【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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12 黙する痛み

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「レオン、行くぞ。授業に遅れる。」

 振り返らずにそう言った。
  声が少し強くなったのは、自分でもわかっている。

 最近、やたらとオメガがレオンの周りにいる。胸の奥がざらつく。

「……悪い、準備遅れた。」

 レオンの声が背中越しに届く。
 なのに俺は、それに返事をしないまま歩き出した。

「おい、待てよ」

 レオンが後ろから声をかけてきたその時、
  渡り廊下で、先日見かけた中等部のオメガとすれ違った。
 伏せられた視線。
  硬直した肩。
  逃げるような歩き方。
(やっぱり……)

「……あいつ。」

 思わず、口から漏れた。
  小さな呟きに、自分でも嫌な予感しかしなかった。

「お前、あいつ知ってるのか?」

 レオンが尋ねる。
  俺はわずかに肩をすくめ、そっけなく答えた。

「……まぁ。お前こそ……オメガが気になるのか?」

 声に棘が混じったのを自覚して、内心舌打ちする。
  別に、レオンを責めたいわけじゃない。
  でも、どうしても落ち着かなかった。

「……それ、どういう意味だ?」

 レオンの問いに、俺は何も答えなかった。ただ黙って歩き続けた。
 でも、ほんの一瞬。
  俺の表情がこわばったのを、レオンはきっと気づいたと思う。
 ──バカだな、俺。

 レオンが足を止め、あのオメガの子に声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

 オメガの生徒は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線をそらす。
  そして、逃げるように歩き出そうとした。
 その手を、レオンが掴んだ。

「待てよ。」

「……」

 無言で振りほどこうとする小さな体。
  けれど、レオンは強く引き止める。

「お前、この前のやつだろ? 何があったんだ?」

 震える肩。
  顔に浮かぶ、恐怖の色。
(無理だ……)
 心の中で、そう思った。

  言葉にできない恐怖を、抱えているのが痛いほどわかる。
  何も言えずに震えるあの姿が、俺には、ひどく哀れに見えた。

「お前が何かを隠していることくらい、わかる。」

 レオンの真っ直ぐな声が、廊下に響く。
 だけど──
  彼は答えない。
  ただ、震えるだけ。
 そして、搾り出すように呟いた。

「……すみません、行きます……」

 その時、俺はすっと前に出た。

「レオン、放してあげなよ。引き留めて悪かったね。」

 できるだけ優しい声で。
  できるだけ普通の顔をして。

「どうしてだ、ユリス」

 レオンが問い詰めてくる。
  その真剣な顔に、少しだけ胸が痛んだ。

「……知らないよ」

 そう言って、俺は踵を返した。
  歩き出す背中に、何も言わせないように。
(本当は──知ってる。少しだけ、だけど)
 だけど今、ここで話せることなんてない。
  守るべきものがあるから。
  あの子自身の、必死に隠そうとしているもの。

「こらぁ!!二人とも、ここにいたんだ!」

 突然、ノエルの声がして、俺たちは振り向く。

「早く。授業始まってるよ!」

「あっ、悪い……」

 レオンが慌てて応じる。
 ちらりとオメガの生徒を振り返ると、
  彼はもう、足早にその場を離れていこうとしていた。

(……今は、無理に追うべきじゃない)

「……わかった、行く。」

 レオンが俺たちに追いつく。
 俺は何も言わず、ただ歩き出した。
 ──この世界には、言葉にできない痛みが、たくさんある。
  
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