【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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17 消えた者たちの記憶

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 朝の光が、食堂の窓から差し込んでいた。
 眠気がまだ残る頭の中で、俺はレオンの隣に座っていた。

 昨夜見た、彼の横顔が、まだ胸に残っている。甘く柔らかい唇の感触……
 あれから一晩中、まともに眠れなかった。

「おはよ~。って、あれ?」

 ノエルの声が響く。いつもと同じ、けれど少し探るような響きを帯びていた。

「ふたり……なんかあった?」

「はあ!? 何もない」

 思わず声が大きくなる。
 レオンの顔は見ないようにした。
 ノエルが何か言いたげに笑ってるのが見えて、顔が熱くなる。

「うわ、ユリス赤い。珍しい~」

「う、うるさい……!」

 ノエルのからかうような声に、心臓が跳ねた。
 何も知らないくせに。……いや、きっと、もう気づいてる。

 そんな空気の中、レオンが静かに封筒をテーブルの中央に置いた。

「……みんないいか。これを見てくれ」

 場の空気が、ぴんと張りつめる。
 レオンが封筒を開き、数枚の紙を取り出す。それは、生徒記録の名簿だった。

「これが昨日話していた、生徒の記録。過去十年分……いや、それ以上もある。
 けど……おかしいんだ。名前が途中で消えてる生徒がいる」

 テオが驚いたように声を上げる。

「名簿から消された……ってこと?」

「名前だけじゃない。記録そのものが塗り潰されたように消えてる」

 レオンの言葉に、みんなの表情が変わっていく。
 そのとき、ノエルがページをめくっていて、あるページで指を止めた。

「これ……十年くらい前の生徒記録?」

 俺も、何気なく覗き込んだ。
 すると、目に飛び込んできたその名前に、息が止まる。

「……その名前、知ってる」

 言葉が勝手に口をついた。

「え?」

 全員の視線が集まるのがわかった。逃げ出したくなった。
 でも、逃げるわけにはいかない。

「知り合いか?」

 レオンが静かに聞く。

「わからない……でも、この名前、確かに……覚えがある……」

 名前の主の顔は思い出せない。けれど、心がざわついた。
 この記憶には、何かがある。

「ごめん、俺……子供の頃事故に遭って、過去の記憶が曖昧なんだ」

 静かな空気の中に、自分の声が広がった。

「えっ、ユリス……子供の時に事故にあったの?」

 ノエルの声は、今度は茶化していない。真剣だった。

「……そうか、知らなくて、すまない。」

 テオが視線を落とすのが見える。

「俺こそごめん。今までみんなに話してなかったけど……
 その事故で両親を亡くして、それからは、今の養父に育てられてる」

 しばらく沈黙が流れた。
 俺の過去は、今まで誰にも話したことがなかった。
 話す必要もなかったし、できるとも思わなかった。

 でも今、レオンと一緒に“何か”を掴もうとしている。だからこそ、俺もちゃんと向き合いたかった。

「えっ、もしかして……マルディ医師って、ユリスの養父なの?」

 ノエルの声に、俺は小さくうなずいた。

 ノエルは少し躊躇した後で、言った。

「……実はさ、前に見かけたことあるんだよ。ユリスと、マルディ医師が一緒にいるの。
 学院の外で。ちょっとびっくりした」

 俺は眉をひそめた。 

「そうだったのか?」

「うん。でもその時よりびっくりしたのは……あとで知ったんだ。
 マルディ・エレヴァン医師って、世界的に有名なオメガ専門医だよ。
 うち、製薬会社だから……名前は何度も聞いてた」

 ノエルの瞳に、冗談の色はなかった。

「倫理観に厳しいって評判だけど、オメガに対してはとにかく実直な医師だって。
 慎重すぎるくらい、って話もある」

 俺は黙ったまま、その言葉を胸の中で反芻する。
 マルディ先生が何を考えて俺を引き取ったのか。

「そんな人が、偶然ユリスを引き取る……って?」

 ノエルの一言に、思わずレオンが反応した。

「……偶然じゃないかもしれない」

 名簿に残された、消された名前。
 そして、自分の中に渦巻く違和感と、マルディ先生の存在。

 すべてが、まだ点と点だけど――
 どこかで一本の線になる気がしていた。
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