婚約も自ら破断にしたのだ。その責任は重い。
幹部会議では、かぐやをどういう処遇にすべきかの話し合いがなされていた。帝の娘だからといって何の罰も与えないのは不公平だ。……というのは建前で、かぐやがこれ以上自分に逆らわないように、単独行動の禁止や外出の制限をしたいというのが皇妃の本音である。おそらくかぐやには、そういった内容の罰がくだるに違いない。永遠に自由のない生活だ。
その話を知ってすぐに動いたのが、十五だった。
「失礼します」
会議室にいた幹部たちは一斉に声の主に顔を向けた。濃紺色の着流しに病的なまでに青白い肌をしたその男の姿を見ると、はっと息を呑む。
「き、貴様! 誰の許可を得て入ってきたのだ!」
「無礼者が! 会議中だぞ!」
「帰れ! 貴様のような者がいると空気が穢れる!」
飛んでくる罵声には目もくれず、十五は一段高い場所に座る皇妃の元へ真っ直ぐ歩みを進める。皇妃の眼前に立つと、ハッキリとした口調で告げた。
「本日は一つ、罪の告白に参りました。かぐや姫様を地上へ連れ出したのは、この僕です」
十五の発言に、ざわざわと周りが騒ぎ出した。皇妃は細い眉をピクリと動かす。
「……フン。やはり貴様の仕業だったか。最初から分かってはいたがな。この忌々しい人間め」
「ええ。ですからかぐや姫様が罰を受ける必要はないのです。こんな会議、開くだけ無駄だ」
「と、言うと?」
「かぐや姫様は僕に強制的に連れて行かれたんだ。つまり、彼女はただの被害者。地上に留まっていたのだって、帰り方が分からなかっただけにすぎない。そんな彼女に罰を与えるなんておかしい話だと思いませんか?」
「……ほう。ではどうする? これだけのことをしておいてお咎めなしでは国民に示しがつかないではないか。かぐやも皇族も批判を浴びる」
「ご安心を。罰なら全て僕が受けます」
それは、迷いのない口調だった。
「つまり、貴様は全ての出来事が自分の罪だと認め、如何なる処分も受けるというのだな?」
「はい、そうです。ですから、姫様には罰を与えないで下さい」
「……そうか。ならばいいだろう。皆の者も異論はないな?」
皇妃に逆らう者などいない。幹部たちはそれぞれに頷いた。皇妃はニヤリと口の端を上げ厭らしい笑みを浮かべる。
「では月野十五。貴様に言い渡す」
「はい」
「貴様は国外追放の刑だ」
国外追放。
それは、重い罰だった。生まれ育ったこの国を出て行くだけでなく、二度と戻って来られないのだから。
「荷物をまとめてさっさと出て行くがいい!! この罪人め!」
「はい」
覚悟を決めていた十五はその罰をすんなりと受け入れた。
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