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08 旅立ちの前夜
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「ありがとうございます」
ロウソクが揺れて、影が蠢く。
仄暗い部屋の中、旅支度を続けるクァイリ。
アンダスは机に座って書類を書いていた。
「私のわがままを聞いていただいて」
「君のわがままは珍しいからね」
筆を止めることなく,答える。
クァイリはバッグの空いた場所へ薬草を詰め込む。
休学理由を考えながら筆を走らせていたアンダスは、ふと顔を上げる。
「そうか…… もしかしたら、」
何かを思いだしたように、机の上の書類を片付ける。
書きかけの書類を乾燥台に載せつつ、新たな便箋を用意する。
それは学校にて移出する形式ばった物ではなく、個人的な簡素な物だった。
先ほどとは違った、少し緊張した面持ちで筆を改めて取る。
「ーークァイリ」
静かに語りだす。
さらさらと、筆を走らせる。
何かを焦るように。
死ぬ前に書き終えねば,と焦るように。
「君は、多分、道を予想して歩いてきたのでしょう」
声の調子は落ち着いている。
いつものように、調子の崩れた柔らかな口調。
しかし、どこか先へ先へ急ぐような気持ちが感じられた。
「この旅、あなたの事ですから、納得できる物が見つかれば、あの人と別れるでしょう」
「……はぁ」
それ以外に何の選択肢が?、と言わんばかりの相槌。
普通はそうじゃないのだけど、と心の中で呟くアンダス。
クァイリは薬草を詰め終わり、バッグを閉じる。
「あなたがもし、」
ぱた、と筆を置く。
いつもは押すはずの判を押すことなく、折りたたむ。
簡素な、丈夫な封筒にその手紙をいれて、ノリで封をする。
「何かを知り、そして何もできないと思ったとき、この人を訪ねなさい」
封筒を受け取る。
走り書きされているのは,アンダスの名前。
役職も、出身も、何もかかれず,単にアンダスの名前だけ。
裏返しても、宛先は書かれていなかった。
「……先生、相手の名前を書き忘れています」
そういって、封筒を差し出す。
しかし受けとることなく、机に座りなおし、また書類を書き始めた。
「その人に名前なんて、あまり意味のない話だからね」
筆をとりながら、そう言う。
クァイリは何の事か分からず、ゆっくりと手を下ろす。
封筒をどうしたらよいか迷い、戸惑いながらバッグの中へ入れる。
「君は聡いが、まだ若い」
揺らめくロウソクで、アンダスの顔に陰影が揺れる。
あまり釈然としない表情で頷きながら、クァイリはバッグを持つ。
「……再会する事を極端に嫌う、女史に会ったら,この手紙を渡してほしい」
「それは、……」
生きているのですか,と言いかけて飲み込む。
アンダスは十数年、この学園から出ていたない。
「ーー、人に一度しか会わないと言うことですか?」
さすがに失礼と思いとどまる。
妙な間には気になりつつ,アンダスは頷く。
「…………、」
かた、とペンが置かれる音が響く。
バッグを持ってドアの近くで待っていたクァイリは、動かない。
アンダスは老眼鏡を外し、燭台の近くに置く。
正式な封筒に書類を入れ、封をする。
ロウが乾くのを確かめて、立ち上がる。
「これを、」
「ありがとうございます」
上質な手触りを感じながら、受け取る。
小脇にバッグを抱え、その手で封筒を持ち、アンダスの正面に立つ。
揺れる光がアンダスの皺を強調し、より一層老いて見せる。
どこか疲れているようにも見えるその表情を、クァイリは見据える。
「では、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
頭を下げ、ドアに手をかける。
その後ろ姿に、アンダスは目を細める。
昔の、若かったころの自分を重ねようとして、目を閉じ、
(……、クァイリ)
もしかしたら、と一抹の不安を抱き目を開ける。
バタン,とその目の前で扉がしまった。
ロウソクが揺れて、影が蠢く。
仄暗い部屋の中、旅支度を続けるクァイリ。
アンダスは机に座って書類を書いていた。
「私のわがままを聞いていただいて」
「君のわがままは珍しいからね」
筆を止めることなく,答える。
クァイリはバッグの空いた場所へ薬草を詰め込む。
休学理由を考えながら筆を走らせていたアンダスは、ふと顔を上げる。
「そうか…… もしかしたら、」
何かを思いだしたように、机の上の書類を片付ける。
書きかけの書類を乾燥台に載せつつ、新たな便箋を用意する。
それは学校にて移出する形式ばった物ではなく、個人的な簡素な物だった。
先ほどとは違った、少し緊張した面持ちで筆を改めて取る。
「ーークァイリ」
静かに語りだす。
さらさらと、筆を走らせる。
何かを焦るように。
死ぬ前に書き終えねば,と焦るように。
「君は、多分、道を予想して歩いてきたのでしょう」
声の調子は落ち着いている。
いつものように、調子の崩れた柔らかな口調。
しかし、どこか先へ先へ急ぐような気持ちが感じられた。
「この旅、あなたの事ですから、納得できる物が見つかれば、あの人と別れるでしょう」
「……はぁ」
それ以外に何の選択肢が?、と言わんばかりの相槌。
普通はそうじゃないのだけど、と心の中で呟くアンダス。
クァイリは薬草を詰め終わり、バッグを閉じる。
「あなたがもし、」
ぱた、と筆を置く。
いつもは押すはずの判を押すことなく、折りたたむ。
簡素な、丈夫な封筒にその手紙をいれて、ノリで封をする。
「何かを知り、そして何もできないと思ったとき、この人を訪ねなさい」
封筒を受け取る。
走り書きされているのは,アンダスの名前。
役職も、出身も、何もかかれず,単にアンダスの名前だけ。
裏返しても、宛先は書かれていなかった。
「……先生、相手の名前を書き忘れています」
そういって、封筒を差し出す。
しかし受けとることなく、机に座りなおし、また書類を書き始めた。
「その人に名前なんて、あまり意味のない話だからね」
筆をとりながら、そう言う。
クァイリは何の事か分からず、ゆっくりと手を下ろす。
封筒をどうしたらよいか迷い、戸惑いながらバッグの中へ入れる。
「君は聡いが、まだ若い」
揺らめくロウソクで、アンダスの顔に陰影が揺れる。
あまり釈然としない表情で頷きながら、クァイリはバッグを持つ。
「……再会する事を極端に嫌う、女史に会ったら,この手紙を渡してほしい」
「それは、……」
生きているのですか,と言いかけて飲み込む。
アンダスは十数年、この学園から出ていたない。
「ーー、人に一度しか会わないと言うことですか?」
さすがに失礼と思いとどまる。
妙な間には気になりつつ,アンダスは頷く。
「…………、」
かた、とペンが置かれる音が響く。
バッグを持ってドアの近くで待っていたクァイリは、動かない。
アンダスは老眼鏡を外し、燭台の近くに置く。
正式な封筒に書類を入れ、封をする。
ロウが乾くのを確かめて、立ち上がる。
「これを、」
「ありがとうございます」
上質な手触りを感じながら、受け取る。
小脇にバッグを抱え、その手で封筒を持ち、アンダスの正面に立つ。
揺れる光がアンダスの皺を強調し、より一層老いて見せる。
どこか疲れているようにも見えるその表情を、クァイリは見据える。
「では、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
頭を下げ、ドアに手をかける。
その後ろ姿に、アンダスは目を細める。
昔の、若かったころの自分を重ねようとして、目を閉じ、
(……、クァイリ)
もしかしたら、と一抹の不安を抱き目を開ける。
バタン,とその目の前で扉がしまった。
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