【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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16 雨音の向こう

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 帰り道、突然の強い雨に降られた。
 傘もなく、レオンとふたりでずぶ濡れになって、笑いながら寮へ駆け込む。

 部屋に転がり込んだときには、服も髪もぐっしょりだった。
 湿ったシャツが肌に貼り付き、冷たさより先に、どこか火照るような熱が体に残っていた。

 レオンがシャツを脱ぎながら、振り返って言う。

「……ユリス、風邪ひくぞ。タオル、ほら」

 差し出されたタオルに触れた指先が、ほんの少しだけ熱かった。
 視線を逸らしながらそれを受け取る。
 自分もシャツを脱いだものの、手の動きが妙にぎこちないのが自分でもわかる。
 濡れた髪が首筋に張りついて、ひやりとした感触が妙にくすぐったかった。

 レオンがベッドに腰掛けて、ぽつりと呟いた。

「……今日は、ありがとうな」

「え?」

「“一緒に進む”って言ってくれただろ? あれ、嬉しかった。お前がいてくれるのが、すごく心強くてさ」

 たったそれだけの言葉なのに、胸が跳ねる。
 タオルで髪を拭くふりをしながら、鼓動の音を誤魔化すように肩をすくめた。

「なあ、ユリス」

 レオンの声が、少しだけ低くなった。真剣なときの、それだ。

「お前……俺のこと、どう思ってる?」

 不意を突かれた。けれど、不快じゃない。
 むしろ、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

「……わからない。でも、気づいたら……いつもお前を見てる。目が勝手に、追ってる」

 レオンがふっと笑った。その笑顔が、驚くほど優しかった。

「そっか……」

 指先がそっと、俺の濡れた前髪に触れる。軽く払われただけなのに、全身が熱を帯びた気がした。

 顔が近づいてくる。ゆっくりと、迷いながら──
 けれど、唇が触れそうになったその瞬間、レオンは目を伏せて、額をそっと寄せてきた。

「ユリス……」

 額が触れ合い、視線が絡む。今度は、お互いに逸らさなかった。
 そして、唇がそっと重なる。

 雨の匂いと、濡れた髪の感触。レオンの体温が、じんわりと伝わってくる。
 それはまるで、やわらかな夢の中にいるようで。

「少しずつ考えていけばいい。俺も……たぶん同じだから」

「ズルいよ、お前……」

「ズルくても、好きだよ」

「……でも、俺はベータで……男だぞ」

 その言葉に、レオンはゆっくりと首を振って、真っ直ぐに俺を見つめた。

「知ってる。でも、好きになるのに理由なんて要らないだろ? 気づいたら、好きだったんだよ」

 照れくさそうに笑う顔が、まっすぐで、ずるいくらい優しい。
 その目に映る自分が、愛おしいと思えてしまうほどに。

 レオンの手が、そっと髪に伸びる。触れる前に一瞬ためらって、それから丁寧に耳にかけてくれた。
 くすぐったいような、恥ずかしいような……でも、嬉しかった。

「……レオン」

 名前を呼ぶだけで、胸がいっぱいになる。

「なあ、ユリス」

「……ん?」

「今夜、ここにいていい?」

「……ルームメイトだろ。どこにも行けないって」

「そうじゃなくて……お前の隣にいていいかって、意味」

 レオンの顔を見つめたまま、黙ってしまう。
 返事をする前に、胸の奥でなにかがじんと疼いた。

「……ダメだ。眠れない」

 その言葉に、レオンはそっと俺の手を取った。
 濡れた指先が、ゆっくりと俺の手のひらに重なる。指を絡めるように、優しく。

「じゃあ……抱きしめてもいい?」

「さっき、キスしたくせに……」

 呆れたように言いながらも、声が震えていた。
 そして、言葉の合間にまた、唇が重なる。

 今度のキスは、確かめ合うためじゃない。
 想いを、まっすぐに伝えるためのものだった。

 自然と目を閉じた。触れる唇。重なる体温。
 指先が髪に触れ、頬をなぞり、肩をそっと抱き寄せる。

 そのすべてが、あたたかくて、愛おしい。

 キスはゆっくりと、でも確かに深くなっていく。
 けれど、それ以上を求めたりはしなかった。

 今夜はただ──
「好きだ」と、何度も伝えるために。

 そのまま腕を回し、レオンの胸に顔をうずめた。
 レオンもそっと、俺を抱きしめ返してくれる。

 雨音の向こうで、ふたりの呼吸が静かに重なっていく。

 それは、たしかに恋の形をしていた。
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