『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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56  フランの叫び

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 暗闇――それは無音で、無色で、温度さえなかった。

 けれど、そこに「存在」があることだけは、確かだった。

 ユリスは立っていた。意識の奥、深淵のさらに奥底。
 意識と無意識の狭間、理性の境界線を越えた先。

(まただ……ここは……)

 何度目かわからない“接触”。

 だが今回は違った。

 声が――確かな声が、はっきりと届いたのだ。

「ユリス……」

 その声は、どこか震えていた。

 振り向いた先。そこにいたのは、自分と瓜二つの少年――否、自分の“内側”にいるもうひとつの人格。

 フランだった。

 だが、彼は初めて「自分から」ユリスを見ていた。
 逃げるでも、消えるでもない。ただ、そこに“在る”ことを許しているような、痛々しくも静かな瞳で。

「……どうして、出てこようとしない?」

 ユリスが問いかける。

「もう隠れる必要はない。俺たちは……一緒に生きてきたはずだ。」

 フランは、唇を噛んだ。

「一緒に……?」

 まるで、それが嘲笑にすら聞こえるほどに、弱く震える声だった。

「ユリスは、ちゃんと生きてる。人と話し、戦って、守ってる。でも……僕は……僕はただ、“君の一部”として閉じ込められて、何もできなかった……!」

 彼の目に、涙が滲んでいた。

「ジュリオが泣いていたのも、レオンが苦しんでいたのも、見ていた。でも……声すら届かなかった!」

「……フラン。」

「僕は存在してはいけなかったの? 最初から“消える役”だったの!?」

 叫びは、精神世界を震わせるほどの痛みと怒りを伴っていた。

 ユリスは、黙っていた。
 その叫びが、あまりに真っ直ぐで、あまりに正しくて――痛かったからだ。

「ごめん。」

 ようやく出た言葉は、それだけだった。

「……え?」

「俺は、お前の声を無視してた。存在すら曖昧にして、都合のいいときだけ力を借りて……でも、聞いてたよ。全部、聞こえてた。」

 ユリスは一歩、彼に近づいた。

「お前が守ろうとしてくれてたことも、俺が気づけなかった想いも……後悔してる。でももう、逃げたくない。だから――」

 手を差し出す。

「一緒に、生きてくれ。俺と“共に”この身体で。」

 フランの瞳が揺れる。

「……僕は、君に嫉妬してたんだ。」

「知ってる。」

「僕は、レオンのことが……」

「それも、知ってる。」

「……僕はもう、“個”として存在できない。でも、それでもいいの?」

 ユリスは頷いた。

「“人格”じゃなくていい。“声”でいてくれ。お前が俺の中で生きてるなら、俺はもうひとりじゃない。」

 その瞬間、フランの表情が、ふっと緩んだ。

「……ありがとう、ユリス。」

 そして、彼は静かに、ユリスの胸の中に消えていった。
 拒絶でも封印でもない。
 初めての、“共存”だった。

 その瞬間、世界が大きく脈動した。

 肉体世界――現実に意識が戻る。

「――ッ!」

 ユリスはベッドの上で跳ね起きた。
 荒い息。全身を流れる汗。けれど、その目は確かに静かだった。

 そして、頭の奥で優しく響く声があった。

 《……ユリス、ありがとう。今度は、一緒に自由に向かって。》

(ああ――)

(お前と、俺とで。)

 ユリスは立ち上がる。

 すべてが、変わり始めていた。
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