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五章 旅、時々… 

5-2 とある日の出来事

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【とある貧しい村の村長より】

とりっくおあとりーと?でございましたかな?

ええ、あれはとても良いおまじないでございますな。

寝室から動けなくなり村長としての責務を果たせなくなっていた私を救ったおまじないでございます。

領主様が代替わりし、増税を求めてきた為、今までの蓄えを切り崩して税を納めていたが、日に日に大きくなる要求に耐え切れなくなり、村人の負担も大きくなり、どうにかしようと思って動いていたが、ワシも病気に侵され倒れてしまった。

悪いものは悪いものを呼ぶと言うが、その言葉の通り、気が付けば村には活気がなくなり、道端で倒れるものが出てしまうようになってしまい八方ふさがりに。

このままではあと少しで村人そろって餓死する未来が待っていると思っていた昨今、一組の冒険者が私に面会を求めて来た。

数人の冒険者の中、20代の若い女性魔導士が私の枕元に話を聞きに来てくれたため、寝室から失礼ではあるがと現状の話をしたところ、徐々に顔が険しくなり、「絶対になんとかしてみせますから」と話が終わると共に頭を深く下げ、私と孫の元を去って行ったのだ。

とても丁寧で物腰の柔らかい出来たお嬢さんだったが、まだ若いのであろう。この村の状況は一日二日でとても変えられるものではない。現況である領主をどうにかするだけでも大事であるし、この村の食料事情もかなり悪いため、数日中にはワシを含めた村人のほとんどが餓死し、この村は廃村への道をたどるのは間違いないと思っていた。

しかし、次の日。

あれはいったい何だったんだろうか。

気が付けば脅され運ばれ食べさせられ治療され。我々はとても暖かい場所でそれに負けないくらい暖かい人達に囲まれながら生きる事が出来ているのです。

この世に神などおらぬと思っていたが、少なくとも我々を見てくれていた方はいらっしゃったようだ。

とても変わった集団を率いた、トンガリ帽子で良くおしゃべりをなさる。元気で明るい女神さまが。



【牢屋にいる魔術師より】

「とりっくおあとりーと」

何言ってんだコイツって思っただろ?

おう、俺もそう思ってる。

俺らの村をボロボロにした領主に一泡吹かせてやろうと、闇市で買った魔物を操る杖を使って領主を襲撃したけど、正義感あふれる冒険者たちに邪魔され、牢屋に閉じ込められたんだ。

魔物を操り人を襲うという禁忌を犯し、即死刑を覚悟していたが、何故か生きながらえている。牢番達の会話を盗み聞き出来た限りでは、どうやら侯爵の立場の人間が俺の死刑に待ったをかけているらしい。道理で俺への対応がどこかおっかなびっくりだと思ったぜ。

ただ、俺にはそんな大きなツテは無いし、侯爵という立場の人間を脅せるような大きなネタもない。そんな価値のない俺をなんで生かしているのか?と思いながら、じめじめした牢の中でじっとしていたら、数日で「出ろ!」との事。

あ、こりゃ、俺の人生終わったな。と思いながら、久しぶりに見る日の光をまぶしく思っていると、目の前から小さな影が現れ俺を押し倒したんだ。

「はっ?!な、なんでお前が!」
「バカッ!ばかばかばかばかばかばかばかばか!!!!!!」

そう言いながら俺に抱き着き、か弱い手で俺の胸を叩き続ける女を見て、もう二度と会えないと思っていた恋人との再会に戸惑いを感じてしまった俺。

俺は夢を見ているのか?それとも気が付かないうちに気がふれてしまったのか?と思っていたら。彼女に思いっきり頬を平手打ちされ、ようやくこれが現実の事だとわかったんだ。

そう思った瞬間。急に彼女が愛おしくなり、思わずギュッと抱きしめてしまっていたら、後ろから「コホン」とわざとらしい咳払いが聞こえ、それに気が付いたら彼女は俺を突き飛ばし顔を真っ赤にしているんだ。

改めて咳払いの主の方に目を向けると、そこにはトンガリ帽子を被り、カボチャの仮面をかぶった若い女性の姿。

俺の目の錯覚か?と思ったんだが、彼女からこの方が俺に力を貸してくれ、今回牢屋から出れるようにしてくれた事を聞き、俺にとってありえない状況になっていることに対し呆然としていたら、目の前のカボチャ仮面はこういったのさ。

「とりっくおあとりーと」


ってな。

なんのことだかさっぱりだったので呆然としていると、カボチャ仮面は「ただ言いたいだけよ」とため息をつき、改めて今回俺がここから出れた経緯を教えてくれたんだ。

1:魔物を操る杖は現在製造自体禁止されているモノだが、とある商人と貴族が金目当てに作成した事が判明した。
2:性能を試すため闇市に流したところ、俺が誤って(?)購入したため、陰から監視していた。
3:その経緯から、俺は商人と貴族に巻き込まれた者という判断がされた(何故?)
4:俺は魔物に命令出来てしまったものの、死者は出していない。けが人も軽症の為、軽い刑で済んだ(何故?)
5:だが、魔物を操った事実があることから、社会奉仕活動を一年間監視付きで行う事が決まった。

社会奉仕活動はとある地域にて、子供に読み書きを教える事、地域の清掃。監視員は現地の村長であることが決まり、本日釈放が決まったという事だった。

あまりに俺に対し寛大過ぎる処置に、唖然としてると、目の前のカボチャは言うんだよ。

「アンタはお菓子をくれないから、イタズラしただけ。アンタの人生を大きく変えたから、あとはあちらで一生懸命役目を果たしなさい。子供や、泣かせた彼女さんに希望や夢を与えなさい。さらに自分の幸せも掴みなさい。これは貴方を変えた私の命令よ!わかった?」

そう言うと近くにいた兵士に言葉をかけ、手を振り去っていったんだ。

その兵士に誘導されるまま、馬車に揺られた先に見えたのは、見知らぬ土地で元気に働く懐かしい人達。

頬をつねったが痛い。

嘘じゃないんだな。

いつの間にか頬を伝っていた涙を感じ、はじめて自分が泣いている事に気がついた俺は、照れ隠しが下手くそなあの女がいた方向に向けて大声で言ったんだ。

「本当にありがとうございました!俺、精一杯やります!生きます!そして、周りのやつらを幸せにします!」

ってな。




ただよ…

ひとつだけ言っていいか?

とりっくおあとりーと ってなんじゃ?
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